おかえりのない安心

 誰もいない家が寂しい、という情動が、よく理解できなかった。

 俺は対極の情感を持っているからだろう。


 誰もいない家だから、安心を覚える。


 ただいま、の挨拶が、何もない空間に――真実何もいない空間に響くことが、俺の、最大の安心である。俺が、得たもの。信じぬいて、どうにか辿り着いた、この場所。


 夢に見た場所――。


 今は、美味いメシも食えた。今日は肉の入った鍋を食べるつもりだ。

 刺激はないけれど、安寧のある暮らし。部屋を見渡せば、ベッドも、棚類も、俺の食器も、いつでも飲める水道も、時計といったインテリアも存在し、空調器具すら付いている――。


 俺は、人生をクリアした。

 そうも言える。与太なんかじゃあなく、ある側面の真実として。確かなことだろう。


「大学、にも、通えたりしてな――」


 レポートを提出し忘れそうになる分際で何を言っているのかという話もあったが、しかし、そういう想像も確かにできることだった。


 良い。


 思いついたように、机に教材を広げて、勉強に手を付け始めた。

 あんまり適当なことをやっていると、また奈落に堕ちることは分かってはいたが――そういった、ある程度の適当さも許される空気感が、ここにはあった。


 気の向くままにしながら。

 今日は晩御飯で腹を満たして。

 そして、ベッドにゴロンと身を預けて、恐れず目を瞑って、俺は、今日一日を少しだけ思い返しながら、今日一日のを恐れることもなく、まったく平和に、眠りに就くであろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る