太田 瀧(おおた たき)の不思議なゴルフ

素通り寺(ストーリーテラー)

プロローグ 太田 瀧(おおた たき)、ゴルフの妖精と出会う

 山梨県某所、月の光ゴルフコースの18番ホール。

 その脇の林で一人の若者が、そこに打ち込んでしまったボールを探しながら思わずごちる。


「くっそ……こんなんじゃ来週のコンペ、また新人に抜かれちまう」


 彼の名は太田おおたたき。ゴルフが特に好きでも無かった彼が、ゴルフ用具メーカー『龍飛ドラゴンフライ』に就職してから早五年、彼は同期や後輩たちに完全に出世コースで置き去りにされていた。


「だいたい何でゴルフの腕前で出世が決まるんだよ!」


 そう、この龍飛と言う会社はゴルフの腕前がそのまま出世や昇給に直結するという、完全出来高ハンディ制の会社だったりする。

 部長クラスになるとプロテスト合格レベルの腕前が必要となり、専務や常務に至ってはツアープロになってで優勝しないとなれないらしい。


 そんな出世争いを決める今期のコンペがもう来週に迫っているのだ。なのでこうして当日コンペ開催のコースに一足早く乗り込んで、なんとか出世の糸口を掴もうとしていたのだが……。

 残念ながらそうそう実力がつくはずもない。今日も結局大叩きした挙句、最終ホールのセカンドショットをOBの林の中に叩き込んでしまって、今に至るという訳だ。


「どこだどこだ~、ン? あ、あれ?」


 ボールを探している内に、彼は林の途中に土手と、そこにぽっかりと空いたほら穴を見つけた。なんでゴルフ場にこんな穴が? と不思議がる彼だが、その奥に小さな白い玉を見つけて、思わず駆け出していた。


「おお、あったあった」


 ほら穴に入り、自分のボールを拾い上げて、ふぅと安堵する。


 さて出るか、と振り向いた彼が見たのは、まるで自分を通せんぼするように立ち、ほら穴の出口を後光のように浴びている、黒いシルエットの大男だった。


「うわっ! な、なんだアンタ?」

 思わず後ずさって尻もちをつく。


 無理もない、何せその大男は見るからに筋骨隆々、勇み立つ姿は凄腕の格闘家を容易に想像させる。

 頭には一本の毛も無く見事なスキンヘッド、恐らく剥げているのではなく自ら剃っているのであろう。腕組みをして仁王立ちにして出口に立ちはだかるその姿に、瀧はただうろたえることしか出来なかった……。


『我はゴルフの妖精ようせい、イーカラハ也』


 思いっきりドスの利いた声でそう返す大男。洞窟の闇に両の目をキュピーンと光らせ、瀧を見下ろしながら言葉を続ける。


『汝、ゴルフの腕の上達を望むか?』

「……え?」

『ゴルフの上達を望むか、と問うておる』

「そ、そりゃ……上手くなれるなら、なりてぇけど」


 瀧はそんな事より現状のヤバさのほうが気がかりだ。なんだ、この穴には何かヤバい物でもあって、この大男はそれを護る番人か何かで、ここに入った俺がどうにかされるんじゃないか、との不安が渦巻いていた。

 そもそもこのガタイで妖精とか言われても受け入れられない、どうみても軍神とかのほうがピッタリはまる風貌だろう。


『ならば、このゴルフの妖精、イーカラハが望みを叶えてやろう』

 そう言って大男は、ゴルフボールが大量に入ったカゴを差し出す。

「な、何だよ……コレで練習でもしろってのか?」


『否。この百個が貴様の持ち球だ。今から我のコースを回り、そのボールを残す事が出来れば、数に応じてゴルフ魔具まぐを進呈しよう』

「へ、マグって……なんかくれんの?」


『見るがいい、これが賞品、魔具の一覧也ッ!!!!』

 そう言って懐から巻物を取り出し、豪快なサイドスローで広げにかかる。


「巻物かよ! どっちかっつーと奥義の秘伝書みたいじゃねぇか!」

 ツッコミつつも、仕方なくその巻物に描かれた文字に目を落とす。その先頭には筆でこう書かれていた。


”百個:一国の軍隊にも勝てるゴルフセット”


「どんなんやねんっ!?」

『事実だ。そのクラブを使ってボールを打てば、万の軍勢すら蹴散らし得る』

 ツッコミに対して大真面目に答えるイーカラハの迫力に反論の余地をなくし、仕方なく巻物に視線を戻す……


「ぜ、絶対にホ-ルインワンするボール!? 500ヤードを直進するドライバーに、どんなラインも脳内に浮かび上がらせるパター……」

 魔具とやらの上位はかなりトンデモ商品だが、それなりに多くの交換ボールを必要とする。比して下位の商品になると……


「コンペで平均以上を必ず出せるセット、接待ゴルフで相手に気に入られるウェア一式、誰もがうらやむメーカー最新鋭の超高級ドライバー、絶対に受けるびっくり始球式用ボール……」


 まさに今、瀧が望む商品群がそこにはあった。


「これ……、マジで貰えるんスか?」

『先程も申したはず。その百個のボールでコースを回り、ホールアウト後に残った球と交換となる、と』

「つまり……ロストしなけりゃいくら叩いてもいいと?」

『後、違反行為ペナルティに対しても1個没収となる。故意にボールを動かす、などがそうだ』


(だったら……楽勝じゃねぇか!)

