第42話 未来へ導く灯台

「それじゃあ、後はよろしくお願いします」


 やって来た警察の人達に、拘束したメノウの身柄を引き渡す。道中で同じことが起きないように最大の注意を払って護送してくれるみたいなので、これで一安心だ。


「すいません! メノウと交戦していたという能力者三名を保護したんですが、皆さんのお仲間ですか?」


 その声と共に、新たに一台のパトカーがやって来た。その中から出てきたのは、私達のよく知った三人。


「何とかなったみたいだな、おとね!」


「……ヒカルさん!」


 彼の無事な姿を見て、反射的に駆け出していた。そのまま彼に飛びついて、涙を流す。


「良かった……! ほんとに無事で良かったよ……!」


「ハハッ、当たり前だろ? おとねを残して一人では死ねねぇよ」


「……ヒジョーに良い雰囲気の所悪いけどさ、オレらの無事は喜んでくれないのか?」


 ヒカルの無事を喜んでいると、後ろから完全に出てくるタイミングを見失ったガマさんとチクマツが顔を出した。


「あっ、ゴメンゴメン! もちろん二人も無事で本当に良かったよ! 足止め役、買って出てくれてありがとう」


「一応僕もめっちゃ頑張ったんすけど……。まぁでも、結果的に良い方向に進んだので全てヨシって事で!」


「いや~でも、途中で流れてきたあの音にはマジに驚いたぜ。何も聞こえなかったのに、いきなりおとねのギターの音が聞こえてきて……そしたらウイルスの効果が全部消えやがった。なぁ、アレは一体何をしたんだ?」


「そういえば、私達もまだ聞いてなかったわね。あれって結局、『全てを超えていく音』を奏でられたって事で良いの?」


「多分ね。奏でた擬音の効果を具現化する私の『ネクスト・メロディ』で『全てを超えていく音』を奏でた事で、奏でた音が魂まで直接届く能力に進化したんだと思う。私も詳しいことはよく分からないけどね」


 どうしてこうなったのかは、私にも本当に分からない。でも多分、お父さんが奇跡を起こしてくれたんだと思う。全てを超えていく音は、文字通りあの世とこの世の壁をも超えて、お父さんの所まで届いたのかもしれない。


「あー、お取込み中の所、少し良いかな?」


 私達が再会を喜んでいると、口ひげを蓄えたマッチョなおじさんが私達に話しかけてきた。顔や体の至る所についた傷が、この人が歴戦の猛者である事を物語っている。


「私は公安の者だ。いやまさか、民間の能力者である君達が殊音メノウを倒してしまうとは驚いたよ。特に星野君、君は世にも珍しい能力の進化現象……『アンリミテッド化』まで引き起こした。君達の実力には目を見張るものがある。どうだ? 私達と共に公安で働くつもりは無いかい?」


「えっ⁉ 私達が……公安に!?」


「ルナ、公安ってそんなに凄い所なの?」


「うん。警察よりもさらに危険な能力事案を担当する超エキスパート集団、それが公安。噂によると、公安職員は金銭面は一生安泰なんだとか……」


 ルナから公安の事を聞いて、そのあまりのスケールの大きさに震えあがる。一生安泰の給料というのも、確かに魅力的だ。でも、私の答えは決まっている。


「どうだい? 君達の力なら、すぐにエリート級の活躍ができると思うよ」


「ごめんなさい。確かに能力で国や街の平和に貢献できる公安も魅力的ですけど、私、今は音楽の熱狂の中にいたいんです。私が本当にやりたいのは、音楽で世界中の人達に熱と楽しさを届ける事。今回の件を通して、改めて強くそう思ったんです」


「私達も同感です。私達も、おとねの夢にどこまでも着いて行くって決めてるので。おとねが夢を諦めるまでは、私達も諦める事はしませんよ」


 私が公安の人に言うと、すぐにカリン達もそう言ってくれた。全員の表情を見渡しても、迷いはどこにも無かった。


「……そうか。残念ではあるけれど、スピーカーから流れてきた君達の演奏はとても素晴らしかった。あれをもっと広い世界に届けたいと言うならば、私はこれ以上何も言えないよ。これからも音楽活動、頑張ってくれ。応援しているよ」


「はい。ありがとうございます!」


 そう言い残して、公安の人は親指を立てながら去っていった。彼を最後にして、現場に来ていた警察と公安は全員撤収した。


「……ところでさ、さっきのおとねとヒカルの超イイ感じの雰囲気は何だったワケ? オレめっちゃ気になるんだけど?」


「あーいや、それは別にえっとその……勢い! 勢いだから! ヒカルが無事だったのが嬉しくて、つい……」


「無事を嬉しく思ってくれるだけでも、俺はめっちゃ嬉しいよ……! もう死んでもいいくらいだ」


「ちょっと! 生き残れたってのにそんな物騒な事言わないでよ!」


 ヒカルは今にも昇天しそうな恍惚な表情を浮かべている。

 やっぱりさっきの、少しやりすぎだったかな。……まぁでも、本人が嬉しそうだしいっか。


「ねぇ、確かに事件は解決したけどさ……この調子じゃすぐにフェス開催とは行けなさそうだよね」


 カリンが街の様子を眺めながら呟いた。

 ウイルスによる症状や氷は無くなったとはいえ、街はかなりの被害を負っていた。侵食してきた氷で多くの建物が損壊し、重傷者を運ぶ救急車も、休む間もなく動き続けている。きっと死者も、何人か出てしまっただろう。


「……何か私達にもできる事、無いかな?」


「とは言っても、ここまでの惨状だと何からすれば良いのか、全然分からないわね……」


「……そうだ! 良い事思いついた!」


 この暗い状況の中で、自分たちにできる事は何か。そう考えていると、頭の中に一つの妙案が浮かんできた。


「おとね、何かあるのか?」


「うん。みんな、楽器持って。放送室行くよ!」


 それぞれの楽器を持って、市役所の放送室へ向かう。さっき使ったばかりなので、放送準備はもう整っている。


「お。ここに来たって事は、もしかしてアレするのか?」


「そう。私達にしかできない事。この場所からみんなに、私達の歌を届けるの。この街が復興して、またみんなで音楽を楽しめる日が来ることを願って!」


 音楽の力は凄いんだ。本当の自分を教えてくれるし、心の殻を破ってくれるし、時を超えて心を動かせるし、人を変える事もできる。みんなで一つになって盛り上がる事もできるし、誰かに希望を与える事もできる。能力者になってから、その事を改めて実感した。


「それじゃあ、放送始めるっす!」


 チクマツと店長さんが機器を操作して、放送が始まる。再び、私達の声が電波に乗って街中に響いた。


「皆さんこんにちは、LIGHTHOUSEです。つい先ほど、この街は未曽有の危機に晒されました。今は一段落着きましたが、それでも私達に残した爪痕は大きいと思います。この数時間で、色んなものが壊され、奪われました。でも、私達は知っています。私達は力を合わせて、この危機を乗り越える事ができると! そしていつか、前のようにみんなで笑える平和な日々が戻ってくると。そんな未来を願って、歌います」


 失ったものは戻らない。けれども、前に進んで新しい物を手に入れる事はできる。人は大切な物を失っても、未来の希望を信じて前に進むことができる生き物だ。歌はいつだってそんな人達と共にあって、その背中を押してきた。

 今度は私達の番だ。みんなに希望を与え、未来へと導く灯台になろう。そんな決意を込めて、ギターを掻き鳴らした。

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