厭な奴テスト

ヨシモトミネ

いやなやつテスト 1

 眠れない夜、あなたは自分の部屋で、ぼんやりと動画を見ている。

 

 時刻は零時を少し回るくらい。明日も予定があるのにさっぱり眠気が訪れてくれない。電気を消した寝床の中、あなたはスマホの光を無心で眺めていた。


 見ているのは馴染みの動画サイトだ。毒にも薬にもならないような動画が、次々と「オススメ」されては消費されていく。別に積極的に見たい訳では無い。それでも指は勝手に動いて、無為な時間は続いていく。


 しばらくすると、「オススメ」は次第に不穏なものに移り変わっていく。いわゆるホラージャンルだ。普段のあなたの視聴履歴ゆえだろう。

 

 深夜に見るものではない。――いや、ある意味深夜にこそ見るべきものか。いずれにせよ、暗く静かな雰囲気は、今のあなたの気分にマッチした


 怪談朗読の動画が終わり、画面が移り変わる。暗い――廃墟らしき建物が映し出された。


 建物を背に、若い男女二人が映っている。二人はカメラに向かって彼らがいる場所――廃墟のいわくを語っている。合間に、彼らを撮影するカメラマンらしき声も入り込んでいる。

 会話の内容からして、彼らは友人関係のようだ。この三人で、これから廃墟を探索するらしい。


 廃墟は元病院なのだという。院長が発狂して失踪しただの、看護師や患者の幽霊が出るだのいう怪談話を、男女は語っていた。どこかで聞いたような話ばかりであなたは辟易し、その注意は男女の顔へと移る。


 あなたの知らない投稿者だった。

 

 二人とも、一般的に、整っていると称される顔だろう。俳優や女優とまではいかないが、量産型アイドルグループの中に一人くらいは居そうな。クラスにいれば、一軍と呼ばれるような。

 

 ――ふとあなたは、彼らの顔が誰かに似ているように思う。学生の頃にあなたを馬鹿にしたクラスメイトだったろうか、それとも職場で無理難題を吹っかけてきた先輩社員だったろうか。

 

 彼らの顔は、あなたにはどうにも意地の悪いものに見えるのだ。はっきりと思い出せないが、どうも愉快ではない思い出に結びつきそうな。

 あなたの鳩尾の辺りにもやもやと、厭な澱のようなものが溜まる気がした。

 

 そんなあなたを尻目に、動画は淡々と進行する。暗い廃虚の中を、頼りない懐中電灯の明かりだけを頼りに男女は歩く。ふざけ合い、黄色い声を上げながら。その声も妙に、癪に障る。


 道中のくだらない雑談から察するに、彼らは有名私大に通う大学生らしい。

 

 親は裕福で、権力があり、アルバイトをする必要すらない。彼らは生まれてこの方ずっと、当たり前のようにスクールカーストの最上位に君臨しているという。

 しょっちゅう海外へ旅行に行き、高級ブランドを身にまとい、外車を新車で乗り回す。そんな若者たちらしかった。


 もう一つ気がついたことがある。彼らは、カメラマン――画面外にいて姿は映らないが、おそらく男性だ――を、執拗に「イジる」のだ。

 どうやらカメラマンは、こんな廃墟での肝試しに反対だったようだ。男女に比べてまともな感性をしていると言っていいだろう。

 

 暗闇に怯えるカメラマンを、男女は「意気地なし」だと何度も詰った。時に呆れ、時に嘲るように。言葉の全てに、彼を見下す気持ちが滲み出ていた。

 ――特に男など、時折カメラマンを小突いたり、膝下を蹴ったりと、やりたい放題だ。


 この頃には、あなたは男女に完全に反感を抱いている。それでも動画の視聴を止めないのは、この後に起こることへ無意識に期待しているからだろうか。

 

 ――彼らの足が止まる。

 

 どうやら、最も幽霊の目撃証言が多いという、霊安室の前に辿りついたらしい。扉の前で興奮してはしゃぐ様子が、あなたには不快だった。

 

 散々騒いでからようやく、男女は霊安室へ続く扉をゆっくりと開け――しかし、部屋の中には入らない。ふたりは硬直して、その場に立ちすくんでいた。

  

 二人の後ろ姿を映すカメラマンが、恐る恐る声を掛ける。男女は動かない。カメラは男女の肩越しに、レンズをズームにして室内を撮影した。


 室内には、人が、いた。


 ――あなたは息を呑む。


 霊安室は、壁に四角い窓がついており、ストレッチャーに乗せた遺体を引き出しにしまうように収容するタイプのものだ。部屋の両サイドの壁に四つずつ、合計八個、遺体安置スペースの窓が設置されている。

 

 その窓が、すべて開いていた。


 一、二、三、四、五、六、七、八つの小さな小部屋から、真っ白な人間が首だけを出し、こちらを見ていた。

 

 塗ったような白い肌に、目の周りだけがどす黒く、禿頭の下で落ち窪んだ瞳が爛々と黒光りする。土気色の口元は不自然に吊り上がり、無理矢理笑みを作らされているようだ。

 

 その表情に意味はないのかもしれない。――それでもあなたには、そいつらが、獲物を見つけて喜んでいるように見えた。


 男女も、カメラマンの男も、声も出せずに。その「何か」と見つめ合うだけの時間が流れた。


 先に均衡を破ったのは、「何か」のほうだった。


 ずるうり。


 そんな風に聞こえる、音を出しながら、「何か」のうち一体が、四角い小部屋から這い出したのだ。


 べしゃり。それは床に、産み落とされたように着地する。


 それには手がなかった。足も。

 それらがあるべき場所は、元から何も無かったかのようにつるりと――わずかになだらかに隆起していた。


 巨大な白い芋虫が如きそれは、床に倒れ込むと、その姿からは想像もできないような俊敏さで男女に向かって襲いかかる。


 ――ここでようやく、男女は悲鳴上げるという行為を思い出したようだ。


 カメラがブレる。走って逃げ出したのだろう。画面は揺れてめちゃくちゃだ。化け物は映らない。


 ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ

 

 喉を潰された悲鳴のような気持ちの悪い音が、スピーカーを通じ、あなたの部屋に響いていた。

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