第2話 恐れていた事態

 俺が人間の飛行機を初めて目撃してから、五年が過ぎた頃。

 とうとう、恐れていたことが起こってしまった。

 ――それも、最悪にごく近い形で。


「だから言ったじゃないか! 人間に気をつけるべきだって!」


 月のない夜。住み慣れた浮島フォンド、ジャンヴィエ島から距離をへだてた離れ島、ジーロ島にて。

 俺はやり場のない怒りを家族にぶつけていた。


 今、この場にいるのは俺と家族四人の風妖精シルフだけだ。

 ジャンヴィエ島に留まった多くの同胞たちは、飛行船で上陸した人間らに狩られてしまっただろう。


「仕方ないだろう。私たちは長らく人間と接触を持ってなかったから、彼らがあんなに欲深い生き物だなんて知らなかったんだ」


 と、応じたのは今世での俺の父、セランだ。


 どうやら、あのとき俺が大人らに伝えた忠告は全くの無駄だったらしい。


『――へえ、人間がそんな乗り物をねえ。……わかった。私から長老たちに伝えておこう』


 セランはあのときこんな風に答えた。

 長老からの返答は『了解した』という簡素なものだった、とのことだったが……。


「……まさか、何も考えてなかったなんて」

「みんな、風と同じで移り気な性格だからねぇ。たぶん、何日か経ったら忘れてしまったんじゃないかしら」

「風の妖精の名は伊達だてじゃないってことか……」


 母、ハルの言葉に俺は軽く頭痛を覚えた。

 ちなみに、このとき残る二人の家族――祖父と妹は急な移動で疲れが出たようで、もう就寝していた。


 状況は、泣き言ばかり言うことを許すものではない。


「――さらわれた仲間たちを助けなきゃ」


 夜闇にまぎれて上陸した人間たちは、ジャンヴィエ島に住む風妖精シルフらを手当たり次第に捕まえていた。

 俺の誘導で、家族だけでも助けられたのは不幸中の幸いだった。


「そうね。フィオナちゃんのとこもさらわれちゃったみたいだし」


 そう。さらわれた者らの中には、フィオナとその家族もいた。


 人間たちがどうして風妖精を捕まえたのか。

 正確なところはわからないが、考えられる理由は色々ある。妖精の生態を研究するとか、見世物にしたり、珍品か奴隷のようにして売りさばくとか、あるいは何かの素材に使うとか……。

 恐ろしい想像も浮かぶが、利益を見出せばたいていのことはやってのけるのが、人間という生き物だと思う。


 一刻も早く救出すべきだろう。


「――でも、どうやって? まともに行ってもかないそうにないぞ」


 父、セランの言葉はもっともだ。


 地上で魔物たちとの戦いに明け暮れている人間らは、平和ボケした風妖精シルフが正面からぶつかって太刀打ちできる相手ではない。魔法が使える風妖精は、決して無力というわけではないのだが……。

 それに、俺たちを襲ったやつらは人間たちの中でもかなりの上澄うわずみの方だろう。

 きっと、俺たちが仲間を取り返すためにやって来ることも想定しているに違いない。

 無策でノコノコと出向いたら、ミイラ取りがミイラになることだろう。


「……助けを呼ぶしかないか」

「?」


 俺がつぶやくと、両親はきょとんとした。


 俺には一つだけ、この状況で手を貸してくれそうな存在に心当たりがあった。

 それは、この窮状きゅうじょうくつがえすための一縷いちるの望みだった。

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