オレンジと青と白
青井優空
第1話
「ねえ、外見て。すんごい綺麗。こういう空ってなんて言うんだろ。」
「・・・・・・ほんとだ。」
「写真撮ってインスタ上げよ。」
「そんなことしてないで、さっさとプリント終わらせて。」
「えー、だって、もう、疲れたんだもん。やだやだ、ほんと、大人ってやだ。か弱い女の子にこんな大量のプリント押し付けるなんて。」
「今まで由香が課題サボってたのが悪いんだよ。」
呆れる親友の声を聞きながら、白の丸いボタンを押す。カシャ、と無機質な音が教室に響く。
「由香。」と名前だけ呼ばれる。勉強する時だけ丸メガネをかける親友は、あたしにいつも呆れている気がする。
あたしがお馬鹿だから。能天気だから。努力しないから。
考えてみれば理由なんてたくさん思いつく。あたしってどうしようもない人間だから。そんなあたしに親友は呆れるだけ呆れて、離れない。やさしい子だ。
「空の名前じゃないけど、この時間は黄昏時、って言うの。」
「たそがれどき?」
「うん、黄昏時。それより、もう充分見たでしょ?ほら、勉強。」
高校生になったら、楽しくてキラキラに輝いた日々が待ってるんだと思っていた。
友達に囲まれて、彼氏もできて、勉強も運動もそれなりにこなして、とにかく楽しいんだと期待していた。
今、正直に言うと、楽しい。けど、たまに、なにやってんだろ、って思う。
これじゃない感だけが残る時がある。楽しいのに、なんでだろ。
ずっとなにかに追いかけられている気がする。
分からないことがいっぱいあって、それでもやらなきゃいけないことだらけで、けど、こなす方法を知らないから、呆然としてる。
勉強も分からないのにやらなきゃいけないことの一つだ。
「由香。早くしないと、最終下校時刻になっちゃうから。」
「うーん、めんどくさーい。」
向かいの家に住んで、誕生日は同じ。身長も同じ。中学まではずっと同じクラスだった。
「宵。こっちのクラスに来てよ。」
よい。なんて綺麗な名前だろう。その名前がなんて似合う女の子なのだろう。
そう思った時点で、もうあたし達はレベルが違ったのかもしれない。
高校は離れるんだろうな、と思っていた。
けど、違った。いや、それでも離れるのと同じようなもの。
普通クラスと特進クラス。とても大きな壁がある。特進、って響きからかっこいい。そんな感想しか出ない時点で頭のよさの違いは明らか。
宵はそんなお馬鹿のあたしの近くにいてくれる。
今日だって、先生役を快く引き受けてくれた。連絡したのは放課後になってからだったのに。
先生は驚いてた。特進クラスのトップと普通クラスの赤点ギリギリが、知り合いだなんて。
先生は頼んだ。どうにかしてこの馬鹿を改心させてください、って。
「由香。わたしがいなくて、寂しいの?」
「うん。」
オレンジと青と白が混ざり合ったような空を、宵は見上げる。画になる、ってこういう時にきっと使うんだろう。
「わたしも。」
宵の耳がほんの少し赤く見えるのは、きっと空のせいだ。
「由香。大学一緒のとこに行こう。嫌な言い方するけど、わたしがレベルを落とすんじゃなくて、由香がレベルを上げるの。そのままわたしを抜かす勢いで。」
「えー、無理だよ。無理。」
「由香ならできるよ。諦めないで。色んな大人を驚かそうよ。」
空が綺麗だ。
先生に呼び止められた時、最初は友達に声をかけた。呆気なく見捨てられた。嘲笑うとか蔑むとかじゃなくて「どんまーい。」みたいな。軽い感じで。
なんだか悲しくなった。虚無感が心臓を覆った。
宵だったら、宵ならきっと、付き添ってくれる。友達と宵を比べている自分がいることに驚いた。そんな自分に嫌悪感を抱きながら、宵にすぐさま連絡した。宵は駆けつけてくれた。
「宵。勉強するから。教えて。」
宵の視線が空から、あたしの方へ戻る。
大半の照明が落とされた教室に二人。綺麗すぎる空と誰もいない廊下。秒針がカチコチと進む。
プリントはあと五枚。最終下校時刻まであと三十分。
あたしは宵が愛おしい。
オレンジと青と白 青井優空 @___aoisora
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