N博士のVTOL
ロックホッパー
N博士のVTOL
-修.
「N博士、今日はお招きいただきありがとうございます。とうとう有人飛行にこぎつけたのですね。長い道のりでしたね。」
投資家のエージェントはN博士からのテスト飛行への誘いに礼を言った。N博士は重力制御の権威であり、そして千年に一度の天才と言われている。しかし、今まで数々の失敗を繰り返したため投資家たちも見放そうとしていたが、最近になって実験がある程度成功し、実用化の道が見えてきたのだ。
「君には今まで色々と苦労を掛けてきたからな。そのお礼の意味も込めてテスト飛行にお誘いしたというわけじゃ。」
初老のN博士の言葉はエージェントには感慨深いものだった。
「まあ、前回の実験では投資家たちに頼み込んで、相当のお金を積んでもらって事態を収拾してもらいましたからね。多少は感謝されてもバチは当たらないでしょうね。」
「まあ、話はさておき、早速実験に取り掛かろう。」
N博士は話も早々にエージェントを裏庭に導いた。
裏庭は真っ赤なスポーツカーが置いてあった。
「N博士、もしやこれが実験装置なのですか。垂直離着陸機って言われましたけど・・・。」
「左様。これが、いわゆるVTOL、垂直離着陸機じゃ。」
「どうみてもスポーツカーですけど。」
「うむ。中古車ディーラーに行ったら、このフォルムに一目ぼれしてのう。10年以上前の車だが、V6ターボエンジンに後輪駆動で、空気抵抗も極めて少ない。後ろのスポイラーの翼も恰好よかろう。少し古いが運転席にも助手席にもエアバックも付いている。お店の人からもお買い得と勧められたので、これに決めたのじゃ。」
エージェントは、VTOLは空を飛ぶのに後輪駆動が関係あるのか疑問だったが、あまり突っ込むとN博士の機嫌を損ねるかと思い、話をそらした。
「N博士にドライブの趣味があったとは初耳ですね。」
「いや、ドライブはするが、近くのコンビニに行く程度じゃよ。では早速乗ってくれたまえ。」
よく見ると屋根には金属でカバーされた装置が乗っており、センターコンソールのところにはどう見ても後付けのディスプレイとスイッチやダイヤルが追加されていた。また、後部座席のところにも何かの装置が追加されているようだ。何より、エージェントの目を引いたのはセンターコンソールに設けられた2つの電池ボックスだった。2つの電池ボックスにはそれぞれ単3電池が2本ずつ入っている。
「博士、この電池ボックスは何ですか。」
「君はなかなか鋭いな。いいところに目を付けた。これはこの重力制御装置のエネルギー源だ。このVTOLは単3電池4本で浮上するのだ。」
「えっ、そんなのでよく浮きますね。ロケットなんかだと大量に燃料を積んでるじゃないですか。ロケットより小さいとはいえ、ものすごいエネルギーが必要だと思うんですけど。」
「うむ。昨今、蛍光灯がLEDに代わって省エネになっていっているだろう。それと同じで、方式が変わると必要なエネルギーは劇的に少なくなるのじゃ。知っているとは思うが、ロケットは地球に向かってものを投げつける反動で浮上するため、投げつけるものをたくさん持っていかないといけない。星飛雄馬が1秒に1万個のボールを下に向かって同時に投げることができれば、その1秒間は空中浮遊できるかもしれん。しかし、もう1秒間空中浮遊するためにはもう1万個余分にボールを持って、そのボールも一緒に持ち上げないといけない。こうやって雪だるま式に必要なエネルギーが増えていくのじゃ。」
エージェントは星飛雄馬が誰なのかわからなかったが、とりあえず聞き流すことにした。
「ところが、このVTOLは重力線をVTOLのまわりだけ捻じ曲げることで、重力の影響をキャンセルするようになっている。このため、とても少ないエネルギーで浮遊することができるのじゃ。」
重力線をねじまげるって何?と、エージェントは聞きたかったがN博士が饒舌になっていたので思いとどまった。とりあえず、ちゃんと飛べば投資家には説明できる。
「まあ、説明はこのくらいして、早速浮上しよう。4点式のシートベルトを付けて、念のためヘルメットも被ってくれ。」
エージェントはN博士の度重なる失敗が頭をよぎったが、ここで大丈夫か聞くのもどうかと思い、もしかしたら死ぬかと思いつつヘルメットを被った。
「ではいくぞ、発進。今日は1000mまで上昇したのち、下降する。」
N博士はセンターコンソールのダイヤルをゆっくりと回し始めた。
「ディスプレイの左上の数値が対地速度、右上が高度、その下がエネルギー供給量じゃ。その横は機体のバランス状態じゃな。一応、空を飛ぶので付けておいた。」
「N博士、エンジンが掛かっていないようですけど・・・。」
「空を飛ぶのにエンジンは必要なかろう。」
エージェントは4点式シートベルトに保持されたまま小さくずっこけた。
エージェントの心配をよそに、VTOLは音もなく徐々に浮上していった。車内は無重力になるようでエージェントは体が浮くのを感じた。対地速度も高度もだんだん上がっていく。
「N博士、安定していますね。すごい。しかもほとんど音がしない。」
「まあな。音がする部分がないからな。」
エージェントには風切り音だけが聞こえていた。
エージェントがふとディスプレイに目をやると、車体が斜めになっていることが表示されていた。
