Ep39 TRISHULA
* * *
フォラスは剣技でフェイントをかけるとき、毒の剣を一瞬流体に戻して相手の剣をすり抜けさせる。それで相手に一歩分無駄に深く切り込ませて体勢を崩し、その隙に毒を打ち込むのだ。最初からそれが分かっていれば対処は簡単だ。
「貴様が私のように毒を使おうと所詮は人間だ。毒性などたかが知れている!」
「そりゃそうだ、悪魔と人間じゃ肉体の基礎スペックが違いすぎる。何をやったって
フォラスがまっすぐに突っ込んでくる。
「人類の積み上げてきた
フォラスは予想通り剣を液状化していたが、僕は毒の剣なんて存在しないかのような踏み込みようでボツリヌストキシンを纏ったSTVSを振り下ろす。勢いを殺さずにそのままフォラスを切りつけて切り口から一気にボツリヌストキシンを全て流し込み、体内でハリネズミのような針の玉に変形させて一瞬で毒を全身に巡らせた。
フォラスは数歩下がったあとに全身が痙攣し始め、何か言葉を発することもなく地面に崩れ落ちて意識を失ってしまった。なんせ200億人を殺す量の毒だ。悪魔であっても致命傷になり得る。
「お前にかまってやる時間はないんだ」
そう言って僕はフォラスの心臓にSTVSを突き刺し、とどめを刺した。
「まさか、こんなところでイスラフェルに会うことになるとは…。しかし、これは好機、か…?」
急に背後で声がした。ふと見ると先ほどまでフォラスの肩に留まっていたカラスが空中に浮かんでいた。
「やっぱりね。お前も悪魔だろ」
悪魔を召喚することで得られるものはその強大な戦闘力だけではない、と王立図書館の本に書いてあった。一部の悪魔は召喚者に特殊な魔法を、この場合悪魔ラウムは肩に留まった者に命あるものですら転送できる転送魔法を与える…と。
ラウムは僕の予想通りすぐにその場から転送魔法で消えてしまった。理由は簡単、フォラスではない真の召喚者に「イスラフェルが最前線にいること」を伝えるためだ。ならばアスターテの崩壊を狙うその真の召喚者はどうするか?答えは簡単、僕がいなくなってガラ空きになった王都アル=イスカンダリーヤのヴァサーゴを襲う。裏を返せば、首謀者を炙り出せる…!
『
僕は瞬時に王都に向かって走り出した。要塞が地平線の向こうに沈んで見えなくなるとすぐに吹雪を身につける。
『
もちろんラディウス・パックだ。
『
マッハ2からスラスターで一気にマッハ10まで加速する。
現在アル=イスカンダリーヤの王城から直線距離でおよそ152キロの地点、初速はマッハ2、加速度は34300メートル毎秒、所要時間は…約5.32秒!
一瞬で王城が魔力探知の範囲内に入るところまで来た。やはり国王の執務室に大きな魔力の塊が転送されてきている。一つしか反応がないが、まだいくつかは来るのだろう。
減速はしない。このまま執務室に突っ込む。僕は前後を180度回転させて飛び蹴りの姿勢を取った。魔力鉱の強度ならこんな無理な方向からの衝撃でも問題ない。
コンマ1秒も経たぬうちに僕は執務室の壁を突き破った。そしてそのまま大剣でヴァサーゴに襲いかかろうとしていたフードの人物に蹴りを食らわせて反対側の壁を突き破り、王都の城壁の外まで吹き飛ばして敵を数キロ地面にこすりつけた。地割れのような1本の轍が跡を残し、その数瞬あとに遅れてやってきた音が衝撃波として僕らに襲いかかってきた。
すぐにストレイフ・パックに切り替えて内蔵の魔力砲を展開し、三門全ての照準を目の前の敵に合わせて一斉に発射した。
『
しかしそれでもフードの人物は耐えきっている。間違いなく将軍かそれ以上の強さだ。
「何者だ」
試しに声をかけてみる。
「自己紹介ならまず自分からじゃないのか?」
女性の声だが、くぐもっていて個性が分からない。
「…サイエンティスト」
「私は…ヴェンデッタと名乗っておこう」
お互い偽名で化かし合いだ。
