不穏

「ああー!やっぱりカガリヤクラシック!」

玉緒は中身が入っていないカガリヤクラシック缶を呑むフリをしてそう言った。もちろん収録で呑むわけには行かないから当然だが正直虚しい。


「はいカットー!オッケーでーす!」

監督の声が響いてとりあえずはCM撮影は終わった。


「良かったけど玉緒ちゃんならもっとドギツクしたかったな」

監督は笑いながらそんな事を言った。


「どういう意味ですか」

玉緒は笑顔で言ったが内心イラっとした。


「まあ最近はすぐクレームがくるからできないけど」

監督は玉緒の内心などお構いなしにそう言った。


だが実際監督の言う通りなのだ。少し前ならかなりキッツイ表現でも許されていたのだが、昨今はCMに出演したタレントの第二ボタンが外れてたとかそんな程度の事でクレームが来る世の中なのである。TV業界は表現に戦々恐々の日々なのだ。


もっともその風潮こそが最近玉緒が売れてきている理由でもある。男顔でキツそうなイメージがある玉緒は、実際わりとその通りなのでさらりとキツイ事を言ってしまったりもする。だが「いかにも言いそう」という点が逆にプラスに働いているらしい。


さらに言うならハーフ美人という点もプラスに働いた。大体の場合で日本人は外国人、特に白人系の民族には弱く、さらには男女平等が実質的に女性優遇へと変質した事も受け、玉緒がキツイ事を言っても日本人が言う程には批判はされなかった。


「でもそんなの一過性だからな、油断するなよ」

とは耳にタコができるくらいよく言われる社長からの小言である。ハイハイ。



「家庭教師はまだ続いているんです?」

田町は車の中でそう訊いてきた。


「そりゃ続けるしかないし」

玉緒はそう返した。当然だ。


「よく考えると囲い込まれているようなものですしねこれって」

田町は玉緒が密かに気にしている事を言った。


「そうなのよ、昔の書生みたい」

随分と贅沢な書生だが。


「でも転居は考えておいたほうがいいですよ」

田町の言葉になんとなく引っかかった。


「なんで?」

玉緒は素直に聞き返す。


「篝会長ももうお歳ですしね」

玉緒は田町の言葉の行間を読んだ。


「次の会長がこんなに優遇してくれるわけないよね」

それに何となくだが茉莉が高校を卒業したらこれは終わりのようにも思っている。


「あとカガリヤさんは親族が多いんですよ」

これまた分かりやすい行間だった。


「後継者争いがある?」

よく考えたらない訳がない。


「それは知りませんが……」

田町は言葉を濁したが状況は説明してくれた。


篝会長には四人の子供が居て、さらに会長の姉と弟の子供がそれぞれ一人ずつ会社に居るとの事だった。もうそれだけで名探偵コ◯ンの世界である。


「もっと言うと公博さんみたいな人も多いらしいですよ」

茉莉の父の公博氏は入婿というだけでなく、父が篝屋酒蔵の杜氏だと言っていた。


「さらにどこかに洋館の別荘があるんでしょ」

玉緒は少し皮肉げに笑ってそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る