四章 あの場所へ

約束

お昼に会った鈴谷さんは、少し疲れたような表情をしていた。

昨日までとは違って伏せ目がちで、下を向いて、話しかけてくれない。

多分人格が『海』に戻ったんだと私は察した。

『まひろ』さんはお喋りで、最近はずっとお話をしていた。

昨日の約束は、『海』さんは知っているのかな。


「……あの」


「あっ、は、はい!」


色々と考えていたせいで声をかけられた時思わず大きめの声を出してしまった。しかも敬語。

『海』さんとはあんまり話してないから、まだ敬語口調が抜けないよ……。

とても恥ずかしいけど、そういう素振りを見せると更に恥ずかしい。

だからそれ以上何も言わずに鈴谷さんの方を見ていた。


「星、見に行く……って」


「あ……うん、えと、平気かな。昨日の今日だもんね、急だよね。全然断ってくれてもいいからね!?」


「いや、あの……うん、行くよ。今日の話、したくて。待ち合わせとか」


顔だけこちらに向けて話す鈴谷さんは、何かを言いかけてやめた。

私はそれに気付かないふりをして、今日の話を進める。


「この丘とか良いかなって思ってる。登るのはバスで行けるし、帰りは歩いて行こうかなって。時間によっては最終バス間に合うかも」


「へえ、いいじゃん。この丘、見晴らし良いもんな」


「知ってるの?」


「えっ、あー、まあ」


「すごい。じゃあ迷わないで行けるね」


「おいおい……大丈夫かよ」


「それで、待ち合わせは学校前でいいかな。学校近くのバス停からバス出てるし」


「ん。了解」


十九時に学校の校門前集合と決め、その後は各自望遠鏡等、星を見るための道具を持ってくるという話で落ち着いた。

……それと、これも、言っとかなきゃ。

私は心の中で深呼吸をして、立ち上がった鈴谷さんを見上げて言った。


「あの。海さんって呼んでもいいかな」


「え」


「あ、いや、あの……亜樹さんって呼ばれてるのに鈴谷さんって、なんだか……変っていうか……あ、ごめんなさい、その……」


「いいよ、全然。それに敬語とかもいらないし、謝ることないし」


「本当? ありがとう! じゃあ海さんって呼ばせてもらうね!」


「つか俺こそいいのか、下の名前で呼んで」


「うん、私、上の名前あんまり好きじゃないから。だからむしろそっちの方がいいの」


「ふうん。松井のどこが悪いのか分からんが……分かった。じゃあ、また、夜に」


「うん、また夜に」


鈴谷さん、いや、海さんは、そのまま階段を下っていった。

私はそこに留まって、はあと大きな溜息を付いた。

何故、私は彼に星を見に行こうと誘ったんだろう。

普段の私じゃ絶対に考えられないことなのに。

私は人見知りで、コミュ障で、とにかく引っ込み思案で……。

人を誘うことなんて一番苦手なことのはずなのに。

なんで海さんが相手だと自然に接することが出来るんだろう。

知り合ってばかりに誘うなんて、更に苦手なのに。出来るはずがないのに。

何かが、変わっている気がする。


学校から帰って、夜の準備をしている途中も、考えることは尽きなかった。

海さんは不思議だ。

海さんは、そういう人なのかもしれない。

病気を持ちながらも私と違ってしっかり生きていて、弱音を吐かないでちゃんと立っていて。

そんな彼と、私は友達として一緒に居て、つり合うのだろうか。


そう考えると、無性に悲しくなってきた。

私は気付いたら頬に伝っていた涙を拭って、まとめ終わった荷物を玄関に置いた。

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