02-07
二人の姿が見えなくなった後、ルイは自分のスマートフォンを上着の内ポケットから取り出して電話をかける。
「もしもし、僕だ。二人は逃がした。彼女を控室に連れて来てくれ。例の物も忘れずに。それじゃ」
相手方へ簡潔に要件を伝えたルイは通話を切る。
ヒカリのスマートフォンを拾い、部屋中の物を散らかす。
本棚の本を無造作に落とし、力任せに本棚を倒す。
ベッドの掛け布団やマットを放り投げる。
満足部屋にある浴室の棚からタオルやバスマットを持ち出し、広げては辺り一面にばら撒いてゆく。
室内を一通り散らかした後、ルイは札束を拾い集める。
両手一杯に札束を抱えると、隠し通路を抜けて教祖の死体がある控室へと移動する。
札束を床に落とすと、帯を千切り、紙幣を部屋中にばら撒いてゆく。
帯を千切っては投げ、千切っては投げ、床が見えなくなる程に散乱する紙幣。
全ての札束をばら撒き終えるとルイは、父の傍らに立ち、亡骸を見下ろす。
「ほら、父さんの大好きなお金だよ」
表情も無く、ルイは小さく呟いた。
そして、そのまま暫くその場に立ち尽くす。
数分の後、控室の扉をノックする音が聞こえた。
ルイは鍵を開けると、ゆっくりと扉を開く。
扉の向こうには大きなトートバッグを持った若い信者の男が二人と、チヨコが立っていた。
チヒロとヒカリが意識を失っている間に、ルイの工作によって待機させられていたのである。
チヨコはルイの姿を確認すると恐縮し、急いで頭を下げる。
「夜分遅くに恐れ入ります、ルイ様。こうして直接お会い出来て光栄でございます。しかも、ありがたいことに私の娘と息子に説法を説いていただいたようで、とても頭が上がりません」
チヨコが下を向いている隙に、ルイは部屋から廊下に素早く出て、後ろ手に扉を閉める。
「いえいえ、そんな。大したことじゃありませんよ。どうぞ、お顔を上げてください」
言われるがままにチヨコが顔を上げると、ルイは満面の笑みを浮かべていた。
それを見たチヨコは安堵を覚えると、緊張が解れ、流暢に話を始める。
「しかも、まさかナユタ様も一緒にいらっしゃるとは。ヒカリは本当に神に愛された子だわ」
「そうですね。いま二人は部屋の中で、父と祈りを捧げている最中です」
「あら、これはまたありがたいことですこと」
すりすりと両手の平を合わせて拝むチヨコ。
「いやぁ、お二人との会話はとても有意義でしたよ。優秀なお子さん達です。特にチヒロ君が素晴らしい」
「チヒロが?」
チヨコの表情が一気に曇る。
「えぇ、彼とは話が合いますし、何より、僕にとても似ています」
「そんな滅相もない。とてもとても、ルイ様とは似ても似つきませんよ。同じなのは年齢だけです」
「ほぉ。何故そう思うのですか?」
「だってあの子は昔から勉強も運動も人並み以下で、信仰心も薄くて、何でも私の言う通りに出来ない子なんですよ。別れた夫に似てしまったばっかりに、碌な人間に育ちませんでした」
「そうですか」
「そうなんです。出来の悪い息子なんですよ。ルイ様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいです」
「なるほど。理解しました」
「理解していただけて光栄です。流石はルイ様」
「確かに、あなたのような親に育てられたら自己肯定感は低くなるでしょうね。僕みたいに」
「え?」
「自己肯定感が低いという点で、チヒロ君は僕にそっくりなんですよ」
「自己肯定感――?」
「そう、自己肯定感です。言い方を変えるのであればさながら、生きる希望といったところでしょうか」
ルイは笑顔を崩さないまま控室の扉を大きく開ける。
チヨコが部屋の中を覗き込むと、その場の空気は一瞬で凍りついた。
「まぁ、あなたのような毒親には理解出来ないでしょうけどね」
教祖の死体。
飛び散った血。
散乱した紙幣。
荒れた室内。
控室の惨状が目に入ったチヨコは、絶叫しようと息を大きく吸い込んだ。
刹那、声を出すことを許さないルイは、チヨコの下顎に渾身の右ストレートを叩き込む。
鈍い打撃音と共に脳震盪を起こし、気絶するチヨコ。
二人の信者が、よろけて倒れそうになるチヨコの体を支える。
「中へ」
ルイが指示を出すと、二人はチヨコを控室の中に運び込み、ナユタの死体の傍に横たえる。
そして一人は満足部屋に行き、もう一人は控室に残る。
二人はそれぞれ持参したトートバッグからポリタンクを取り出すと、蓋を開け、中身の液体を部屋中に満遍なく撒いてゆく。
その間、ルイは気を失ったチヨコの右手にチヒロのナイフを握らせていた。
「ルイ様、終わりました」
「ありがとう。あとこれ、よろしくね」
控室と満足部屋に灯油を撒き終えた二人の報告を聞いたルイは、それぞれにチヒロとヒカリのスマートフォン、そして札束を手渡す。
「どっちも位置情報機能はオンになっている。北と南に別れて、可能な限り逃げ回ってくれ。ただし、命は落とさないように。身の危険を感じたらすぐに捨てること。いいね?」
「「はい」」
「健闘を祈るよ」
二世会の二人はルイに一礼をすると、速やかに控室を出る。
ルイは扉を施錠すると、外から部屋の中に入り辛くなるように金属製の椅子や机を扉の前に積み上げてバリケードを作った。
そして控室の隅に移動すると、上着の胸ポケットからジッポライターを取り出す。
蓋を開けて、着火。
ルイは揺らめく小さな火を暫らく見つめて、昂ぶる精神を落ち着ける。
「神の御心のままに――」
そう呟いたルイは火のついたライターを、灯油で濡れた父の死体に向かって放り投げた。
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