行儀

茉莉自身も自分の目が特徴的であるという事は分かっているようだった。


「よく落ちそうって言われる」

茉莉はぽつりと呟いた。


「分かる」

玉緒は短く、だが強く共感した。


「でも何も考えてないでしょ?」

玉緒は少し笑ってそう訊いた。


「うん」

茉莉は素直に頷いた。


茉莉の目は例えるなら子猫のようだった。つぶらな瞳で、大きく見開かれ、じっと何かを見つめるその様子は何やら叡智すらをも感じる。が、実はなにも考えていない。単に造形がそうなだけである。それがまた可笑しく可愛いのでもあるが。


「それも良く言われる」

茉莉は真っ直ぐ正面を向いた姿勢でオレンジジュースを飲みながらそう言った。


「まわりの人ビビらない?」

玉緒はおかしくなってそう訊いた。


「どうかな?」

茉莉は微動だにせずそう呟いた。


「……まわりの人に聞いてみたいね」

玉緒は悪戯っぽくそう言った。


「まわりの子も言ってるかもよ。あの子クレオパトラみたいで怖いとか」

西郷隆盛では可哀想なのでそちらで例えてみた。


「クレオパトラならまだいいよ。西郷隆盛っぽいとか言われたことある」

ああやっぱりそう思われるんだ。




カガリヤのご令嬢である茉莉は実にお嬢様っぽい立ち振舞いなのだが、不思議な事にその事を聞かれた事はないという。


「まわりもそういう子ばっかり?」

玉緒は缶ビールをグラスに注ぎながらそう訪ねた。


「どうだろう?」

茉莉は首を左側にかくんと倒してそう言った。どうやら首を傾げたらしい。


茉莉の通う高校は有名なお嬢様校なのでそういう話はしそうでもあり、しなさそうでもある。自慢話をしたい年頃ではあろうが、それを言ったらお里が知れるというか。或いは本人に言わないだけで既に噂で知っているという事はありそうだった。


「第一お嬢様じゃないし」

茉莉はさらりとそんな事を言った。


「白金のタワマンに住んでて何を言うか」

玉緒はわざと嫌味っぽい笑顔を浮かべてそんな事を言ったが、


「ここに来たのは今年だよ」

あれそうなんだ。


「あれ?じゃあその前は?」

玉緒は何となくそう聞いた。


「杉並のおんぼろ屋」

茉莉は遠くを見るような目でそう言った。もちろん何も考えていないだろうが。


「杉並の一軒家って充分ご立派だと思うけど?」

玉緒はそう言った。


「見たらわかるよ。曾祖父ちゃんが東京に出てきた時に買った家なんだって」

それは古そうだ。


「でもオンボロは違うんじゃない?古き良き日本家屋ってだけでしょ?」

カガリヤの先代が買った家がただのボロ屋な訳がない。


「古き良き日本家屋……」

茉莉はその言葉を繰り返して再び首を左に傾けた。


「古き酷き日本家屋……」

茉莉は少し訂正してそう呟いた。

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