04-06
後輩の石井と共にあすなろ署に戻ったシュンサクは自席で、メモに取っておいた二つの車両番号の照会を掛ける。
まず一台目はパナメーラの番号。
持ち主は華川シズヤという男であることが判明する。
そして、本庁のデータベースで名前の検索をかけると、前科者リストで華川ケンという人物が引っ掛かった。
華川組という反社会的勢力の組長であるケンの一人息子がシズヤであるということが分かる。
しかしシズヤについて調べても前科や前歴は無く、出自の割には潔白であることにシュンサクは驚いた。
「……逆に怪しい」
疑わしげに目を細めるシュンサク。
デスクの上のスマートフォンを取り上げ、華川シズヤという名前をインターネットで検索する。
結果として出てきた情報は、猫カフェと雀荘であった。
表示されたアドレスをクリックし、それぞれのサイトを開くと、どちらもシズヤの名前が経営者として掲載されている。
「なんでヤクザが猫カフェと雀荘? 訳の分からん奴」
他に目ぼしい情報も無く、スマートフォンを置き、続いて調べるのは二台目の車両番号。
シズヤが乗って来て、何故か本庁の刑事に引き渡された乗用車のものである。
検索で出て来た所有者の名前は、六郎万キハチ。
こちらは本庁のデータベースでもインターネット上でも検索に引っ掛からなかった。
前科者でも、有名人でも、自己顕示欲の高い人間でもないらしい。
シュンサクは顎に手を当てて少し考え込むと、背もたれに引っ掛けてあるモッズコートのポケットから折り畳まれた紙を取り出す。
イルミンスール記念会館で田村に渡されたコピー用紙である。
そこに印刷されているのは昨日分の記念会館の出入管理簿であり、入退館の時間と名前が記載されている。
ずらりと並んだ名前に指を置き、上から順に目的の氏名を探してゆく。
一枚目、二枚目、三枚目と用紙を捲っていくと、四枚目の途中で六郎万キハチの名前を発見する。
「ビンゴ」
口角を上げ、不敵な笑みを浮かべるシュンサク。
華川シズヤが乗って来た、本庁の刑事が回収した車は、昨晩イルミンスール記念会館にいた信者の所有物であるということが分かった。
「やっぱ、あの銀髪ウニ頭は事件に関係あるな。任意同行からの事情聴取……」
しかし、何事も無かったかのように本庁の刑事から自分のパナメーラを返還され、シズヤは帰って行ったのである。
そのことを思い出したシュンサクは、真っ当な捜査方法でシズヤに近づこうとすれば、本庁の刑事から邪魔立てが入るであろうことを予測する。
「……は、無理かも」
腕を組んで、天井を仰ぐシュンサク。
頭の重みで背もたれが限界まで倒れ、首を後ろに傾げると、背面に広がる光景が逆さまに見えた。
逆さまの机、逆さまの椅子、逆さまの田村。
田村は椅子に座り、机に突っ伏して仮眠をとっていた。
結局どうやら家には帰っていないらしい。
シュンサクは体勢を元に戻すと、立ち上がって田村の席まで歩き、肩を揺する。
「田村さん、帰らなくていいんすか? 眠いんでしょ?」
「眠いよ。でも、みんな出払っているからね。別事件に備えて待機しているんだ」
「あらま、それは御愁傷様です。ところで、この人の所って誰かもう聞き込みに行ってます?」
シュンサクはコピー用紙を差し出し、六郎万キハチの名前を指差す。
それを覗き込む田村。
「あぁ、この珍しい名字の人ね。確かうちの人間がもう訪ねたはずだ。家には不在で、聞き取りは出来ず終い」
「電話番号とか、連絡先わかります?」
「知らないけど、何? どうしたの急に?」
「重要参考人の可能性があります」
「そうかぁ。でも、連絡先を調べたくても本庁の邪魔が入るだろうね。シュンサク君が気付いていることは概ね、向こうさんも気付いているだろうから」
「じゃあ、住所。住所教えてください。俺、行って来ますから」
「えぇと、ちょっと待ってね」
分厚い手帳を開き、仕入れた情報の中から六郎万の住所を探す田村。
「あぁ、あったあった。これだ」
田村はシュンサクに該当のページを開いて見せる。
シュンサクは六郎万の住所をスマートフォンに入力した。
「ありがとうございます。はい、これ」
礼を言ったシュンサクはポケットから包装された飴をひとつ取り出し、田村の机に置く。
「べっこう飴か、なんか懐かしいねぇ。昔よく食べたよ」
「好きなんすよ、べっこう飴。良かったら食べてください」
「ありがとう」
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい」
シュンサクは控え目に頭を下げると、そそくさとオフィスを後にする。
あすなろ署からタクシーで、手に入れた住所まで移動したシュンサク。
こじんまりとした三階建てのアパートの一〇六号室が六郎万の住居である。
シュンサクは玄関の前に立ち、インターホンを鳴らす。
しかし、中からの反応は無い。
もう一度インターホンを鳴らして暫し待つも、やはり反応は無い。
不在にせよ、居留守にせよ、正式な手続きを踏まなければこれ以上は何も出来ないので、シュンサクは六郎万との接触を諦めた。
「こっちが駄目なら、あっちかな――」
シュンサクはスマートフォンを持ち、ブラウザの履歴を辿る。
そして開いたのは、保護猫カフェにゃんちゃっ亭のサイトであった。
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