フェルンリュート

紫時雨

episode 1 私ヲ見ツケテ

日差し眩しい朝、俺は部屋のカーテンを抉じ開ける様に開いた。

俺の隣に寝てるこいつは起きる気配を微塵も見せない。


こいつ曰く。

自身は幽霊とか下らない事をほざいてやがるがハッキリ言って俺は驚かないし、びっくりもしない。


何故かって?

俺は小さい頃から幽霊が見える。

地縛霊、守護霊、生霊、怨霊など、上げだしたらキリが無いが、大体の幽霊が目視可能だ。


この力のせいで何故か分からないがこの謎の女が突然、俺の家に住み着いたんだ。

――アリス――

正体不明にして超絶美少女な彼女だが、こいつも例外なく幽霊である。

しかも死ぬ前に未練を残して死んだタイプだ。


その未練が何なのか俺は訊く事はない。

俺的に言わせて貰うと…

言わなくちゃいけない事と、言わなくても良いことは違う。

言いたくない真実は無理して言わなくても良いと思うんだ。

アリスが言いたいと思う時まで、アリスが俺を心から信用してくれた時にあいつから訊けば良い。

違うか?


俺はアリスの言われるがままに。

自分の家で成仏屋を始める事になった。

あいつ曰く、『私みたいに未練を抱えたまま、この世界を永遠に彷徨って欲しく無い』って言う理由らしい。

確かに俺は幽霊の声が聞こえるし、意志疎通も完璧だ。

 

金は勿論取らない、完璧にボランティア型だが…

俺の生活費…どうにかなるかな?

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リビングでナマケモノの様にぐったりと寛ぐ俺達はふと、急に家の中になり響くチャイムに驚いた。


まさか…開業してまだ2日だぞ?

どうやら、幽霊と言うのは俺の想像の何倍も暇らしい。


俺は扉を開け、初めての客をもてなす。

見た目は普通の小学生の女の子そのものだ。

服装だって普通だし、正気に溢れる様な顔つきだ。

黒色の可愛らしいキャスケット帽を深く被っている。

なんなら俺のほうが幽霊っぽいかもしれねぇ…


リビングでソファーに座りながらせんべいを齧っているアリスが面接官の様な屈強とした態度でその女の子に問い掛けた。


「君、名前はなんて言うの?

死んだ時代と当時の年齢は?

そして…何が心残りなワケ?」


その女の子はアリスの態度に一瞬たじろいだが、すぐに覚悟を決めた様な顔つきになり、幽霊とは思えぬ位の元気さで俺の耳を攻撃するかの様な大声で叫んだ。


「私の名前は――椎名楓しいなかえでです!

貴方達と一緒に山で遊びたいなぁ…なんて」


椎名楓――俺はその名前を聞いた途端に頭の中に稲妻が迸る様な感覚に陥った。

何処かで聞いた事のある…何処かのテレビ番組でニュースとして出てきていた…

考えろ…考えるんだ。俺!!

この娘は山で遊ぶだけが本当の理由か?

俺にはそうは思えない。

時間なら沢山あるはずなのに…この娘には幽霊特有の余裕が感じられない…

時間がこの娘を刺激して堪らないのだろうか、さっきからずっと時計と俺の目を交互に見ている。


「おい!響!返事しろ!」


俺はいきなりアリスに頭を叩かれる。

状況を察するに、俺は思考のコードを巡らし過ぎたお陰で、現実との交流をシャットアウトしてしまったらしい。

俺はアリスに返事をしようとしたが、俺の小さな脳に浮かんできた言葉は『おう』の一つだけだった。


アリスは楓に聞こえない様に俺の耳元で囁いた。

アリスの吐息が俺の耳にかかって少しゾワッとしてしまった事は内緒だ。


「ワケありって感じだな…どうする?

私達にとって初任務だが…楓を成仏させてやるか?」

「当たり前だ。此処まで来させた以上。

追い払うワケにはいかんだろう」


俺達は楓に依頼を受諾した項を伝え、楓に呼び寄せられるがままに見知らぬ山奥に誘われた。

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早朝の癖に、森に入った途端に場面に黒みがかかった。

楓は慣れた足取りで山奥へ進むが、楓とは対照的に、俺達は慣れない山登りに苦戦していた。

特にアリスが酷かった。

たかが、カラスが上空を飛び交うだけで俺の鼓膜を攻撃する様な叫び声を上げやがる。

不快ったらありゃしない。


だんだん俺は不安な思考になっていた。

無理もないだろう?

会って数時間の相手に突然、『山登りしよう』と言われたら。しかも幽霊だぞ?死んだ人間だ。

俺の魂を吸う為とか衝撃的な告白はノーセンキューだぞ。


生憎、俺は孫を見るまでは死ねないんでな。


複雑な森を抜けた俺達三人は――いや、死んでるから俺一人か…一人で登山は悲しいな。

こういうのは恋人とやるからこそ!なんじゃないのかよ。

そんな事、今は必要ない!

