お兄ちゃんは目つきが悪い

鳩葉きゃらめる

第1話 世間を揺るがす大ニュース!




 お兄ちゃんに、彼女ができた。



 そのニュースは、私とお兄ちゃんが通う学校、近所の商店街、私たちが住む小さな町にも大きなショックを与えた。

 近所の交番のお巡りさんさえも、帰り道に「彼女ができたってほんと?」と聞いてきたくらいだ。


 何を隠そう、お兄ちゃんは目つきがものすっごく悪い。


 下手すればそっちの道の人に間違われ、いろんなお店で入店を拒否され、最悪警察を呼ばれたこともあるという悪人面だ(そのおかげでお巡りさんとも顔見知りになった)。


 吊り上がった目頭に、常に眉間による皺。

 いつでも崩さない悪人面。


 ……まぁ、よく見ればかっこよくなくもないんだけど、いかんせん目つきの悪さに、みんな怯えるか逃げる。


 怖がられたことはあれど、モテた試しがこの17年間、幼少期を除いて一度もない。


 そんなお兄ちゃんが、高校で、校内2、3位を争う美女と付き合ったのだ。


 小さな町は騒然とし、八百屋のおっちゃんは「よくやった!」とお兄ちゃんの肩を叩き、精肉店のおばちゃんは"女の子がキュンとくる仕草"とか、女子の何たるやを教え込んでいた。

 そんなの、教えなくていいのに。


 そして私は、


「嘘だーーー!!!」


 絶望した。


***



「大体、お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!あんな美女にコロッと騙されて。私の方が美人だっつの!」


 なにせ、今年のミスに選ばれたのは私だからね! 鼻息荒く、ドーン!と胸を叩く。

 あらやだ、いい音。


「ほんと、みんなこの見た目に騙されるよな。俺も最初に騙されたけど」


 私が握りつぶしたせいで床にこぼれた牛乳を拭きながら、四月一日は遠い眼をして言った。


「騙すだなんて失礼な。勝手に想像して勝手にがっかりしてんのはそっちでしょうがっ」


 お兄ちゃんと違って、私は結構モテる。

 お兄ちゃんと正反対な垂れ目に、タレ眉。腰まであるオレンジ系の茶髪は、ゆるパーマがかかっている。眉毛よりちょっと下ぐらいの、ゆるパーマがかかった前髪は、基本センター分けか、捻じって、昔サンタさんがくれたお花のピンでとめている。

 身長は遺伝的なやつで、167とちょっと高め。おっぱいはそこそこ。


 あまりの可愛さに、付けられたあだ名は“卯ノ花高校の天使”。

 ダサいしサムいし勘弁してほしいんだけど、まあ、可愛いんだから仕方ないよね! 可愛いんだから!


「でも本当、柳瀬先輩と柳瀬って似てねぇよな。見た目も中身も」

「そりゃ、お兄ちゃん見た目は指名手配中の凶悪犯みたいな面してるけど、カツアゲされてるの助けたり、おばあちゃんを家まで送ってあげたり、1円でも拾ったら交番に届けたり、まじヒーローだもんね」

「その代わりお前は、お伽話とかに出てくるようなメルヘンな格好して性格クソ悪いよな」

「そ、そこまで酷くないしっ」


 ふい、と顔を逸らすと、窓の外に人影が見えた。


「あっ、お兄ちゃん!!」


 ふと窓の外を見ると、中庭をゆったりとした足取りで歩くお兄ちゃんの後姿を見つけ、手すりに飛びついた。


「……なんであれを見つけられるんだよ」


 さすがに怖いんだけど、とぶつぶつ言う四月一日。

 ふんっ、私のお兄ちゃん愛舐めないでよね!


「あっ、如月さんも一緒にいる! ……チッ」

「舌打ちすんな」


 お兄ちゃんの隣には、ミディアムの髪をさらさらと風になびかせ、お兄ちゃんに向かって微笑む如月さんがいる。


 あああもう!

 お兄ちゃんは萌花のお兄ちゃんなのに!


「ちょっと行ってくる!」

「お前もブラコン卒業しろよ……ってお前どっから行くつもりだアホ!」


 窓枠に足をかけた私を必死で止める四月一日。

 離せ!


「はーなーせー!」

「行くならちゃんと下駄箱から行け」

「そんな事してたらお兄ちゃんどっか行っちゃうじゃん!」


ってああ!

こんな事してる間にお兄ちゃんが!


「お兄いいちゃあああああああああん!」

「うるっせぇ! ちょっとは静かにしろよこのブラコン!」


 魔の手が! 魔の手が私とお兄ちゃんを引き離そうとしている!


「騙されちゃダメ! お兄ちゃん、戻ってくるのよおおおお!」

「お前が戻ってこい!」


 バシッと頭を叩かれる。


 いっ、


「たああああ!!」


 おまえええ!

 ギロリ、私の頭を叩いた四月一日を睨む。

 お兄ちゃんのところへ行こうとする私を阻むだけでなく、人の頭をベコベコベコベコ叩きやがって! 悪魔かこの野郎!


「よくそう何度も何度も学校イチの美少女の頭を叩けるよねっ!」

「お前もよく自分を美少女って言えるよなぁ。……イタイやつ」

「ちょっとぉ! 今ボソッと言ったの聞こえたよ! ……ふん、女装コンテスト1位だった四月一日の方がイタイし!」


 鼻で笑ってやると、四月一日はぐったりと手すりに寄りかかって項垂れた。


「それを言うなよ。とりたくてとったんじゃねえ」


 相当嫌な記憶らしい。はんっ、イイ気味ね。つーんとそっぽを向いたところで、はっと思い出す。


「お兄いいちゃあああああん!!!」










 私、柳瀬 萌花やなせ もえかは、

 兄・柳瀬  茅やなせ ちがやの事が大好きだ。



 自他共に認める重度のブラコン。



 きっと前世、お兄ちゃんと私は恋人だったに違いないと

 結構本気で思っている。


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