Ep43 NEXT STAGE

 こうして僕の数少ない休暇が過ぎ去り、やがて寮への帰路についた。往路と違うのは精米済みの米が詰まった米俵を2つ携えていること。地元の職人たちに精米機の構造と設計図、製造方法をレクチャーしてきた。そのうちに精米機そのものも増産できるようにしたい。何より一番の収穫は、定期的に米を送ってくれるという約束を取り付けたことだ。手始めに1俵、この冬用の米とお土産用の1俵だ。

 もともと僕は持ち歩く荷物が少なかったので寮の自室に荷物を運び込む作業もすぐ終わり、この旅に付き添ってくれた従者に後払い分の報酬を渡したら終わりだ。予定よりもかなり早く着いたので今日の午後は暇になってしまった。

「おかえりなさい」

 後ろから聞き馴染みのある声がした。

「ただいま、ラミィ」

 僕はラミィの体を引き寄せ、久しぶりの口づけをした。

「新しいお城はどうだった?領主様」

「楽しかったよ。想像以上だ。今度一緒に来るかい?」

「まあ、家が許してくれたらね…」

 その声は少しの悲しさを含んでいた。

「ねえ、それなんだけど」

 ふと僕はひらめき、ラミィに向き直った。

「僕ら、結婚しないかい?」

「ふぇ?!」

「僕らももう17歳だ。そろそろ結婚してもいいんじゃないか?クリスとジブリルだってもう婚約してるんだし。それに、君がレラティビティ家の人間になれば自由に外出だってできるようになる」

「ま、まあ結婚したいけど!でも、ミゲル家を納得させるような材料はあるの?父上は私を無理やりルシフェル家に嫁がせるつもりらしいけど」

「大丈夫、僕を誰だと思ってる?新進気鋭の侯爵家、レラティビティ家の現当主だよ。あとはこいつらに物を言わせれば割と行けるんじゃないか?」

 僕は収納魔法から一等将校の肩章と新品の勲章を3つ取り出した。ラミィはそれらの纏う『権力』というオーラのあまりの強さにたじろいだ。

「…すごく結婚したいけど、こういうのはもう少し時と場所を推敲しなさい!」

 頬を膨れさせたラミィが自分から顔を近づけ、もう一度キスをした。


 この国では結婚するならまずどうにかして家を持つことが習わしだ。次の休日、僕は寮の前でラミィと待ち合わせて馬車に乗った。ようやく僕も貸切のレラティビティ家専用馬車を使えるようになった。騎手は以前から乗合馬車で顔を合わせていたマイロさんにお願いしている。

「若旦那、今日はどちらへ?」

「ちょっと不動産屋へよろしく」

「あっ、ああ、ふぅ〜ん。お幸せになすってください」

 マイロさんは僕とラミィを交互に見て、ニヤニヤしながらそう言った。

「ああ、まあ…」

 ラミィは顔を赤らめ、僕はどう返していいかわからず有耶無耶にするしかなかった。


「いらっしゃいませ」

 不動産屋では若い女性の受付嬢が僕らを迎えた。

「その…屋敷を探してるんだけど。100万ソリスくらいで」

 現代日本で言えば2億円くらいだろう。こんな大金を動かしたの、新機軸の量子コンピュータの試作機を作ったときくらいだ。

「ひゃっ?!」

 あまりの金額に卒倒する受付嬢を横目に、僕らは応接室に通された。その後明らかに裕福そうな中年男性の商人が、汗を拭きながら薄い冊子を数冊持って応接室に入ってきた。

「申し訳ありませんレラティビティ卿、従者の方がいらっしゃらなかったのでてっきり一般の方かと…」

「いや、いいよ。僕らこそ突然押しかけて悪かったね」

「いえいえ、滅相もございません。さて、王都近郊で1千万ソリス程度の屋敷をお探しとのことですが…」

 商人はテーブルの上に冊子を広げた。僕らはそれらをペラペラめくりながら、めぼしい物件をいくつか上げていく。

「これとこれと…あとこれ。この後見に行ってみてもいいかい?」

「もちろんです。案内人をおつけいたします」


 まあそう簡単に好みの屋敷なんて見つかるはずもなく、1日中探しても「これだ」と思う物件はなかった。家さがしはこの次の休みまで続いた。その日も、ラミィと二人であちこちを回っていた。王都の最外層の城壁から少し馬を走らせたところ、ちょっとした街の一角の屋敷。そこからの眺めを見ているときだった。

「あそこは売りに出しているのかい?」

 ラミィが指したのは街の中心部を外れて少し王都側の小高い丘の上。木造の古びた屋敷が建っている。

「ええ、売りには出されています。ですが長い間使われてなかったせいで内部はホコリだらけで散らかりっぱなしのようです。それにレラティビティ卿がご提示なされた予算よりも大幅に下回っております。それに…なぜかのです」

「いや、少し見ていこう」

 僕はそう行って丘の上まで馬で登っていった。ラミィはさっきから扉を開けようとしているが、ピクリとも動かない。

「へえ、結構いいじゃん。古いといいつつ建物自体にダメージはほぼ無いようだね」

 扉が開かないとのことでトラップ魔法の類に警戒しつつ、僕はそっと大きな正面扉に触れた。すると扉はギギギと大きな音を立てて自動で開いた。扉の向こうには、それぞれの廊下につながる広間になっているようだ。

「な、なんと…!」

 案内人は驚きのあまり開いた口が塞がらない。

「この扉は、大きな魔力を自動で感知して開閉する魔道具の一種…てことかしら?」

「ああ、そうだろう。だがこんな仕様の物は見たことも聞いたこともないし、僕じゃないと開かないほど感知する魔力の下限が高く設定されているってことはここに住んでたのは間違いなく魔法使いだ。それも恐ろしく魔力量が大きくてびっくりするほど強力な人物だ。どこにも名前が残ってないのが不自然すぎる」

 念の為に収納魔法からSTVSを取り出して身につけ、広間の中程まで進む。薄暗くてよくわからないが、ガラクタや瓦礫の類は無いらしい。ただ全体的にかなり厚いホコリをかぶっていて、少なくとも10年、あるいはそれ以上の間放置されていたことが分かる。

 僕はそのまま歩を進め、床の円のような模様の中央まで来た。すると突然周りの天井についていたランプやシャンデリアが光り出し、屋敷を隅々まで明るく照らした。それと同時に足元の床が青く光り空中に円筒形の魔法陣が浮かび上がる。こちらの方が規模は圧倒的に大きいが、僕も何度も使ってる見慣れた代物だ。

「ウソだろこんなのを転送魔法で送ってくんのかよ…!ラミィ、その人を外へ!」

「わかった!」

 ラミィに案内人の避難を指示している間にも「それ」はどこからか送られ、構築されている。巨大な躯体、黒い金属のような質感、鎧のような構造の外装。四つ足の獣のような下半身に筋骨隆々な上半身、そして僕が怖じ気づくほど禍々しい魔力を貯めこんだ弓。

「まるでケンタウルスだな。いて座サジタリウスとでも呼ぼうか?」

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