Ep15 CONFERENCE

 あっという間に学園祭期間は過ぎ去り、そのかすかな余韻とともに日常の学園生活が戻ってきた。

 朝7時に起きて身支度をし、寮のカフェテリアで朝食を食べ、荷物を整え、教室まで歩いていく。一日の時間割をこなし、寮に戻る。専用の転送魔法の魔法陣を起動してレイヴンの本部に赴き、定期的な報告と訓練をこなすこともある。

 だが、その日の方向は少し違った。

「イズ、遠出は好きか?」

 僕の報告を聞いたあと、レーレライが口を開く。

「まあ、それなりには」

「なら良し、隣のダゴン王国に旅行だ」

「どういうことでしょうか?」

「最近ダゴンと国境を巡ってちょっとした戦闘があっただろう?その停戦協定を取り仕切る我が国側の大使に、皇帝陛下はアズラエル皇太子殿下を任命するご意向らしい」

「その護衛として、私をつけるんですね」

「ああ、そうだ。お前の下に一個小隊分の兵力をつける。好きに配置してくれ。でも、和平協定だ。会場のオウル要塞までの道のりの護衛はあるが、要塞に何かしらの戦力を持ち込んだことがバレたらそれこそ全面戦争の引き金になりかねん。絶対に存在を悟られるな」

 そう言ってレーレライに作戦計画書と小隊の名簿を渡された。

「了解しました。まだ僕の名前は明かさないでいただけますか」

「わかった」


 * * *


 さて、どうしたもんだかな。生まれてこの方、人の上に立ったことなんてクラブ活動で後輩ができたときくらいしかない。無事に小隊を回せるかどうか心配になってきたぞ。

 ただ、様々な国を見て回るのには大きな価値がある。色んな国の知見が増えれば最終的には破壊の眷属を追いやすくなる。これは行くしかない。

 とりあえず名簿には一通り目を通した。皆若いが実力は十分だ。護衛の兵士の中に何人か置いて、あとは通行人として配置するかな。僕は空から見ていよう。最早あらゆる角度からストーカーしてるみたいでちょっと面白くなってきた。


 * * *


「マルクス・サヴォイア一等魔術兵以下30名、整列しました」

「安め」

 僕の目の前に整然と並んだ隊員30名、一斉に体勢を変えた。

「今次作戦で指揮官を任官したアスラーン・サイエンティスト一等魔術士官だ。よろしく」

 偽名を名乗る許可は取り付けてある。流石に顔を見られれば僕の年齢が学生くらいだとバレてしまう。一応ナメられないように顔の上半分を覆う仮面を作っておいた。

「各員詳細は知らされてると思うが、作戦内容はダゴン王国のオウル要塞に停戦協定の大使として赴くアズラエル・フォン・アスターテ皇太子殿下の護衛だ。要塞までの道のりには一応親衛隊の護衛もある。我々が主にあたるべきは武器を持ち込めない会場内護衛となる。道中での護衛は最少人数とし、残りは各個要塞に向かい現地集合だ」

 隊員たちの顔色を疑う。初対面の素顔すら明かさぬ上官に皆まだ動揺し、心の底で従うべきか考えあぐねているようだ。

「…よし、取り敢えず今日は固っ苦しい話はここまでにしよう。貴官らの実力を確かめさせてもらう」

 こんなこともあろうかと、レイヴン本部の演習場を集合場所にしたのだ。

「とりあえず、私を殺しにかかれ」

「…?それはどのような…」

 サヴォイア一等兵が反応する。

「貴官らの実力を見せてもらうと言った。どのような手を使ってもいい、どこからでもかかって来るんだ。今私が経っている場所から一歩でも私を退かせられたら貴官らの勝ちにしよう」

 少し戸惑ってはいたが、皆少しずつ動き出した。

「お覚悟ッ…!」

 最初に二振りのダガーを手にして飛びかかってきたのはラティアス・エルメンライヒ二等前衛兵。大剣や戦斧の扱いに長け、一撃の威力に秀でていることが多い前衛兵の中では珍しく、スピードを重視した戦闘スタイルだ(と名簿に書いてあった)。しかし___

「大きく振りかぶりすぎだ。それじゃ相手にダガーの軌道を読んでくれと言っているようなものだな」

 ダガーの通り道に角度を付けた防御魔法を置き、右側に攻撃を受け流す。その後すぐラティアスの影から弓を構えて出てきたのはエルゼ・ツェーリンゲン三等弓兵。新米だが腕もいい。矢に付与されている水魔法の密度も十分だ。だけど、完璧じゃない。

「いくら死角になるとはいえ、相手との距離が近すぎる。もっと場所取りを考えろ」

 創造神ブラフマーで金属の結晶を伸ばし、彼女の目の前の地面に着弾させる。

「ダリア・フォン・リュトビッツ三等魔術兵、攻撃の瞬間術式が揺らいで一瞬姿が見える。最後まで気を抜くな」

 彼女はラミィさんと似ている固有術式、擬態カメレオンを使うことができる。そもそも固有術式を使える人間は割と珍しいが、蜃気楼ミラージュ・オーラのような強力な術式の効果はなぜか似やすいという話がある。

 僕は後ろから振り下ろされた長剣の刃を指で抑え、そのまま横に捻った。やがて隊員たちは体力の限界を迎え、僕に攻撃を放つ者が消えた。

「擦り潰せ、『ゴレム』!!」

 最後に残ったサヴォイア一等兵は、そう唱えて大きな岩人形ゴレムを2体作り出し、僕を左右からその山のような拳で潰しにかかった。その場にあるもので傀儡を作り出す彼の固有術式人形使いマリオネットだ。

「固有術式は強力だが、本体の守りがガラ空きだ」

 僕は、ある薬品で微細な針を作り出した。量を間違えれば少なくとも麻薬中毒、ワンチャン死ぬ。 化学式はC12H18O、一般名はプロポフォール。微量を投与すれば10秒程度で意識を失う。医療用全身麻酔の導入に使われる、麻酔薬だ。

麻酔針パラライザー

 針を飛ばしてサヴォイア一等兵の首に軽く刺す。数秒で効果が現れ、すぐに気絶してしまった。

「大丈夫、10分もすれば起きるよ」

 皆、初対面にしてはなかなかいい連携プレーだった。さすがはレイヴンにスカウトされただけのことはあるってことだな。だがしかし、まだそれぞれに伸びしろがあるのがもったいない。もうちょっと強くしてみたい。自分の鍛錬と隊員の訓練を兼ねて、ちょっとしたゲームをしよう。

「皆、今日はありがとう。良くも悪くも想像通りだった。まあ、もうちょっと期待してもいいかなとは思ったけどね。じゃ、作戦の説明をしよう」

 割と雑に発破をかけつつ、作戦の説明に入る。

「知ってのとおり、和睦会議で武器の持ち込みはご法度だ。でも我々はどうしても武器を持ち込まないといけない。ということで、二人ずつにわかれて現地集合にしようと思う。護衛の中に3人だけ隊員を混ぜるが、それ以外は通常の旅行者として会場周辺までたどり着き、会議開始前夜に要塞に忍び込んで持ち場に就く、という方針で行こう

 それとレイヴン本部又は実習場で私を見かけたら、まず挨拶する前に殺しにかかること。私に攻撃を通したものには褒美を取らせる」

 最後の一文で動揺したものもいたが、構わない。実践経験が少ない者も多い。まずはゲームを通して暗殺者の気持ちを理解するところから始めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る