第35話 サマースカイフェス開幕!

 8月15日(サマースカイフェス当日) 9時24分

 side:おとね


 ついにこの日がやってきた。夏真っ盛りの今日この日、最高の音楽フェス・サマースカイフェスが開催される。

 一カ月の間に、できるだけの準備は全てやってきた。それぞれのパートの練習は勿論、新曲もいくつか作った。作曲をガマさんにやってもらったり、作詞をルナにやってもらったりと、バンド内での役割シャッフルも交えながら楽しく作曲できた。

 そしてついに、本番の時が来た。外の暑さはとんでもないけれど、私達の熱さはそれ以上だ。みんなで、最高のロックを奏でよう。


「兄貴―! みなさーん! 飲み物買って来たんで、良かったらどうぞ!」


「おぉチクマツ! お前も来てくれたのか!」


 控え室で休憩していると、チクマツが飲み物を献上しに来てくれた。以前はストーカー騒動で一悶着あったけれど、今ではチクマツはヒカルの舎弟として、私達の手の回らない所を全力でサポートしてくれている。


「こんな超大型フェスに出れるなんて、やっぱ兄貴達は凄いっすね! 僕も応援してるんで、頑張ってください!」


「おうよ。最高にヒートの熱い灼熱のビートを刻んでやるから、楽しみにしてろよな!」


 サイダーに手を着けながら、ヒカルは笑顔でそう言った。でも、その笑顔にはどことなくぎこちなさがあった。


「……やっぱり、ヒカルも緊張してるの?」


「当たり前だろ。あのサマスカだぜ? 俺達が出れるなんて、未だに信じられないぜ」


「……私も、緊張しすぎでどうかしちゃいそうだよ。掌に人書いて食べれば落ち着くかな?」


「それは迷信よルナ。こういう時は観客全員カボチャだと思って……いや、4万のカボチャがぎっしり詰まってるのは逆に気持ち悪いわね」


 やっぱり、緊張しているのは全員みたいだ。気を紛らわせるために色々やっているけれど、圧倒的な緊張の前ではどれも効果がなかった。


「やぁみんな。……やっぱりめっちゃ緊張してるみたいだね」


「おぉ、細野サン。やっぱりオレ達全員、これ程のビッグステージは初めてなモンで……」


 応援に来てくれた店長さんも、緊張でどんよりとした空気を感じ取ったみたいだ。彼は椅子に座ると、一つ一つ言葉を選ぶようにしながら、私達に語りかけた。


「誰だって大きなステージには緊張するものだよ。でもだからこそ、そこで振るいにかけられるんだ。緊張という繭を破って初めて、ミュージシャンは蝶のように空に羽ばたける。おとねさん、君はどうしてこのバンドを結成したんだい?」


「それは……世界に名を轟かせるロックスターになりたいからです。仲間と一緒に、どこまでも登っていきたいからです」


「良い夢だね。だったら、その未来をイメージしてみるんだ。どんな形でも構わないよ。白紙のキャンパスに自由に描くようにね」


「ロックスターの、未来……」


 店長さんに言われて、改めてその未来をイメージしてみる。

 ロックスター。その夢は何度も描いてきた。自分たちの歌で世界中の人々を沸かせて、楽しさを伝播させる。

 そんなイメージは昔から何度もしてきた。でも、学園祭ライブやジェットスニーカーズのフェスなど、色々なライブの経験を積んできたおかげか、前よりもイメージが具体的になっているような気がする。

 ルナ達も目を瞑って、それぞれの未来を思い描いているみたいだ。その様子を見て、店長さんは満足げに頷いた。


「うん。それじゃあ、そこにいた自分はどんな様子だった?」


「凄く楽しそうでした。満面の笑みで、全力でその場を楽しんでいました」


「でしょ? それが君の、君達の、本当の姿なんだよ。勿論緊張もあるだろうけど、それよりも心の深い所にあるのは、『楽しみたい』っていう純粋な気持ちのはず。だったらそれを、隠すことなく表に出しちゃって良いんじゃないかな? ありのままの方が、きっと自由に楽しく演奏できると思うよ」


 ありのままに、楽しむ姿。店長さんに言われて、初心を思い出すことができた。

 ライブの規模がどうだろうと関係ない。出演者も観客も関係なく、ライブは楽しむためにあるんだ。


「店長さん、ありがとうございます。お陰で何だか行けそうな気がしてきました」


「よし。その顔ならみんな大丈夫そうだね。フェス開幕まであと少しだ。みんな、頑張ってね!」


 そう言い残して、店長さんはチクマツと一緒に観客席に戻っていった。


「やっぱり店長さんの話し方、落ち着くなぁ」


「……フフっ、やっぱりルナ、店長さんに気あるんでしょ。そんなポっとしちゃってさ」


「ちょっ、これは違うよ! その、うん……」


「まぁでも、店長さんの話が落ち着くのはすごい分かるよ。今だって、あの人のお陰で緊張が治まったもん」


「えぇ。お陰でコンディションもバッチリ、最高の演奏ができそうだわ!」


「それじゃあ、始まる前に一つやっとく? おなじみのやつ」


「そうだな。やろうぜやろうぜ!」


 気合入れのために、私達はいつものように円陣を組む。心なしか今回は、いつもより気合いが入っていて、なおかつみんな楽しそうだ。


「LIGHTHOUSE、光っていこう! エイ、エイ、オー!」


 みんなで手を重ねて掛け声を叫ぶ。気合も熱も十分だ。今回も最高のライブにしよう。

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