エピローグ『皇帝』




 次の日、佐々木先生にもちゃんと謝った。

 先生は驚いた様子だったけれど、穏やかな笑顔で僕の謝罪を受け入れてくれた。


「君がそう思えたなら、それが何より大切なことだよ」


 その言葉が、胸の奥にじんわりと染みた。



 ***



 それから数ヶ月が過ぎた。

 気づけば、僕はすっかり変わっていた。


 綾音が勧めてくれた音楽は、今ではすっかりお気に入りになっていた。

 何より、綾音と「好き」を共有できることが、僕にとって何よりの幸せだった。


 無駄に否定的なことを口にすることもなくなり、前向きな気持ちを持てるようになった。

 明るくなれたと感じるし、クラスメイトとも自然に話せるようになり、新しい友達もできた。


 あの時、綾音のことで言い合いになった田口とも、今では普通に会話できる。

 むしろ、気づけば一緒に過ごす時間が増えていた。


 放課後、田口がニヤニヤしながら近づいてきた。


「討論王が、今じゃ皇帝になったってわけだな!」


 突然の言葉に、思わず首を傾げる。


「……どういう意味?」


 田口は、僕がまだ理解していないことに気づいたのか、得意げに続けた。


「認める意味の『肯定』と、皇帝陛下の『皇帝』をかけたんだよ!」


 その瞬間、周りから一斉にツッコミが入る。


「それ、ただのダジャレじゃん!」


 僕も呆れつつ、思わず笑ってしまった。


「ははっ、なるほどね!」


 僕が笑うと、みんなもつられて笑い出す。

 その輪の中にいる自分が、少しだけ誇らしく思えた。


 そんなとき、教室の入り口から聞き慣れた声が響いた。


「悠真!」


 綾音の声だ。


「帰ろ!」


 僕は自然と顔を綻ばせ、軽く手を振ってから、彼女のもとへ向かう。


「うん!」


 並んで歩きながら、僕たちは自然と同じメロディを口ずさんでいた。


 ――『肯定の歌』を



 ***



 今ならわかる。

 綾音の「好き」を否定したことが、どれほど大きな間違いだったのか。

 そして、自分の「好き」を肯定することが、どれほど大切なことなのか。


 もし綾音がいなかったら――

 僕は、ずっと変わらないままだったかもしれない。


 だけど今、こうして笑っている。

 綾音と、みんなと、同じ時間を過ごしながら。


 おわり。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編『肯定の歌』 佐伯修二郎 @ivisither_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