第4話エリスの存在

重い鉄扉が軋む音を立てて開いた。

階段を降りると、湿った空気が鼻をつく。


「ここは…?」


エリスが不安げに顔を上げた。


「地下倉庫だ。今は使われていない。安心しろ」


俺はポケットから小型のライトを取り出し、辺りを照らした。

埃っぽい床、無造作に積まれた古い木箱。

暗く狭い空間だが、今はここしかない。


「さあ、入れ」


エリスを先に通し、扉を閉めて錠を掛ける。

念のため、外部からのハッキングを防ぐための電波妨害装置もセットした。


「もう大丈夫だ。ここなら、あの女にも見つからない」


エリスが壁に背を預け、ゆっくりと座り込んだ。

疲労と恐怖で、顔が青白い。


「…ごめんなさい、私のせいで…」


「はぁ…今さら謝っても仕方ねぇよ」


俺は冷たく言い放ち、背を向けた。

正直、関わりたくない。

企業に目をつけられた時点で、俺の命は危うくなっている。


だが——。


「ここで待ってろ。少し外の様子を見てくる」


エリスにそう言い残し、階段を上がった。


登り切ったところで、ポケットの中のモニターが震えた。

匿名のメールだ。


件名は「No.004に関する極秘情報」。


「またか…」


差出人は不明、追跡不可能。

メールを開くと、テキストが表示された。


「No.004は危険。すべての電子機器を狂わせる」

「暴走すれば、都市全体のネットワークが崩壊する」


「電子機器を…狂わせる?」


エリスのあの目を思い出す。

青く輝き、ドローンを暴走させた異常な力。


「…やっぱりな。おおよそ見当はついてたが…No.004…エリスの能力か…」


だが、なぜ企業はそんな危険なものを…?

