第31話 授賞式とライバルたち
十月十五日は麻里子さんの授賞式の日だ。
僕は有給休暇をとって同行した。
授賞式の会場はホテル水晶館の紫水晶の間で開催される。創業百年の大阪を代表する老舗ホテルだ。
僕は就職活動で着たスーツでその会場の赴いた。今日の主役は麻里子さんだからね。僕が目立っても仕方がない。
その麻里子さんは黒いドレス姿であった。胸元はぴったりと閉じられているが体にフィットしているため、麻里子さんの巨乳の形がよくわかる。
このドレスを選んだのは竹河不由美だ。彼女は麻里子さんの魅力を百パーセント引き出すための衣装を選んだ。もちろん麻里子さんのスタイルの魅力はやはりその巨乳巨尻だ。しかしそれをぱっくりと開いたドレスで見せるのは下品だ。きっちりと見えないようにしながらもそのスタイルを見せつけるという絶妙なラインだ。
もちろんメイクはあの魔女風である。メイクを担当したのは猫矢夢乃さんだ。
「麻里姉しっかりね」
ぽんと麻里子さんの背中をたたいて、猫矢夢乃さんは励ました。
猫矢夢乃さんが励ます理由を推測すると授賞式はある種の戦場になりかねないということだ。授賞式には大阪創明社の社長を初めとした編集者の人たち、アートシティに連載する作家陣、そしてそれらの関係者たち。その人たちに自分を売り込むチャンスでもあるのだ。
「パーティを楽しむ気持ちでいきなさい」
そう江戸沢麻美香先生は言ってくれた。
僕は落ち着いた雰囲気をもつホテル水晶館の前で麻里子さんを記念撮影した。
「麻里子さん、綺麗だよ」
本当にこの日の麻里子さんは綺麗だ。惚れ直してしまう。
「あの……アートシティの授賞式会場はここでええのかな?」
女性の声がしたので振り向くと和服姿の中年女性だ立っていた。ふっくらとした顔の優しそうな感じの女性であった。
「ええ、そうですよ」
僕は答える。
「はあ、助かったわ。久しぶりに大阪に来たから、まようてしまって。あなた方は大阪創明出版の人ですか?」
強めの大阪弁でその和服中年女性は僕たちに尋ねた。
「いえ、違いますよ。僕たちは受賞者です」
まあ僕は付き添いだけどね。
「ああ、そうなん。じゃあうちと一緒やなあ。申し遅れました、うちは
ぺこりと近藤さんは白髪がやや混じった頭をさげた。
近藤明美という名前には見覚えがある。
そうだ、この人は今回のアートシティ漫画大賞の大賞受賞者か。
たしか受賞作は「お鍋の中の小さな世界」というエッセイ漫画だ。
アートシティ十一月号に掲載されたのを僕は読んだ。料理の描写が秀逸で読後はお腹が空いたのを覚えている。
僕たちは近藤明美さんと一緒に紫水晶の間に入った。豪華で大きなシャンデリアが眩しい大広間だ。
受付をしていたのは編集者の桜井海咲さんであった。編集者ってこういう仕事もするのか。
僕は桜井海咲さんから白いリボンをもらう。それを右胸につける。来客用の印らしい。
赤いリボンが麻里子さんと近藤明美さんに渡される。赤いリボンが大阪創明社の社員および受賞者の印だということだ。
授賞式は社長の
続いて受賞者の表彰とスピーチだ。
近藤明美さんは僕たちと話していたときと同じ強い大阪弁でスピーチした。
「これからもがんばらさせてもらいます。おおきに」
もしかしてキャラを作っているのではないかと思わせるスピーチだった。
この後、近藤明美さんの漫画は映画化、アニメ化、ドラマ化され大阪創明社を代表する漫画家となる。麻里子さんの同期で一番売れた漫画家が彼女だ。
その次に壇上にあがったのはパリッとしたスーツを着た真面目そうな男性であった。年のころは三十代なかごろだろうか。ひげを剃りたてたであろう顎が青い。
ひと昔前の銀行員か公務員といった印象だ。
この人は
ある意味型通りのスピーチをし、彼は無難に壇上を降りる。
中村竜司はアートシティで掲載されるのは「銀の夢」だけで終わる。それ以降何作か連載するがそのすべてが打ち切りに終わる。不遇の時代をへて、中村竜司は成人向け漫画雑誌「
そしていよいよ麻里子さんの順番がやってきた。
僕は桜井海咲さんに許可をとって壇上の麻里子さんをスマートフォンで撮影した。フラッシュをたかなければ良いとのことでオフモードに切り替える。
こう改めてみると麻里子さんは綺麗だ。
野平麻里子という女性が僕の彼女であるということをこれほど誇らしく思ったことはない。
「この度、審査員特別賞を受賞しました野平麻里子です。私はかつて心に傷を負いました。それを癒してくれたのは漫画です。そうしていつしか私を癒してくれたように他の人の支えになるような漫画を描きたいと思い筆をとりました。このような素晴らしい賞をいただけたのは私一人の力ではありません。大切な人の助力があったからです。私はもう一人じゃないと漫画を通じて思いました。感謝の気持ちでいっぱいです。これからもその人の支えがあれば私はこの世界の人々を楽しませる作品を世にだせると思います。本当にありがとうございます」
小さなトロフィーと賞状を持つ麻里子さんは深々と頭をさげた。
ありがとうと麻里子さんが言った瞬間、僕と目があったような気がした。
僕の頬に涙が勝手に流れて、落ちていった。
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