約束の向こう側

kakuyoku

約束の向こう側

ー 東京都郊外のとある町にある寺の敷地内 ー


桜が満開の敷地内にあるベンチで、一人の老人が座っていた。

彼は今年75歳で、年のせいか常に杖を持っていた。

そんな彼の周囲には、数人の幼い子供たちがいた。


「ねぇ、曾祖父ちゃん。曾祖母ちゃんとの昔話を教えて。」

「私も聞きたい。」

ひ孫にあたる子供たちは、二人の仲睦まじい姿を見ていた。

だから、ひ孫たちは二人の思い出話を聞くのが楽しみだった。

老人の妻は二年前に亡くなり、今日は老人の妻の三回忌だった。


そんな子供たちに声をかけてくる人たちがいた。

「皆、曾祖父ちゃんは疲れているから、無理をさせちゃあ駄目よ。」

「そうだよ。今は、そっとしてあげるんだよ。」

「「「「はーーーい。」」」」

子供たちは、元気よく答えて彼に「また後でお話ししてね。」と言って離れていった。


「すまないな、二人とも。私に気を遣ってくれて・・・。」

老人は二人の大人に礼を言った。

「良いのよお父さん。」

「そうだよ。法事が始まるまで二時間あるから、ゆっくりしていてよ親父。」

そう答えた二人は、老人の娘と息子で、今は結婚して子宝に恵まれていた。


だからこそ、娘と息子は両親の仲睦まじい姿を長く見ていたからこそ、二年前に母親を失った父親の悲しみを痛いくらい知っていた。

そして、その父親の悲しみは今も続いていることも知っていた・・・。

その後、二人は法事の手続きがあるからと言って、お寺に戻っていった。

二人が寺に戻って行く中、老人は一冊の手帳を取り出した。


そこには、亡き妻の過去の写真を中心にした思い出の写真が詰まっているアルバムでもあった。

そして、彼は亡き妻である彼女との出会いを思い出していた。


彼が亡き妻である彼女と初めて出会ったのは、彼が19歳で彼女が21歳の時だった。

当時、彼が住んでいた築年数が長いアパートの新しい管理人として彼女は挨拶にきていた。

彼女の美しさと人柄に彼は『一目惚れ』したのだった。


なんとか、彼女に色々とアプローチしたけど、彼女は振り向いてくれなかった。

そして、彼は知ってしまった。

彼女は『未亡人』だったのだ。

熱愛の末に結婚したが、結婚してから半年もしない内に旦那さんが不慮の事故で帰らぬ人になってしまった・・・。


最愛の夫を失い、落ち込んでいる彼女を周りの人たちは、励まし、支えてくれた。

今回のアパートの管理人をすることになったのは、彼女に立ち直ってもらいたいという周りの人たちの配慮があったからだ。

そのことを知った彼は衝撃を受けたが、彼女を好きになったことに変わりはない。

だから、彼は『今の自分に出来ること』で彼女に接しながら励まし続けた。


もちろん、すぐに二人が付き合った訳ではなかった。

時には、すれ違いや些細なことで二人は喧嘩もあった。

でも、お互い非があったから、最後はお互い謝罪をして仲直りした。

そして、少しずつ、二人の距離は縮まっていった。


彼が就活で苦労していた時も、彼女は彼を叱咤激励してくれた。

その甲斐あって、彼は無事に就職が出来た。

この頃から、二人は交際を始めて彼は彼女にプロポーズを考えていた。

だが、彼女の方が気持ちの整理が出来なかった。


自分が彼と結婚したら、亡き夫との日々を否定してしまうのでは?