「そうか。ではサイエンティスト、少し整理してみよう。我々”トランティーロ”は現在君に不意打ちを食らって総崩れに近い。君もかなり王城から離れたところまで来てしまった。で、だ。今日のところはお開きということにしないか?」
「そんな事するわけないだろう。お前は今回の魔物軍についての超重要参考人で、なおかつ国王陛下に刃を向けた反逆者でもある。最善手はここで生け捕りにすることだし、たとえ今殺害してもリターンが大きすぎる」
「我々は人類のためを思っているんだ。何ならサイエンティスト、君自身を仲間として迎えたっていい」
「十数万の人々を殺しておいてよく言う」
「私は君の強さが気に入ったんだ。君を招待したいというのは本心だ」
正直ついて行って潜伏し、情報を集めるという手も大アリだ。しかし攻めてきた魔物たちを見る限りどうやら洗脳系の魔法を持っていそうだし、何より「サイエンティストという巨大戦力が狙っている」という睨みを利かせられなくなる。ここはパスだ。
「断る」
「交渉決裂だな。シグルド!」
「はっ」
いつの間にか後ろからこれまたフードを深く被った魔術師が追いついてきていた。不気味なくらい魔力探知にかからなかったぞ、どうなっているんだ。
「退く。時間を稼げ」
シグルドと呼ばれた女性の魔術師は僕に狙いを定めて襲いかかってきた。
「ラウム、全員送り返すのにどのくらいかかる?」
「…1分」
ヴェンデッタは懐に隠していたラウムを肩に留まらせ、自身の魔力を送り込んで転送魔法を起動させる。シグルドに時間を稼がせて逃げる気だ。
シグルドは僕と目が合った瞬間ものすごいスピードで懐に入り込んできた。僕はすぐにラディウス・パックを呼び戻してスラスターを吹かし、もう一度間合いを取った。よく見るとシグルドの両手にはいつの間にかクナイのような形の短剣が握られていた。
「君、名前は?」
「”オミノス・レピーダ”第2席、赤魔導士シグルド」
おそらく幹部クラスってことだろう。第2席ってことはまだ何人かいるということか?
不規則な軌道でシグルドに接近し、死角から刃をふるう。しかし相手は自前の反射神経だけで防いでいるらしい。さすがに完全に反撃を入れられることは無いが最低でもマッハ3は出ている僕の接近速度に反応している。もはや人間をやめているレベルだ。
その後も何合か切りあうが、すべてことごとく短剣の腹の部分で防がれてしまう。
『
鉄の短剣を生成し、走りながら全方位からシグルドに投げつける。
『”トリシューラ”』
そう唱えたシグルドは短剣を収めて手のひらから槍を召還した。3つに分かれた穂が3重螺旋型に絡み合う美しい槍だ。シグルドが魔力をまとわせた槍をふるうとその軌跡に紫色の魔力が残り、僕の投げた短剣はそれに触れた瞬間塵となって消滅してしまった。紫色の魔力は扇状に拡大し、数百メートル四方の範囲の地面を消し飛ばしながら霧散していった。
「嘘だろ…」
あまりの破壊力に、僕はそうつぶやいた。こんなの食らったら魔力鉱の装甲でもひとたまりもない。とりあえず避けるしかない。
その後も僕は何度か攻撃を仕掛けたが、すぐにシグルドの魔力を避けるのに精いっぱいになってしまった。どうやら魔力の拡散する方向もある程度コントロールできるらしく、避けても追いかけてくるのだ。結局有効打を与えることができずに1分が過ぎてしまった。
「シグルド、時間だ!」
ヴェンデッタの声が聞こえ、シグルドがヴェンデッタのほうにむかって走っていった。ヴェンデッタはシグルドがラウムの転送魔法の範囲内に入ったのと同時に魔法を起動してその場から立ち去ってしまった。
後には僕と、シグルドの魔法によって破壊されたボコボコの荒野だけが残った。
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