高嶺の彼
月丘翠
第1話
暗い部屋のの中で、耳にイヤホンをつける。
「みなさん、こんばんは。MIKIの恋愛相談ネットラジオの時間です」
MIKIの落ち着いた声が流れる。
パソコンの画面上にはMIKIの首より下の後ろ姿が映っている。
女の子であることはわかるが、年齢も不明だ。
MIKIの配信を見つけて約半年が経つ。
たまたまおススメで出てきたのがきっかけだった。
今では週に1度の生配信を毎週楽しみにしている。
「今日の恋愛相談は、恋するパンダさんからです。パンダさんこんにちは」
恋するパンダは、幼馴染に恋をしているが、幼馴染だからこそ気持ちを伝えられないと悩んでいるらしい。
「パンダさんは幼馴染の方に恋をされているんですね。いいですね、幼馴染という響きがすごく甘酸っぱさを感じます。関係を壊したくないというお気持ちは、私にもすごくよくわかります。でも前に進まなければ、彼は他の女の子と付き合ってしまって、もう2度とチャンスが訪れないかもしれません」
静かな声でMIKIはアドバイスを続ける。
「どんなプリンセスもここぞという時は、勇気をもって自分で歩き出します。パンダさんも勇気を出して一歩踏み出してみませんか?ではパンダさんに勇気が出るように、幼馴染で恋愛がうまくいったという方はコメントをお願いします」
MIKIの呼びかけで、様々なコメントが届く。
気づいたら視聴者は1000人を超えている。
幼馴染との恋愛エピソードのコメントを紹介していく。
「皆さんは本当に素敵な恋愛をされていますね。パンダさん、こんなにたくさんの方が幸せになられていますよ!パンダさんの恋愛がうまくいくように私も祈っています。では、ここで片思いの応援ソングを流したいと思います」
そういって昔の懐かしい恋愛ソングが流れる。
そして「あなたにも勇気と幸せを。今日もありがとうございました」とMIKIのいつもの締めの言葉でラジオが終わる。
「うーん・・・」
イヤホンを外して、身体をぐっと伸ばす。
部屋には真新しい高校の制服がかかっている。
「明日からか・・・」
男は立ち上がった。
□■□
「おはよう」
母が朝食の準備をしながら、歌を歌っている。
母は本当に明るい人だ。そんな母を父は愛してやまない。
父も明るくて、母の歌にステップを踏んで踊っている。
当然ダンスなんてできない中年なので、周りから見ればフラフラしているようにしか見えない。
「おはよう」
父も母もこんなに明るいというのに、私は地味で暗い。
丸い眼鏡にそばかす、長い髪を校則にしたがっておさげ(三つ編み)にしている。
校則に書いてはあるが守っている子なんて一人もいない。
ポニーテールにツインデール、派手じゃなければ基本的に何も言われない。
だから髪型なんて自由に・・と毎朝鏡の前で思うが、規則は規則だしなと結局のところ三つ編みを編んでしまうのだ。
朝ご飯を食べ終わると、高校へ向かう。
高校へはバスで向かう。
バスの窓の外をみると、桜の並木道が見える。
春にここを通ると、たくさんの花びらが舞ってかなり綺麗だ。
だが、今はもう桜も散って、緑が見え始めている。
春なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。
バスを降りると、すぐ高校が見える。
3年2組。
教室へ入ると、すでに複数の生徒がわいわいと過ごしている。
一番後ろの角の席が美紀の席だ。
自分の席に着くと、本を取り出した。
ホームルームまであと10分ある。
(あのトリックの最後までは読めるな)
本当は友達とドラマや音楽の話をしてみたいが、肝心の友達がいない。
いじめられているわけではないのだが、クラスが変わる度にいつも話しかけるタイミングを失い、勇気を出そうとした時には友人グループができていて、私は一人で過ごすな好きなキャラとされている。
ホームルームのチャイムがなり、教師が入って来る。
今日は教師だけではない、男の子も一緒に入ってきた。
少し驚いてタイミングがずれたが、いつもように「起立」「礼」「着席」と副委員長の仕事を全うした。
なぜかこの号令は副委員長の仕事となっている。
委員長がやれよと思うが、委員長は教師に雑務を頼まれたり、ロングホームルームの司会などもやらされているので、これくらいは仕方ないかと引き受けている。
挨拶が終わり、着席すると、女子たちが一斉にざわざわしだしたのがわかった。
最近メガネの度があっていないせいでよく見えないが、男子のことでざわざわしているらしい。
「今日からこのクラスにやってきた、
「藤崎亮悟です。宜しくお願いします」
亮悟が頭を下げると、「じゃあ、席は藤崎の隣」と教師に言われて亮悟が席にやってくる。
だんだんと亮悟が近づいてきて、見た目がはっきりわかってくる。
(や・・・やばい・・・)
身長は180㎝を超え、色は白い。
端正な顔立ちをしている。
まるで漫画の主人公のようだ。
胸がときめくとはこのことを言うのか―。
美紀は感じたことのない気持ちにドキドキしてくる。
「よろしくお願いします」
そういって亮悟はにこっと微笑むと、隣の席に座った。
「こちらこそよろしくお願いします」
冷静を装って挨拶を返すと、亮悟が驚いた顔をしてこっちを見ている。
「あの・・・何か?」
美紀がそう尋ねると、亮悟は「ごめん、なんでもないんだ」そういって前を向いた。
授業が始まった後も美紀の動悸はなかなか収まらなかった。
そして収まらなかったのは動悸だけではない。
「かっこいい」「モデルかな」
そんな女子の声があちらこちらから聞こえてくる。
イケメンが転校してきたと、初日の昼休みには学校中の噂になっていた。
たくさんの人が亮悟に声をかけるが、愛想よく話をしてアッという間に友達を作っていた。
(イケメン男子すげぇ・・・)
本を読みながら目の端でこっそり見ると、嬉しそうに友人たち話しているのが見える。
(私には無理だ・・・まさに高嶺の花ならぬ“高嶺の彼”だな・・)
人がたくさんいると落ち着かない。
早くチャイム鳴れと心の中で祈っていたら、やっとのことでチャイムが鳴り、みんな散り散りに去っていく。
「ふぅ」
小さくため息をつくと、なんだか視線を感じる。
横を見ると、亮悟がこちらを見ている。
「は、はい?」
「ごめんね、うるさくしちゃって。本読んでたのに、迷惑だったよね」
「いえ、全然」
声が裏返りそうになる。
こんな陰キャの女にまで優しいとか、どこの王子様だこのやろうと思いつつ、声には出さずにぎこちなく微笑んで教科書を開いた。
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