「N博士、車体が傾いていませんか。」
「あー、車内は無重力なので傾いてもひっくり返っても問題ないじゃろ。なので、それを戻す装置も付けておらん。それと、言い忘れたが水平方向の移動装置も付けておらんので、このVTOLは上下にしか動けん。」
「そんなので大丈夫なんですか。風任せってことですよね。」
「君は熱気球大会を見たことがないかな。風を読めば、推進力はなくてもどちらにでも自在に動けるのじゃよ。」
エージェントは、N博士が風を読めるとは到底思えなかったが突っ込むのは思いとどまった。
その数分後に高度が1000mに達した。
「目的の高度に達したようじゃな。そろそろ下降に移ろうか。」
「N博士、大成功ですね。あっけないくらいです。おめでとうございます。」
そのとき、エージェントはディスプレイに赤いアラートが点滅しているのに気がついた。
「N博士、何かアラートが点滅していますけど・・・。」
「むむむ、電池切れか。少し前から電池を入れっぱなしだったので早くなくなったのかもしれないな。コンビニブランドの電池じゃなく、少し高くてもメーカーブランドの電池にしておけばよかったかもしれないな。君、グローブボックスに予備の電池が入っているから交換してくれないか。」
「わかりました。交換します。」
エージェントがグローブボックスを開けると、そこにはコンビニのロゴが入った単3電池が宙に浮かんでいた。電池ボックスにも同じロゴの電池が入っている。エージェントは電池ボックスから電池を全部外し、手に持った。
丁度その時、突風が吹いて車体が大きく揺れた。
「あっ・・・。」
エージェントは思わず手を開いてしまい、電池はグローブボックスへと飛んで行った。
「まずい。N博士、すみません。古い電池と新しい電池が混ざってしまいました。」
「えっ、なんだって。」
「何か電圧を計る機械はないですか。」
「そんなものは積んでない。何でもいいから早く電池をセットしてくれ。あと何秒かでエネルギー切れになって墜落するぞ。」
「わかりました。」
エージェントは新しいのか古いのかわからなかったが、電池4本を急いで電池ボックスにセットした。
「うーん、どうやらそれぞれ1本は古い奴が刺さっているようだな。」
N博士はディスプレイの表示を見ながらつぶやいた。
「また、電池を入れ替えてみましょうか。」
「いや、すでにギリギリのエネルギー状態なので、今度電池を外すと数秒で地上に墜落するだろう。」
「すみません。俺のせいで・・・。」
エージェントは、徐々に増えていく対地速度と、逆にどんどん少なくなる高度を見ながらつぶやいた。
「仕方ない。エンジンを掛けて、車から電気を供給するか。」
「え、そんなことができるなら、最初から車からの電気で飛べばよかったんでは・・・。」
「いや、それではこの発明の真価が判らないだろう・・・。」
いやいや命の方が大事だろう、とエージェントは言いかけたが、またまた思いとどまった。N博士は自分の発明に絶対の自信を持っているので、それが失敗したときの手を打っておくなんて考えられなかったのだろう。
N博士はキーをひねってエンジンを掛けようとした。
キュルキュル、キュルキュル・・・、車の前方から嫌な音がした。
「もしかして、エンジンが掛からないのではないですか・・・。」
「うーん、コンビニしか行ってなかったから、車のバッテリーが上がってしまったようじゃ。」
エージェントは言葉を失った。
「うーむ、この感じだと時速120km前後で着地するな。今、前方が地上を向いているので、うまくエアバックが働くだろう。後ろのスポイラーが姿勢制御に効いているのかもしれんな。」
「エアバックに頼るしかないんですね・・・。」
エージェントは衝突安全試験で正面衝突する自動車を思い出しながら、これは死ぬなと再び思い始めていた。
「高度200、190、180・・・。」
N博士は冷静にディスプレイに表示される高度を読んでいた。エアバックに絶対の自信を持っているのか、それとも恐怖に鈍感なのか。エージェントは、N博士は変わり者なのでたぶん後者だろうと思いつつ、前方に迫ってくる地上を眺めて手を合わせて祈っていた。これでN博士も最後かもしれない。重力制御は永遠に失われるだろう。
その時、座席の後ろの装置から大きな音がして、エージェントは前方に体が動き、4点式シートベルトに押し付けられる感覚があった。
「N博士、何がすごい音がしましたけど・・・・。」
ディスプレイには対地速度がかなり落ちて、時速40kmと表示されていた。
「やはりパラシュートを付けておいてよかったのう。知り合いの航空機メーカーに頼んでおいたのだ。」
直後、真っ赤なスポーツカーは車体前方を大きくつぶして地上に着陸した。N博士と俺はエアバックのおかげでけがをすることもなく、無事に地上に降り立つことができた。
N博士は自分の発明に絶対の自信をもっているが、さすがに自分の命を懸ける自信まではなかったようだ。エージェントは、今回の実験結果を投資家に成功と説明するのか、命を落としかけたと正直に言うのか悩みつつ帰路に着いた。
おしまい
N博士のVTOL ロックホッパー @rockhopper
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