 思わずほくそ笑む瀧。現にさっきまでのラウンドで無くしたロストボールはたった1個だ。だとしたらほぼ全部残すのなんて簡単だよな、と。


「その商品、何個貰ってもいいんだよな。引き換えのこの球さえあれば」

『左様。効果の大きい物を手にするも、少ない物を大量に抱えるも自由也』


 それを聞いた瀧は思わず口角を釣り上げる。魔法じみた商品なんか信用はしていないが、少ない球で交換できる商品にしてもゴルフ好きなら喉から手が出るほど欲しい物ばかりだ……これを使うなり、上司や接待相手に渡すなりすれば、俺の出世の道が見えて来る! と。


「いいぜ、やってやるよ」

『では、コースに案内いたそう』

 そう言って、ほら穴の奥へと向かうイーカラハ。

「お、おい! どっち行くんだよ、コースは外だぜ?」

 驚く瀧に、妖精イーカラハは奥へと向かいながら、静かにこう返した。

『我のコースを回るのだ、この洞窟の奥が一番洞穴ほおる也……


 え、と何かの違和感を感じつつも、そのままの後を付いて行く。


 やがて大仰な和風の門へと突き当たる……なんだこりゃ、洞窟の奥にこんなもんが? と首を傾げる瀧。

『この先が1番洞穴ほおる也』

 そう言いつつ、でかい角材のカンヌキを外すイーカラハ、確かに門の上の看板には”1番ホール・32Y・PAR3”の看板がある。

(っていうか、こんな洞窟の奥のホールとか、どんな……?)


 ギ、ときしみ音を立てた扉を、イーカラハがゴゴゴゴゴと音を立てて押し広げていく。

 その奥に踏み込んだ瀧は、そこに広がる光景に、ただ唖然とするほかなかった。


「な……なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?」

 むせ返る硫黄の臭い。それもそのはず、目の前にあったのは溶岩のプールそのものだ。洞窟の中にあるだだっ広い空間は、その外周のわずかな岩べりの通路を除いて、全てが底の抜けた穴になっており、5メートルほど下には溶岩が煮えたぎっていた。


『ここが1番洞穴ほおる也。さ、いいから早ようせい』

「って、そもそもカップどこだよ!?」

『あれなるがカップなり』


 スッ、と指差したのはこの洞窟部屋の中央、そこの溶岩から一本の岩柱が立っている。柱と言っても直径はほんの15センチほどしかないヒョロッとした柱で……その天頂には確かにカップが取り付けられ、その上にピンがはためいている。


「えーっと……グリーンとかは?」

『そんなものはない』


 ……


「できるかあぁぁぁぁぁっ!」


 思わず絶叫する瀧。無理もない、確かに距離は30ヤード程度だろうが、ここをホールアウトするにはカップにダイレクトインさせるしか方法がない。しかも入った所で跳ね上がって落ちる可能性も無くは無いのだ。

 いくら持ち球が百球あっても、よっぽどの偶然でも無いと入るわけがない。このままトライしても百球全部を溶岩の中にロストすること確実だろう。


「馬鹿馬鹿しい! 俺はもう帰るぜ!!」

 やってられるか、ときびすを返す瀧……だが!

「ッて、出口の門が、な・・・・・無い、だと?」

 ついさっきまであったはずの門が、いつのまにか只の岩肌に代わっていた。


『一度足を踏み入れたなら、ホールアウトするか、ボールを全て無くすか、ふたつにひとつ!』

 マジかー、と言う表情で出口があった岩壁をなで、イーカラハに向きなおって質問を投げる瀧。


「な、なぁ……このボール全部無くしたら、俺は帰れるんだよな」

『 死 ぬ 』


 一瞬、瀧の脳内が真っ白になった。


「……今、なんと?」

『その球はお主の命。全て失わばお主の命運も尽きる』


「ちょっとまてえぇぇぇ! 聞いてないぞおぉぉぉぉーっ!!!!」

『今、申した』

「お約束はええんじゃあぁぁぁぁぁぁ!」

『いいから早ようせい』


 ……


「イーカラハの妖精で、”イイカラハヨウセイ”かよおぉぉぉっ!」



 かくして彼、太田瀧の、地獄のラウンドが幕を開けるのであった――

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