余暇

小狸

短編

 休暇を取り、海を見に行った。

 

 電車で1時間の所に、人の少ない海岸がある。


 岩が多いのが難点だが、今日は快晴なので、足元がおぼつかないということはなかろう。


 仕事を休んだことへの罪悪感を、途中の電車の中で打ち消した。


 休むことは、悪いことだと思っていた。


 時代錯誤な両親の下で育ったことが、原因だろう。


 休むことは人に迷惑をかけること――自分の多少の無理をしてでも、人の役に立て。


 そんなことを言う両親だった。


 まあ、令和の今、「自分を尊重する」という点においては、その考え方は確かに時代にそぐわない。


 仕事を始めた頃は、その考え方を無自覚に遵守しようとして、身体を壊したりした。


 身体を壊せば、弱い奴だというレッテルを張られる。


 それが怖かった。


 一度、本当に体調を崩して長期休職したことがあったけれど、それは両親には話すことはできなかった。


 頼ることもできなかった。


 きっと、理解してくれないだろうから。


 それくらいの距離は、開いている。


 海岸に着いた。


 そこには誰もいなかった。


 思った通りであった。


 海水浴のシーズンではないし、ここから見える海の景色が良いことを知っている者は、地元民くらいだろう。


「ふう…………」


 乾いた石の上に座った。


 太陽の光を吸って、少し暖かかった。


 仕事で行き詰まっていた、訳ではない。


 プライベートで問題があった、訳でもない。


 ただ、このまま無慈悲に無情に仕事をし続ければ、身体のどこかに支障をきたすと、信号をキャッチしたのである。


 だから海に来ようと思った。


 行く場所は、海と決めていた。


 何があるわけでも、何か思い出があるわけでもないが、何となく海が良いのである。


 敢えて言うのなら、景色が良いから、であろうか。


 大体1時間くらい経過した頃だろうか。


 ひときわ大きな波が来た。


 抑揚を付けながら、それは次第に大きくなり、前に位置する黒い岩に当たって弾け飛んだ。


 自分のいた辺りまで潮が飛んできた。


 海の匂いがより一層、強くなった。


 その勢いに、思わず立ち上がりそうになってしまった。


 海は、生きている。


 自分も、生きなければ。


 そう思った。


 良い休暇を過ごせたと、私は思った。



《余暇》――了

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余暇 小狸 @segen_gen

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