依頼

篝会長は大らかな人だった。


「いや会長だなんて言われると未だに恥ずかしいものですよ」

篝会長は大きな笑顔を浮かべてそう言った。


「法人化したのもホールディングス化したのも全部オヤジなんですよ実は」

篝会長はまるでイタズラの種明かしをするように恥ずかしそうにそう言った。


蔵元であった先代は篝会長が幼い頃に株式会社カガリヤを立ち上げたそうだ。そして経営手腕を振るい一代でカガリヤを大企業に成長させ、その最晩年に息子である今の篝会長にHD化を厳命し、まあ結局大体の事は先代が差配してくれたという。


「なにせそうしないと出てけ!って言うんですからね、ひどいオヤジですよ」

当時の篝孝道氏はただの平取だったそうだ。


「でも今や世界のカガリヤさんじゃないですか」

社長がそう合いの手を入れた。追従とも。


「いやー杜氏が居てくれたから」

篝会長はそう言うと公博氏ににやりとした笑みを向けた。


「さらに種明かしをすると、その杜氏ってのが公博くんのお父さんなんですよ」

そう言うと公博氏は困った笑みを浮かべた。


「でもこれまた昔気質の人でねえ……」

篝会長はそこで言葉を濁した。


「やっぱり老舗ですからそういうつながりもあるんですねえ、羨ましい」

何かを察した社長はそう合いの手を入れた。


「私なんてそういう伝手がなかったですから……おっとこれは愚痴ですね」

社長はそう言って笑い話題を転じようとしたが、


かささぎさんはお母様が外国の方ですか?」

茉莉が唐突に訊いてきた。タイミングが良かったのか一座の注目が集まった。


「ええ、母がアイルランドです」

玉緒はにっこりと笑ってそう答えた。


「アイルランド」

茉莉はその言葉を繰り返した。


「イギリスのすぐ近くですよ」

玉緒はそう説明したが母はこの説明を嫌がっていたのを覚えている。


日本人には馴染みが薄いが、イングランドとスコットランドとアイルランドは歴史的に関係が複雑であり、簡単には説明できないしがらみがある。


「では英語圏ですね」

茉莉は真っ直ぐそう訊いてきた。


「ええ、まあ」

英語と言ってもアイルランド英語だけど。


「私に英語を教えて頂けませんか」

茉莉は真っ直ぐ玉緒を見つめてそう言ってきた。それは懇願ではなく命令に思えた。


「え?ええ、大丈夫ですよ」

玉緒はためらいつつも即答した。


「ではお願いします」

茉莉はぺこりと頭を下げた。


「茉莉、ご迷惑でしょう」

横に座るお母様が困惑気味にたしなめた。


「鵲さんはお忙しいから」

お父様の公博氏も困り顔でそう言ったところで篝会長が大笑いした。


「ははは!さすが我が家の姫様だ!言い出したら鵲さんでも断れない!」

篝会長は可笑しそうに笑ってそう言った。


「お父さんご迷惑ですよ」

知世氏がそうたしなめたが、


「いや傑作だ!見たでしょう鵲さん、これがあなたを起用した理由ですよ!」

篝会長はご満悦の笑顔で玉緒にそう言った。


「この子にお願いされたら誰だって断れない、ねえ分かるでしょう!?」

篝会長は笑いながらそう言った。

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