Ep9 SECRET

 ああ、疲れた・・・


 スーツを城に再転送してもとの制服に戻った僕は、森の中を彷徨っていた。たまたまアズの視界の外に吹っ飛ばされてスーツを起動する余裕ができたとはいえ、それがあったとしても肋骨を数本折っている状態で戦闘するのはきつかった。なんとかヴェンタスライガーを倒せたからいいものの、レーレライにどう言い訳をすればいいか、考えないとな。


 あのまま僕が吹っ飛ばされていたらその根本に衝突していたであろう木により掛かり、ラミィさんが呼んだはずの助けを待つことにした。今頃はアズを見つけているはずだ。


 楽な姿勢でいると、つい先程まで緊張状態にあった意識が緩み、疲労から自然と眠気が襲ってきた。拒む理由もないし、流れに身を任せて眠ることにする。




 * * *




 目を覚ますと、僕はベッドの上だった。良かった、助かったらしい。周りで看護師らしき人たちがせわしなく動いている。


 そばにある水を飲もうと肩を起こして腕を伸ばしたとき、左脇腹に激痛が走った。


「うぐっ・・・!」


 思わずうめき声が漏れる。


「良かった、目が冷めたんですね?肋骨が折れているようなので、そのまま安静にしていてください」


 ベッドのそばにいた若い女性の看護師が話しかけてきた。この世界では医療技術があまり発達していないため、簡単な手術や投薬治療しかできない。基本的には、ある程度骨がくっつくまで安静にしその後リハビリに移るスタイルだ。ベッドでいつまでも寝てるよりもずっと理にかなっている。


「そういえば、アズラエル殿下は無事でしたか?恥ずかしながら気絶してしまっていたもので…」


「ええ、魔力切れと擦り傷だけで大した怪我はないと聞いていますよ。ライガーを一人で相手にしてそれだけって、さすが殿下です!」


「あはは、そうですか…」


 明らかに看護師の言葉が後半になってから早口になった。こんなところにもファンができているなんて、王族恐るべし。




 * * *




 数日後、レーレライから呼び出しがあった。


「任務ご苦労」


「は。」


「さてと、その鎧とやらを見せてもらおうか。この間も使ったようだけど、場合によってはこれからの使用は許可できないよ」


 全てバレている。おそらく、アズラエルが自分を助けた誰かがいた、と証言したんだろう。学園に侵入者があった形跡は見当たらないし、謎の戦士がこちらの味方のような動きを見せていたとなればそれは十中八九僕だ。


「…これです」


 僕は手首のビーコンに魔力を通し、スーツを転送させた。レーレライが目を見開いている。


「転送魔法か?なんでこんな精密に?体の動きに合わせた形で送られてくるのか?遮蔽物があっても転送できるのか?そもそもどこから送られて・・・」


 あまりの質問攻めに内心たじろぎつつ、答えられるものから答えていく。


「一定量の魔力を通すと特殊な波を発する魔力鉱をビーコン代わりにして、転送魔法を起動しています。この波は遮蔽物をすり抜けるので地下からでも対応できます」


 いきなり、レーレライが神妙な顔つきになった。


「これは、世界を変えるぞ・・・」


 それもそうだ。この世界での転送魔法の精度は、狙った場所の半径500メートル以内の何処かにたどり着ければ良い程度のものなのだ。それを人の動きに合わせられるほど精密に転送できるようになったとなれば、それこそ世界を変える。


 敵の拠点の死角となる場所に隠密部隊を転送し、外に陣を構えた本隊と連携して一気に奇襲をかければ、それこそ一晩で城一つですら陥落させられる。


 じゃあ何で作ったかと言うと…こういうスーツが転送されてくるのって、ロマンじゃん?しょうがないじゃん?男子だもん、しょうがないじゃん?こう見えて、アベンジャーズの中ではアイアンマン推しだからなあ。


「…量産も可能ですよ。あまり入手ルートは話したくありませんが」


「そうか。…自分の魔法について話したがる奴なんていないからな」


…一体どこまでこの人はわかってるんだ?


「では、引き続き任務にあたれ」


「は」


 正直ほっとした。自作とはいえ使用許可が下りる前の装備を使ったのだから、運が良ければ皇太子を守った功績で勲章、悪けりゃ軍法会議モノだ。まあ、これで休憩が取れるよね…




 とりあえず一休みしようと、僕は量の自室に帰った。もう辺りは夕暮れ時で薄暗いが、明かりは付けず、制服のローブを脱いで部屋の隅のハンガーにかける。


 …?ローブの裾が、膨らんでいる。僕は魔法で視覚、聴覚、触覚を強化し、膨らんでいる部分を探ってみる。




 …赤外線観測による周辺気温:36.6℃、心音を感知、呼吸による気流のわずかな乱れ。




「そこにいるのは誰だ?」


 間違いない、何らかの認識阻害魔法を使っている人間だ。僕は収納魔法を用意し、いつでもSTVSを取り出せるようにする。


「誰だ?」


 ガラにもなく、ドスを聞かせた声を出してみる。




「・・・す、すみません・・・」


 か弱い感じの女性、というか少女の声だ。まさか…


「ラミィさん?」




「すみません!すみません!」


 ただただ土下座ばかりで反省するというか精神崩壊寸前だったので、とりあえずベッドに座らせてラミィさんを落ち着かせ、紅茶を淹れる。


「…なんで忍び込んだんですか?」


 とりあえず、犯行理由を知ることからだ。温かい紅茶が入ったティーカップをラミィさんに渡す。


「ずっと…ずっと、気になってたんです… なんで正体を偽ってヴェンタス・ライガーを倒したんですか?皇太子殿下を救うなんて、これまで以上の名声が手に入るのに」


 んえ?な、え、ちょ、んえええええええええええええええええ?!


「私、見ちゃったんですよ。イスラフェル君が白い鎧着てライガー倒すとこ」


「え…」


「すいません、ただのお節介というかなんというか…やりすぎてウザいですよね」


 どうやら、姿を隠して逃げている途中に僕がスーツを着る所を見ていたらしい。しかし、不自然である。僕が吹っ飛ばされたのは、あの地点からの最寄りの救護所への方向とは真逆のはずだ。しかし、どういうことか聞いてみても「そっ…それだけは、今は話せません!」の一点張りで埒が明かなかったので、話題を変えることにした。


「こんな時間になってもまだ構内にいるってことは、寮に入っているんですか?」


「はい。王都にも家が持っている屋敷はありますが、私は実家が嫌いなので…」


 それから彼女は、自身の身の上を少しずつ話してくれた。




 * * *

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