05-06

 藤原ルイを探し出す勢力が大きくなり、一ヶ月が経過。

 現在、誰もがルイを見つけ出すことが出来ずにいた。


 その間、週に一回の頻度で自由勤民党のスキャンダルが世に流れた。

 世界的なスポーツ大会の開催費用から億単位の金が中抜きされ、複数名の議員と広告代理店の重役が懐にしたという報道。


 健康保険証の新規システム導入に掛かる予算から億単位の金が使途不明金として消え、担当議員が関係者に対し賄賂として云千万ずつ配っていたという報道。

 治験が済んでいない流行り病のワクチンを推奨するため、担当議員が薬事審議会や製薬会社、発言力のある大学教授やインフルエンサーに云百万から云千万の賄賂を配っていたという報道。


 自由勤民党の議員複数名が政治資金パーティーの収支報告を正当に行っておらず、云千万から云億を懐にしていたという報道。

 そして、それら全ての悪事において、イルミンスールが恩恵を預かるという追加の報道。


 自由勤民党の悪事は週刊誌によって暴露され続け、後を追うようにテレビや新聞等の大手メディアで取り上げられることになり、世間の話題にならない日はなかった。


 SNSや動画投稿サイトでは国民から怒りの声が噴出し、政治家に対する批判や揶揄、罵詈雑言で溢れかえっていた。

 その勢いは留まることを知らず、悪事を詳らかにされた議員に対して殺害予告が届くまでに至っている。


 テレビでは国会中継が以前より高い視聴率を記録するようになり、各スキャンダルに関係する議員と西島総理の答弁は特に注目を浴びていた。

 他党の議員から強く糾弾される悪事。


 自由勤民党の議員は要領を得ない回答でお茶を濁し、のらりくらりとその場しのぎを繰り返していた。

 国民が他の何かに関心を示し、自分達のスキャンダルが忘れ去られるまでの時間を稼ぐために。




◇◇◇◇◇




「藤原ルイはまだ見つからんのか!」


 マタイチロウは自室の机を両手で叩きつけ、怒りを露わにする。

 呼び出されたエマ、カズシゲ、ミキオは、飛んできた怒号に萎縮していた。


「まだ見つからんのかと聞いているんだ! えぇ?」


 カズシゲは目を逸らし、だんまり。

 ミキオも兄に倣って俯く。


 二人の息子の様子を窺ったエマが口を開く。


「見つかっていないわ。有力な情報のひとつすらも入っていないわよ」


「あれから一ヶ月だぞ! 一ヶ月! お前らは何をしているんだ! この役立たずどもが!」


 机をバンバンと何度も叩きつけるマタイチロウ。

 しかしエマも言われっぱなしで黙ってはいなかった。


「あなたこそ、藤原ルイを見つけられていないじゃない。私たちにだけ責任を押し付けないでもらえるかしら?」


「俺は忙しいんだよ! 毎日毎日、国会で責め立てられ、身内を擁護し、これ以上状況が悪化しないように根回しをしているんだ! 暇なお前らとは立場が違うんだよ! 立場が!」


「その割には成果が上がっていないようですけど? マスコミへの報道管制も働いていみたいじゃない?」


「週刊誌への対策が間に合っていないからな! 防戦一方! 全て後手後手! 次から次へとやられっぱなしだ!」


 エマはマタイチロウをせせら笑う。


「何が可笑しい?」


「身から出た錆とはまさにこのこと」


「笑っている場合ではないぞ! いずれお前たちの番も回って来る! だから、その前にどうにかせねばならんのだ!」


「どうにかって言われてましてもね、この広い広い国土の中から人ひとり探し出すなんて、なかなか大変なことだとは思いません?」


「話の分からん女だな! だから女は駄目なんだ!」


 エマの額にぴくりと血管が浮かび上がる。


「あなた、今のは聞き捨てならないわね。発言を撤回なさい」


「する訳なかろう! このバカ女!」


「あなた、私のベストセラーのタイトルを言ってご覧なさい」


「言うか!」


「言いなさい」


「言わん!」


 エマはミキオに目線を移す。


「ミキオちゃん」


 ミキオはエマからの無言の要望に応える。


「『国を滅ぼす男、国を支える女』です」


「よく出来ました」


 エマは国会議員になる前はエッセイストであった。

 男尊女卑を許さない旨を内容とする著書が多く、ミキオの挙げた一冊は過去にベストセラーとなっていた。


「カシゲヤちゃん、ミキオちゃん、二人共もう出て行っていいわよ。今から夫婦で大事な話をしますから」


「おい! 勝手に決めるな!」


 平手で壁を叩きつけるエマ。

 今度はマタイチロウが恐縮し、カズシゲとミキオはすごすごと部屋を出る。


 カズシゲが後ろ手に扉を閉めると、途端に部屋から二人の罵声が聞こえ始める。

 ミキオはカズシゲと目を見合わせて小さく頷くと、それぞれ自室へと戻った。




◇◇◇◇◇




 エスニックな香りの煙が充ちた一室。

 室内ではお香が焚かれている。


 壁紙やカーペットの模様はアラベスク。

 異国情緒が漂う部屋となっている。


 壁際に置かれたテレビでは夜のニュースが流れ、西島総理による国会での答弁や、スキャンダルに関係する議員への突撃取材の模様が放送されている。

 続く、街頭での一般人に対するインタビューでは、自由勤民党を批判する意見が取り上げられていた。


 それを観ているのは桜田チヒロと藤原ルイ。

 二人は並んでソファに座り、寛ぎながらカップラーメンを啜る。


「なぁ、ルイ」


「なんだい?」


「背脂こってりのラーメンが食べたい」


「この辺りにそんなお店は無いよ。メロメの人たちが住む街だからね。チヒロ君は殺人犯だし、迂闊には外に出られないことをもうちょっと自覚してほしいな」


「ですよね」


 猫舌のチヒロが念入りにラーメンに息を吹き掛けていると、部屋の扉がノックされる。


「Come in」


 ルイが英語でノックの主に答える。

 少しの間が空いた後、ゆっくりと扉が開いた。


「ハロー」


 入口から顔を覗かせたのはルイの見知らぬ男。

 スーツの上にモッズコートを羽織った青年、織田シュンサクであった。

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