第33話 修羅場

 鹿すぎる電車「ならトレイン」にゆられること三十分ほどで、近鉄奈良駅に到着した。

「ここに来るのひさしぶりね」

 竹河不由美は少女のようにはしゃいでいる。

「あれっ来たことあったっけ」

 僕の言葉に竹河不由美はむすっとした顔をする。そんな顔も綺麗なのだから、美人というのは得だ。

「高校の時の夏の社会見学できたじゃないの」

 彼女のその言葉がきっかけで記憶がよみがえる。


 そうだ。歴史の授業の一貫で僕たちは奈良公園や東大寺、春日大社を見学してまわった。

 クラス全員がすでに築き上げられた仲良しグループにわかれるなか、僕は一人でいた。鹿をこんなに近くで見ることができるとはと驚愕していると、一人の少女が声をかけてきた。

 春の校外学習の演劇鑑賞で隣の席にすわった竹河不由美だ。

「あんた友達いないの?」

 竹河不由美は僕の顔をのぞきこんできた。女子に見られることに慣れていない僕は顔をそむける。

「しゃあないな。私が今日はつきあってあげるよ」

 にひひっと竹河不由美は白い歯をみせて笑った。


 あれってもしかして僕へのアピールだったのか。なんだか思い出してしまって、もったいないことをしてしまったかなという後悔の念が芽生える。


「どんかんラノベ主人公はやっと思い出したか。まあ、今さらだけどね」

 あの時と同じように竹河不由美は白い歯をみせて、にひひっと笑った。

 僕たちはタクシー乗り場に向かう。

 すぐにタクシーはやってきて、乗り込む。僕が行き先を告げるとタクシーはすぐに出発した。

 僕はどうして竹河不由美のサインに気づかなかったのだろうか。今思い出すと彼女は分かりやすいアピールをしてくれていた。非モテ陰キャオタクの僕にとって数少ないチャンスだったはずだ。

 そうか、僕の脳裏に可愛らしい少女の顔が思い出された。

 あの当時の僕は結城瑞樹への初恋の呪縛から逃れていなかったのだ。

 そんなことを考えているとタクシーは麻里子さんの家の前に付いた。

 僕は会計をすませて、タクシーを降りた。その僕に竹河不由美は半額の料金を握らせた。なぜか指の間に指を入れられた。


「あら、女狐は何をしているのかしら」

 そこにはすでに麻里子さんが仁王立ちでいた。

「あらおはよう、完熟メロン」

 不敵な笑みで竹河不由美は腰に手をあてる。

 いつのまに彼女らはそんな風に呼び合うようになったのだ。たしかに麻里子さんのおっぱいは完熟メロンサイズだ。対して竹河不由美は切れ長の瞳をした狐顔だ。どっちもいいえて妙だけど、悪意があるな。


「まあまあ、入ろうか」

 僕は二人をなだめて、家の中に入った。

 麻里子さんは僕の左腕をとり、胸をおしつける。むふっこの肉がつまった柔らかな胸の感触は極上だ。

「ふふんっあんなまな板じゃあ夏彦さんは満足できない体なんですよ」

 その口調は勝ち誇ったように聞こえる。

「誰がまな板ですって。私だってDカップはあるのよ。それにあんたみたいな肉の塊じゃなくて、感度三千倍なんだから」

 なんか竹河不由美がおかしなことをいいだしたぞ。

「それがどうしたのよ。夏彦さんなんかよく私にママっていって赤ちゃんプ……」

 僕の性癖をばらされかけたので、麻里子さんの口を手でふさいだ。麻里子さんは僕の手の中でふがふがと言っていた。

「さすがにそれはちょっと……」

 竹河不由美は切れ長の瞳をジト目に変えていた。


 

 僕たちは麻里子さんの家のリビングに向かう。壁に隙間なくならべられた本棚を見て、へえっと竹河不由美は感心した声をあげる。

「ちゃんとインプットしているのね。あらこれは……」

 竹河不由美は本棚から一冊の文庫本を取り出す。その文庫本のタイトルは「色褪せた記憶の彼方」というものだった。それは彼女のデビュー作で唯一の書籍化作品だ。

「まあね、サイコメトリーものは好きだから」

 麻里子さんはその文庫本をチラ見する。

 それってそういう話だったのか。

「ありがとうね、うれしいわ」

 竹河不由美は切れ長の目を細める。文庫本を本棚になおし、テーブルの上に書類の束をならべる。

「さて、本題にはいりましょうか。これが私の考えたペルソナ・プリンセスナイトの設定よ」

 書類の数はかなりのものだ。それだけ、竹河不由美も本気だということだ。

「私も前に見たPDFからイラストに起こしてみたの」

 麻里子さんもテーブルに漫画の原稿用紙を並べる。それはいわゆるラフ画と呼ばれるものだ。

 へえっ麻里子さんもなんだかんだ言って、きっちりしあげてるじゃないか。


 僕は二人のためにお茶でもいれようとキッチンに向かう。そうだ頭脳労働には糖分が必要だ。前にスーパーで買ったチョコレートの詰め合わせがあったな。あとクッキー缶もあけよう。

 僕はカップ三つに紅茶を入れ、大きなお皿にクッキーとチョコレートを並べる。それをトレイに乗せて、リビングに戻る。


「だからどうして女性キャラ全員こんなホルスタインみたいな巨乳にするのよ」

 テーブルの上のラフ画に人差し指をつきたて、竹河不由美は金切声をあげる。

「だって漫画の神様も言ってましたわ。おっぱいは大きければ大きいほどいいって」

 麻里子さんが反論する。そのフレーズ聞いたことがあるぞ。おっぱいとお尻は大きければ大きいほどいいと。僕もそう思う。

「だってこれじゃあエロ漫画じゃないの。魔女セリーヌがなんでビキニなのよ」

「これは読者サービスです。ビキニは正義です」

「わけわからないこといわないでよ。みんなこれじゃあ胸に目がいって、話がはいってこないわ」

「そんなことないですよ。ちゃんとネームに落とし込みますから」

 びしっと麻里子さんは親指をたてる。

「じゃあそのネームとやらを見せてよ」

 ため息をつき、竹河不由美は言う。

「そ、それはまだ……」

 急に麻里子さんがおとなしくなった。

 「えっ企画会議まであと十日よね。それで大丈夫なの」

 竹河不由美はの声のトーンが下がる。本気で心配しているようだ。

「た、たぶん……」

 麻里子さんは自分の顔を巨乳に埋めだした。これは困ったときにする麻里子さんの癖だ。

「はあっーあ。わかったわ。私も手伝うから。これから仕上げましょう。ただし、主人公のアイリーンの胸は普通にしてよね」

「ええっ巨乳がいいですう」

「私のアイリーンは清楚お嬢様なの。そんなエロ漫画のヒロインじゃないんだからね。お嬢様が復讐に燃えるのがいいんだから」

「じゃ、じゃあ魔女セリーヌはおっきくしてもいいでよね」

「わかったわ、そっちはまかせるわ」


 このあとも喧嘩のようなやりとりのあと、どうにか企画書と第一話のネームがしあがった。二人ともゾンビのような顔で僕の作ったハヤシライスを食べた。

 

 

 

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