【11話】帰り道


 ジュエリーショップを出た二人。

 それからも、リゼリオとのお出かけはまだまだ続いていく。

 

 リゼリオの案内で色々な店を訪れて行く。

 ドレスショップ、ペットショップなど、本当に色々だった。

 

 その先々でリゼリオは、「欲しいものはあるか?」と聞いてきた。

 

 それに対し、アンバーは首を横に振り続けた。

 あれもこれも買ってもらうのは申し訳ない、ということもあるが、理由はそれだけではない。

 

 サファイアのネックレスをプレゼントしてもらったことで、アンバーの心は十分に満ち足りていた。

 リゼリオへの感謝の気持ちで、いっぱいになっている。

 

 だからもう、他には何もいらなかったのだ。

 

 

 真っ赤な夕焼けが広がる空の下。

 街中からレイデン邸へと戻る馬車には、アンバーとリゼリオが乗っていた。

 

「結局買ったのはネックレスのみとなってしまったが……本当に良かったのか?」


 対面に座るリゼリオが、不安そうに聞いていた。

 

 その表情から読み取れるのは、もっと買ってくれても良かったのに、という声になっていない言葉。

 満足してくれたのか、気になっているのだろう。

 

(本当、生真面目な人よね)


 小さく笑みをこぼす。

 彼のそういった部分に、アンバーは好感を覚えていた。

 

「はい。私の心は十分に満たされています。こんなに楽しいお出かけは、生まれて初めてでした! リゼリオ様と来られて、本当に良かったです!」

「君はその……正直にものを言うのだな」


 困り顔になったリゼリオは、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 視線を逸らすのは、本日これで二度目となる。

 

 褒められることには、あまり慣れていないらしい。

 意外な弱点を発見してしまったようだ。

 

(それにしても、今日のお出かけは完璧だったわね)

 

 最初から最後まで、アンバーはまるっと楽しめた。

 文句の付けようなんてどこにもない。完璧だった。

 

 だからこそ、

 

婚約者とは大違いだわ」


 なんていう愚痴が、ポロっと口をついて出てしまった。


(あぁ……やらかしてしまったわ)


 ベイルのことを思い出してしまったアンバーは、激しく気分が落ちる。


 派手に自爆してしまった。

 せっかくいい気分を味わっていたというのに台無しだ。


「そいつはひどい男だったのか?」

「うーんと、そうですね……。ひどいというか、それ以前の問題です。私とは馬が合わなかったんですよ。徹底的に」


 

 元婚約者――ラーペンド王国第一王子のベイルと婚約を結んだのは、八年前。

 アンバーが大聖女の称号を与えられた、十歳のときだ。

 

 しかしその婚約は、お互いが好き同士で結んだという訳ではない。

 国王の命令によって強制的に結ばれたもので、二人の意思など欠片たりともありはしなかった。

 

「大聖女だからって僕を下に見て……! 生意気な女め!」


 ベイルはことあるごとにそんなことを言って、アンバーを非難してきた。

 

 好きなものは、媚びへつらってくる人間。

 嫌いなものは、それをしない人間。

 

 歪んだ自己愛と、強すぎる承認欲求。

 それが、ベイルという人間だった。

 

 馬鹿馬鹿しくて、いっさいご機嫌とりをしなかったアンバーは、当然に嫌われていたのだ。

 

 そんなベイルとも、過去に一度だけデートしたことがある。

 魔王討伐の旅に出る少し前に、向こうから「街に行くぞ」と誘われたのだ。

 

 どういう風の吹きまわしかと思ったのだが、旅に出るアンバーを労え――という、国王からの命令があったらしい。

 つまりは、嫌々だった。

 

 そんな訳ありのデートは、まったくといっていいほど楽しくはなかった。

 

 二人は無言であり、険悪なムードだけが終始流れていた。

 お互いにしたくもないデートを無理矢理していたので、そうなるのは当然だった。

 

 素晴らしいの一言に尽きる今日のお出かけとの差は、一目瞭然。

 まったくの別物だった。

 

「今日は本当に最高の一日でした!」


(リゼリオ様が婚約者だったら良かったのに――って! なに変なこと考えてるのよ、私!)


 今日という一日が、あまりにも素敵すぎた。

 だからつい、変なことを考えてしまったのだ。

 

(いったん落ち着きましょう)

 

 小さく息を吸ってリフレッシュ。

 熱くなっている全身をクールダウンさせる。

 

「リゼリオ様はどうでした?」

「良き一日となった。君という人間を、また一つ知ることができたからな」


 リゼリオの口の端がわずかに上がる。

 

「よければまた、今日みたいに俺と出かけてほしい。どうやら俺の心は、アンバーをもっと知りたがっているみたいだ」

「……はい」


 次回もまた、リゼリオと出かけるのは構わない。

 というよりも、こちらからお願いしたいくらいだ。

 

 それくらいにアンバーは、今回のお出かけを楽しんでいた。

 

 しかし。


(私を知りたいって、どういうことかしら?)


 リゼリオの言葉には、色々な意味が含まれているような気がする。

 巨大な疑問符が、アンバーの頭の中を埋め尽くした。

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