そんな考えがあった。


そして、彼が24歳、彼女が26歳の雪が降るホワイトクリスマスの日に彼は彼女にプロポーズした。

その時、彼は言った。

「僕があなたを好きになった時には、あなたの心の中にあなたの亡き旦那さんがいて、自分はそんなあなたを好きになりました。」

「だから、あなたの亡き旦那さんもひっくるめて、あなたが欲しい。結婚して下さい!!」


彼女は感極まった表情で目に涙を浮かべた。

だが、彼女はすぐには返事をせずに彼に言った。

「一つだけ、約束を守って下さい・・・。」

「何でしょう?」

「一日だけでも良いから、私より長生きして下さい。もう、一人では生きていけそうにないから・・・。」

彼女の『お願い』の意味を知った彼は、優しく微笑みながら答えた。

「約束します。これからも、よろしくお願いします。」

そう言って彼は、彼女を優しく抱きしめた。


プロポーズから、4ヶ月後。

二人は、周りの人たちに祝福されながら結婚式を挙げた。

更に、一年後の桜が満開の春に長女が生まれ、更に一年後の春に長男が生まれた。

とは言え、子育ても大変だった。

二人の子供が、思春期特有の反抗期もあって苦労もしたが、周りの人たちのサポートがあって、家族四人は幸せな日々を過ごした。


月日が流れて、娘と息子は大学卒業後に就職して、そこで出会いがあって相次いで結婚した。

その後、二人も子宝に恵まれた。

子供二人も子育てに苦労したが、今回は経験者である彼と彼女がサポートしたことで、孫たちもスクスクと育った。


その後、成長した孫たちは何と『学生結婚』という形で結婚したから、娘夫婦と息子夫婦とで孫たちは大喧嘩した。

しかし、彼と彼女が子供たちを説き伏せるだけでなく、孫たちにも『覚悟』というのを教えた。

そのお陰で、孫たちも家族皆からのサポートもあり、彼と彼女はひ孫にも恵まれて幸せだった。


だが、幸せばかりではなかった。

人の『命』はいつかは終わりを迎える『その時』が来てしまう・・・。

実際、二人が結婚してからも、更に長い年月が経つ中で二人の両親、友人、知人、二人を支えてくれた人たち、二人が住んでいたアパートの住民たちが次々とこの世を去った。


そして、三〜四年くらい前から彼女は体調を崩し、アパートの管理人としての仕事もままならなくなってしまった。

もう、この頃にはアパートの老朽化は酷く、住民もいなくなっていた。

そのため、家族や周りの人たちの説得もあって、二人は長く住んでいたアパートを離れ、近所に住んでいた娘夫婦の家で同居することになった。


アパートは解体されたが、二人の希望でアパート敷地内にある桜の樹を残した形で公園になった。

二人は、定期的に公園に出かけ、桜が満開の時は桜の樹の下にあるベンチで寄り添うように座っていた。


そして二年前の春、彼女に『その時』が来た・・・。

彼は彼女と公園の桜の樹の下でベンチに座っていた。

いつものように寄り添っていたが、『あなた・・・。』と彼女がか細い声で言った。

彼が振り返ると、彼女は唇を僅かに動かしながら、彼に何かを話していた。


彼は彼女が何を言ったのか聞こうとしたが、その答えは聞けなかった。

彼女は、彼に寄り添いながら、眠るように75歳の生涯を終えたのだった・・・。


葬儀の時も、その後も彼の落ち込みは酷かった。

それでも、家族たちの支えで立ち直ってきた。

だが、この頃から彼は普通に歩くのが難しくなり、杖が必須となっていたが、公園には変わらず訪れていた。


そして今日、亡き彼女の三回忌の日だった。

必要な準備や手続きは、子供たちだけでなく、親せきたちも手伝ってくれていた。


そんな中、一人、ベンチに座っていた彼の耳に、懐かしい『声』が聞こえてきた。

その声は、今では二度と聞くことはない筈の声だった。

彼は思わず立ち上がり、声が聞こえる方へ歩き出した。

その足は徐々に速くなり、いつしか彼が手にしていた杖を手放した。


寺を出て、その場所に向かう彼は気付いていなかったけど、いつしか彼の姿は年寄りの姿ではなく、二十代の若さに戻っていた。

彼が向かったのは、彼と彼女の思い出の地であるアパートがあった場所だった。


その地に到着した時、彼の目の前にはある光景があった。


そこには、取り壊されていた思い出のアパートがあり、玄関前では今は亡き腐れ縁だったアパートの住民たちが満開の桜を前に宴会をしていた。


その光景に言葉を失っていた彼は、ここで自分の姿が二十代に戻っていることに気付いた。

更に、若返った姿に驚いている彼を出迎えた人物は懐かしい人だった。

それは、自分と同じ二十代の姿でいる亡き妻だった・・・。

亡き妻である彼女は、あの頃と変わらぬ笑顔で彼を出迎えながら言った。


「お帰りなさい・・・。そして、約束を守ってくれて、有り難う。」


彼女の言葉を聞いて、彼は亡くなる直前の彼女が言っていた言葉が何だったのかを知った。

かつて、彼女は前の旦那さんに先立たれてしまった。

プロポーズした時の条件である『一日でも良いから、私より長生きしてほしい。』は、もう一人で生きるのが出来ない彼女の願いだった。

彼は、彼女との『大事な約束』を果たしてくれたから、先ほどの感謝の言葉が出たのだと理解した。


いつしか、涙があふれている中で、彼は優しく彼女を抱きしめながら、彼は言った。


「ただいま・・・。これからは、ずっと一緒だよ。」


そんな二人の姿を、アパートの住民たちは温かく見守っていた・・・。


ー 東京都郊外のとある町にある寺の敷地内 ー


三回忌の準備が整ったことで、彼の娘と息子は彼を呼びにいくことにした。

すると、外では一足先に父親を呼びに行っていた孫たちが戸惑っていた。


「どうしたの?」

彼の娘が声をかけると、孫たちが戸惑いながら言った。

「曾祖父ちゃん、寝ているみたい・・・。」

孫たちの言葉を聞いて、彼の娘だけでなく、一足遅れてきた彼の息子や孫たち、親せき、寺の住職もベンチに座っている彼を見た。


桜の樹の下にあるベンチで、彼は眠るような穏やかな表情で息を引き取っていた。

奇しくも、亡き妻と同じ日に同じ年齢で、彼は自身の生涯を終えたのだった。


いつしか、涙を流した彼の娘は、孫たちに言った。

「曾祖父ちゃんは、疲れて寝ているみたいだから、そっとしてあげましょう・・・。」

彼の娘だけでなく、彼の息子や二人の子供たち、親せきたちも涙が止まらず、住職はベンチで息を引き取った彼に手を合わせた・・・。


弟である彼の息子が、姉である彼の娘に近付いて言った。

「親父、お袋のところに逝ったんだな・・・。」

「そうね・・・。」

そう言って、二人はベンチを見た。


そして、二人にはベンチで息を引き取った父親である彼の側に寄り添うように亡き母親である彼女がいるように見えた・・・。



ー『約束の向こう側』 完 ー



_______________________


如何でしたか?


初めての一話完結の読み切りでした。


個人的には『人は生きている限り、終わりが来る』という考えから、今回の読み切り作品にしました。


また、今回の読み切り作品は、とあるアニメを参考にしました。


良ければ、感想をお待ちしています<(_ _)>




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