人類全員異能を持ってる世界で、無能の僕が世界最強異能を手に入れた結果、人権のために人を殺すやべー集団とやり合うハメになった件

阿野二万休

プロローグ

現代異能社会について

 二十一世紀。

 突如全人類に備わった超常の異能により引き起こされた第三次世界大戦――異能大戦により、地球総人口が四分の一になってからしばらくして。世界は再び、平和と繁栄を享受していた。


『おぉ~~~っとココで出たァッ! 天下布武てんかふぶ、不動の先発、不退転ふたいてん不動ふどうの十八番ッッ! 氷雨長船ひさめおさふね六刀流奥義、絶冬陣ぜっとうじんッ! 闘技場を絶対零度の霧が覆っていくッッ!』


 八月の渋谷、夕刻、駅前スクランブル交差点。


 街頭ビジョンは3D映像を交差点上空に投げかけ、プロ異能バトルリーグ、iリーグのエキシビジョンマッチを放映中。


 名実ともにトップ異能バトルチームであるO-Motors天下布武のファンたち(通称天カス)は、近くにあるビル三階のiリーグカフェの窓からそれを眺め一喜一憂している。天下布武が優勝しようものなら、窓を突き破って飛び降りる熱狂的ファンも珍しくはないが、オフシーズンのエキシビジョンマッチにそこまで興奮するファンもおらず、概ねは穏やかに観戦を続けていた。


『しかし……? 見当たらない、見えないぞ、対する桜田門公安十三課、空白ブランクの姿はその名の通りどこにも…………あぁぁ~~~ッッ! なんということだッ! いつの間にか不動の影の中に潜んでいた空白ブランクが、その背中に虚無の刃を突き立てるッッッ!』


 だがそれも、向かいのビルにあるバーに陣取っている、対戦相手の桜田門公安十三課ファンたち(通称中二病)が、自チーム選手が優勢になったのを見て掲げた横断幕「天カス天誅天罰覿面」を読むまでのことだろう。


 熱狂する一方の実況と試合、そして両チームファンの興奮を尻目に、スクランブル交差点の人々はいつも通りに日常を過ごしていた。行き交う人々を背景に写真をとる観光客、無感動に通り過ぎていくビジネスパーソン、学生、既に深夜の空気を纏っているあやしげな男女。


 刺激溢れる若者の街から徐々に、最先端のオフィス街へとその姿を変えつつある渋谷だが、だからといってこの街が持つ魔法めいた魅力が消えたわけではない。むしろ、異能主義ヒロイズム社会となってからはさらにその魔力を増し、あらゆる人々を呼び寄せている。


 無機物に命を与える異能をウケ狙いでハチ公像に使った配信者は、即座に交番から飛び出てきた警官たちに取り押さえられる。渋谷駅前交番は警察に多い対抗系異能メタを持った者の中でも、特別の猛者が配属される場所だとは知らなかったのだろう。あるいは捕まるまでを映像で残せば話題になる、という炎上狙いか。とはいえ、ハチ公の銅像は異能の名残でむずむず動き、久方ぶりに、ばうっ、と鳴き声を渋谷に響かせ、待ち合わせの人々の頬を少し緩ませた。


 その横、車道の端を僅かに宙に浮いているサイクリストが通り過ぎていく。おそらくは運転系異能ドライバーだろう。そんな自転車にいらだたしげにクラクションを鳴らす自動車は、マフラーから水だけを滴らせ、音もなく自転車を追い越す。頭脳系異能ブレインが世界で最も多く務め、プロ異能バトルリーグの最大スポンサーでもある自動車会社O-Motors、今年のニューモデルは一リットルの水道水を燃料に三百キロ走行可能というから驚きだ。


空白ブランク選手、うまいですね。これぞ六種異能シックス正典派カノン、という闘いぶりです。彼の〈Maxwell'sマクスウェルの Silver銀の Hammerハンマー〉の真骨頂は相手の認識操作にあるんですが、今回の試合は当然、不動選手もそこを警戒していました。今の絶冬陣ぜっとうじんにしても、効果範囲に近づけまいという作戦です。ですが試合前半から……』


 信号が青に変わり、人混みが波じみて横断をはじめる。


 中には飛行系異能フライトでそのまま、109ビル屋上まで飛んでいく若者も何人かいたが、誰も気にしてはいなかった。今時街中で突如無免許異能むめんきょいのうの罪を犯すようなバカはいない。警視庁が誇る、感知系異能サーチの粋をこらした日本全土を覆うシステム、通称巨眼ウォッチャーにより、空を飛ぶ若者たちの異能免許が宙を浮いた瞬間、しっかり確認されている。


 異能主義ヒロイズム社会。

 すべての人々に備わった、異能に基づいて構成される夢の世界。

 それはある意味ですべての人々が自らの一部を常に、社会に捧げ続けなければならないディストピアでもあったが……。


 頭脳系異能ブレインにより開発された品々は、SF物語もかくやというほどの享楽を人々に与え、資源系異能リソースにより極々安価に普及する。戦闘系異能バトル精神系異能マインドを犯罪に使う者は後を絶たないが、対抗系異能メタを持った警察や自衛隊の不断の努力により、治安は大戦前よりも高いレベルで保たれている。何より異能免許制度により人々は自分の異能の使い道を、十分に知っている。


 異能による平和と繁栄、享楽の時代。


 一体、誰がそれに異を唱えるというのだろう?


 ……いや、案外、多いのかもしれない。


 社会の姿がどんなものであれ、それに不満を持つ者は、いつだって、どこにだって存在する。


 東京は渋谷、スクランブル交差点を離れセンター街に目を向けてみれば、そんな一人が、周囲の平穏をぶち壊しにしながら走っている姿が見える。

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