来訪

「それじゃおやすみー」

茉莉はそう言って部屋を後にした。


「気をつけてねー」

玉緒はそう言って茉莉を見送った。歩いて数十メートルもない隣家であるが。


──うーん

玉緒は部屋に戻って深呼吸、という程でもなく鼻呼吸した。不思議なもので茉莉本人が居る時より帰った後のほうが茉莉の芳香を感じる。


さてお酒でも呑んでTVでも観るか、と思った矢先にインターホンが鳴った。あれ?茉莉かな?なんか忘れ物でもしたのかな?


「ごめんください、かがりです」

と思ってインターホンを取ったら何と知世さんだった。


「アアコンバンワイマアケマスネ」

玉緒は裏返った声でそう言った。この時玉緒は先日聞いた茉莉の出生の秘密など完全に忘れ去っており、代わりに女子高生と、それも今訪問してきた女性の娘と一線を越えている事を再認識して軽くパニックに陥った。やばいやばいヤバイ!


──人気キャスターT.K、女子高生と淫行!

そのフレーズが頭に浮かぶと玉緒は先程乾かした頭から汗が吹き出すのを感じた。


──いやちがうんですそういうことではなくて

玉緒は玄関までの短い移動距離の間で半生を映す走馬灯を確かに見た。


──ぼくたち、わたしたちは、走馬灯のように、さようなら

そもそも走馬灯ってなんだよ!


パニックはしばしば通常では考えもつかない回路が繋がり、結果として訳の分からない新フレーズを生み出す事がある。そして玉緒にはそれに自己ツッコミできる程度の知性が備わっていた。結果としてそれがいい方向に出た、のかも知れない。


「夜分遅くすいません……」

ドアを開けるとまず知世がそう言って目を伏せた。


「いえいえ!こんばんは!」

よく考えると夜遅くに自宅を訪れてきた相手に対して妙なテンション、妙な受け答えなのだが、この時の知世はかなり不安を抱えていたのでそれを怪しむ事はなかった。知世がすぐに目を伏せて玉緒の引きつった笑顔を見なかったのも大きい。


「先日の事で少しお話が……」

知世は目を伏せたままそう言った。


「あっ……どうぞお入りになってください」

玉緒は確かに知性の高い女性だった。その一言で知世から茉莉の出生の秘密を聞いた事を思い出し、一瞬で冷静さを取り戻したのだから。

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