複雑な森を抜けた俺は、すぐに仮初めの拠点と言う言葉が一番お似合いな小屋を見つける。


楓が少しわざとらしかったが、元気いっぱいな声を張り上げて言った。


「着いた~!此処だよ!

さぁ入って…入って…」


俺とアリスは気付いていた。

声と顔は何もない様に見えるが、決して自分から入ろうとしない。

足腰が抜けて途轍もない程の恐怖に心を蝕まれている。

楓の小さな脚が震えている。この小屋の扉の向こうには何が待ち受けているんだ!?


俺は恐る恐る小屋のドアノブに手をかけ、扉を思いっきり開ける。

途端に俺の鼻を刺激する臭いが俺を襲った。

普通の人間なら、嘔吐してしまう程の臭いだ。

尋常じゃない…俺は一瞬で分かってしまった自分が憎かった。

分からない読者の為に言おう

――死臭だ――


俺は見たくないものを目に焼き付けてしまった。

袋からはみ出した小さな脚が無数の蛆虫に侵蝕されている。

真っ白な脚にから骨がうっすらと見えてしまっている。

袋の上を数えきれない程のハエが飛び回る。


俺は袋を開けてしまった事を一生後悔する羽目になった。


袋を開けると…楓の頭が袋から出てきた。

床に転がる楓の頭は俺を虚ろな目で睨み付けた。

瞳の奥に浮かぶ深淵は俺を掴んで離さない…

最初は頭だけだと思ったが。袋の奥を覗くと、楓の小さな体の部位がバラバラに切り裂かれていた状態で放棄されていた。


俺は叫び声を上げたくなったが必死に堪える。

後ろに楓が立っていた事に勘づいたからだ。


さっきまでキャピキャピしていた元気な楓は消え去り、虚ろな目をしているのにも関わらず、口角は不自然な程に上がり、蛇の様な眼球をしていた。


「やっと見付けてくれた…ずっと一人でゴミ袋の中に押し込められるのは苦しかった。

悲しかった。

だから…誰かに見付けて貰えるまでずっと私はこの世に留まる事を決めた…んだけど…」


楓はさっきの殺気に満ちた表情を止め、普段の可愛らしいキューティクルな笑顔に戻った。

やっぱり。女の子は笑顔が一番だな。


「なぁ。思い出したよ…お前は誘拐事件の被害者だろ?

犯人はまだ捕まってないんだってな…

お前にとっての願いは犯人を見付けて罪を償わせるのがお前の望みじゃないのか?」

「いいや?私はただ誰がに見付けて欲しかっただけ。復讐は願わないよ。

私達、死んだ人間は世界と言う物語の中で、その一人の役者のルートを彩れない。

簡単に言うとね――死んだ人間は物語を彩れないって所かな」


椎名楓は謎の男によって誘拐された少女だ。

生きている間は誰にも優しく接し、周りの人間全員に笑顔を振り撒いた。

近所のアイドルの様な存在になっていた。

――楓が目を付けられるのは無理もない――


誘拐犯になる前の男に優しくした事で、その男は楓に恋心を抱く様になったらしい。

その男のアプローチは見てられない物だった。

あの手この手で楓を自分一人の物にしようとしたが…結果的に楓に拒絶される事になった。


――あんなにも優しい楓がオレを拒絶するわけがない!きっと…誰かに誑かされたんだ…――


妄想に囚われた男は楓を誘拐し、放棄されていた小屋を根城に、二人だけの生活を始めるつもりだったのだろう。


床にはティーカップなど、生活に必須な物が散乱していた。

あくまでも、俺の憶測に過ぎないが…


当然の如く、楓は男に抵抗したのだろう。

死体となった楓の腕には痛々しい傷痕が絶えないと言う事実から基づいた俺の推理だが…


「暴れたから、殺されたのか…?

天霧さんはこれが訊きたかったんじゃない?」


――楓の一言はあまりにも正確過ぎた――


俺は普段はあまり開かない目を見開いて驚いた。

俺が思考と言う頭のコードを巡らしている内に、俺の口からぼそっと漏れたのだろうか?

秘匿と言うプロセスを貫通させる程に想像力が稼働していたらしい。


「なぁ!楓…」


俺は楓に慰めの言葉をかけようとしたのだが…

――楓は既に消えていた――


「はぁ…楓は本当に優しいな…

自分を殺した人間を恨まずにあの世へ逝けるなんてな…ある意味最悪だけどな…」

「おいアリス…さっさと起きろ。

楓は成仏したぞ…さっさと帰って飯喰おう」


俺は地面に落ちている黒色の可愛らしいキャスケット帽を拾い上げ、眠たげなアリスの頭に被せてやった。

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