あの女はエリスを「回収」しようとしている。

どうせ、ろくなことじゃないだろう。

すでに、俺にとっては、十分すぎるほど迷惑だ。


そんな愚痴を吐いていると、階下からすすり泣く声が聞こえた。

エリスだ。


俺は小さく舌打ちをし、地下倉庫へ戻った。


エリスは壁に背を預けたまま、涙をこぼしていた。


「…おい、泣いてる暇はないぞ」


「…わかってる。でも、怖いの…」


震える声。


「怖い?」


「…自分が…自分じゃないみたいで…」


エリスは青い瞳を潤ませ、手を握りしめていた。


「この手が、あいつらを壊した…」

「私は…人間なの? それとも、兵器なの?」


俺は言葉を失った。

エリスは、あの力を持つことで、自分の存在を疑っているのか。

いったい自分は何者なのかを。


エリスは断片的な記憶を話し始めた。


「…気がついたら、白い部屋にいたの」

「頭が痛くて、体が重くて…」

「でも、あの女の声が聞こえた」


「あの女?」


「…あの時、私を助けてくれたの。優しい声で、『逃げなさい』って…」


「誰なんだ、それは」


「わからない。でも、すごく…懐かしい声だった」


エリスは震えながら顔を伏せ、体を縮こめる。


「私…誰なの…?」


俺は答えられなかった。

だが、確信した。


エリスは企業に改造された存在だ。

兵器として作られたのか、それとも実験体なのか。

いずれにせよ、普通の人間じゃない。

いいところ、改造人間ってとこか。


「いいか…お前が何者でも、俺には関係ない」


エリスが目を見開いた。


「ただ、今は生き延びろ。それだけだ」


———————————————————————————————————


エリスが眠りについた後、俺は倉庫の隅に腰を下ろした。


「はぁ…」自然とため息が出る。


頭の中で、あの光景が何度も繰り返される。


エリスの青く輝く瞳。

ドローンを狂わせ、同士撃ちを引き起こした異常な力。


あれがエリスの力か…。


俺はポケットの中のモニターを取り出し、あのメールを読み返した。


「No.004は危険。すべての電子機器を狂わせる」

「暴走すれば、都市全体のネットワークが崩壊する」


もし、エリスの能力が暴走すれば——

この都市は壊滅するかもしれない。


「…関わらなければよかった」


俺は独り言のように呟いた。

関わらなければ、こんな危険な目に遭うこともなかった。

企業に目をつけられた時点で、俺の人生は終わったも同然だ。


「こんなことになるなら、助けるんじゃなかった…」


だが——。


あの時、エリスの怯えた瞳を見て、体が勝手に動いた。

俺は彼女を見捨てられなかった。


「…バカか、俺は」


自嘲するように笑った。

エリスは自分の存在を否定している。

自分を人間とも兵器とも思えず、自分自身を恐れている。


まるで——


あの時の俺みたいじゃないか。


——家族を失ったあの日。


俺は無力な自分を責めて、何もかもを失った。

あの日から、俺はずっと逃げ続けていた。


「…また、逃げるのか?」


俺は自分に問いかけた。


「今度こそ、守れるんじゃないのか?」


あの日、守れなかったものを。今度こそ。


俺は、眠っているエリスを見つめた。

疲れたのか、深い眠りに落ちている。


今の俺には、こいつが兵器ではなく、一人の人間にしか見えない。

あんなことがあったのに。

彼女の青い瞳は、かつての家族の目に似ていた。

いや、意識して重ねただけかもしれない。


「…ったく、面倒なことになった」


俺は頭を掻き、ため息をついた。


「覚悟はできた。絶対に、生き延びてやる」


——————————————————————————————————————


エリスが目を覚ました。

疲れた表情で、俺を見つめる。


「…私は、兵器なの?」


唐突な問いかけに、俺は眉を潜めた。

起きて、開口一番が、それか。


「…あの女が言ってた。『No.004は企業の所有物』って」

「…私、人間じゃないの?」


エリスの声が震えていた。

自分の存在を疑っている。

あの能力が原因だ。


「お前が何者でも、俺には関係ない」


俺はあえて冷たく言い放った。


「ただ、生き延びろ。それだけだ」


エリスが目を見開いた。


「…でも、私がいるせいで、あなたが危険に——」


「それも関係ない」


俺は言葉を遮った。


「お前が何を言おうと、俺は逃げる気はない」


エリスが涙を浮かべ、唇を噛んだ。


「…だったら、私を置いて逃げて。私は…もういいから」


「ふざけんな」


俺は吐き捨てるように言った。


「俺の勝手で助けたんだ。お前がどう思おうと、最後まで面倒を見る。絶対にだ」


エリスが涙を流し、顔を伏せた。


「…なんで…?」


「決まってるだろ」


俺はエリスの頭をポンと叩いた。


「お前は生きてる。少なくとも、俺から見たらな。だから、生き延びろ」


エリスが驚いたように顔を上げた。

青い瞳が揺れている。


「…生きて、いいの…?」


「当たり前だろ」


俺は苦笑した。

どう見たって、エリスは人間だ。


「お前は人間だ。それ以外、何でもない」


エリスが涙を拭い、微かに微笑んだ。

その笑顔は、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうだった。


こいつ一人では、本当に消えてしまうだろう。


俺は、こいつを守らなきゃならない。

それが、今の俺にできる唯一の償いだ。


— — — — — —


「全機、シールド装備に変更」


クレアは冷たく指示を下した。


「No.004は想定以上に強力。だが、制御できていない」


モニターには、エリスの目が輝く瞬間の映像が映し出されていた。


「やはり、あれは電磁波制御能力」

「暴走すれば、都市全体のネットワークが崩壊する」


クレアは冷酷な目で、映像を見つめた。


「…排除許可を申請する」


部下が驚いて顔を上げる。


「ですが、上層部は回収を——」


「今のままでは、あの少女は制御できない」

「必要なら、完全に破壊する」


「……了解しました」


部下が敬礼し、

企業の指揮システムに排除命令を登録する。


モニターに赤い警告表示が点滅した。


「ターゲット:No.004。排除対象に変更、承認」


クレアが冷たく微笑んだ。


「次は逃がさない」


赤い点滅が一斉に輝く。


新たな追跡が始まろうとしていた。

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情報屋と超能力少女 @jiikbgyuy

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