梟の佇む夜の果て -My Funny Valentine-

卯月 朔々

Prologue




 血の湿り気。硝煙の匂い。

 焦げた瓦礫。砲弾が割いていく空。

 何かが焼ける臭い。物でも人でも、炎は平等に焼き尽くしていく。

 

 標的の動きを読み、狙撃銃L96A1の引き金を引く時の感触。


 それが、自分の見てきた世界。日常。



 それが、たった一日で反転するなど、思ってもいなかった。


 ――そして、その日、あの女と出会った。





 

 

          *


 


 この状況になっても、まだ何がどうなっているのか掴みきれない。

 何度か踏み入れた、大統領府の応接間。履き潰したブーツが沈むほど、絨毯は柔らかい。


 その絨毯の上で手足を放り出して横たわる、頭と両手足を撃ち抜かれたアジア系の中年の女。

 そのそばで、長い黒髪の若い女が呻き声を漏らしながら、座り込んでいる。母娘だろうか。


 たしか今日の来賓は日本人だった、とぼんやり思い出す。


 悲劇の母娘へ、銃口を向けているのは同じ部隊の男。――金髪のボブヘア、青い瞳。男とも女ともつかない、整った顔。


 自分が現れたのを察しているくせに、金髪の同僚は視線を向けてもこない。

 目の前の女に銃口を向けたままだ。

 

 若い女の掠れた悲鳴が漏れ聞こえる中で、金髪の男に問いかける。

 

「何のためにこんなことをした」

「あんたに関係ない」

 問いかけた相手は、素っ気なく言葉を返す。

 金色のボブヘアが乱れ、右目を覆っている。

 その髪を払いのけようともせず、引き金に指をかけたまま銃口を動かさない。

 

 一見すれば、なんでもない状況だ。だが、髪を払うことすら惜しむほど、金髪の男は張り詰めているらしい。

 

 何がそこまで緊迫しているのか、自分にはわかりかねる。


「バケモノが」

 苛立ちをにじませ、金髪の男が吐き捨てる。

 女は項垂れたまま、こちらを見る素振りもない。


 この金髪の男は、中性的な容姿で目鼻立ちも整っていて、綺麗な顔をしている代わりに性格が悪く、任務よりも自分の興味と趣味のために生きていた。


 仕留めるならスマートにやればいい。だがこの男は、わざわざ残虐な殺し方をしたがる。


 そんな男にとって絶好の標的がいるにも関わらず、目の前で項垂れた若い女をどうするでもなく、警戒のために銃口を向けたまま、状況を動かそうとしない。


 若い女の手元に拳銃ベレッタ92はあるが、引き金に指がかかっていない。

 女に反撃されるよりも前に、こちらがとどめを刺せるのは明白だった。


 それでも撃たないのは、なぜだ。


 静かに、若い女の首が持ち上がる。こちらからは横顔しか覗けなかったが、

「”黙れクソ野郎“」

 英語で、これでもかと憎しみを込めた言葉が聞こえた。

 長い黒髪の隙間から見える殺意のこもった黒い瞳。

 その眼が金髪の男に向くと、その時には女の指先は引き金を引いていた。

 だがそれは、金髪の男が発砲するのと同時。


 どういう状況でこうなったのか知らないが、自分には無関係だし、さっさと潰し合えばいい。

 どこの誰だかわからない女と、金髪の男。


 どうしてこうなったのかは知らない。

 だが、自分には無関係だ。好きに潰し合えばいい。

 


 自分には、もう何も残っていない。




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