エピローグ『自由』




 その後、私は新しい生活を始め、少しずつ自分を取り戻していった。

 仕事も順調に進み、心も体も軽くなったように感じる。


 自由とは、こんなにも心地よいものだったのか。


 新しい住居には、もうあの男の痕跡は何一つない。それだけで、驚くほど部屋が広く感じた。

 今まであんなに狭苦しく息苦しく感じていた空間が、まるで別世界のようだった。


 一人でいることが、こんなにも安らぐものだとは思わなかった。

 以前の私は、「寂しさ」を恐れていたのかもしれない。

 でも今は違う。自分の時間を、自分のために使えることが、何よりの幸せだった。


 ――きっとあの部屋は、私にとってのアイアンメイデンだったのだろう。


 そして、あれから数週間が過ぎたある日。


 仕事を終え、いつものように部屋でくつろいでいるときだった。スマホが軽く振動し、メッセージの通知が表示された。



 ――吉永竜也



 一瞬、動きが止まる。

 画面を開くと、短いメッセージがそこにあった。


 ――


 差出人:吉永竜也

 件名:お久しぶりです


 お久しぶりです。吉永です。

 真中さんから『木下さんが最近とても元気』だと聞きました。

 心配してたので、良い方向に進めたのならよかったです。

 それだけ伝えたくて。失礼しました。


 ――


 その文字を目で追いながら、私は思わず微笑んでしまった。


 たったそれだけのメッセージ。

 だけど、なぜか胸がじんわりと温かくなった。


 私は変わった。


 もう、あの頃の私ではない。

 誰かに依存することも、怯えることもない。

 それでも、こうして私を気にかけてくれる人がいることが、少しだけ嬉しかった。


 スマホを握りしめながら、私はそっと返信を打ち始めた。


 ――


 差出人:木下爽香

 件名:Re:お久しぶりです


 お久しぶりです。ご心配ありがとうございます。

 おかげさまで、最近はとても元気に過ごしています。

 吉永さんもお忙しいと思いますが、どうかご自愛くださいね」


 ――


 送信ボタンを押し、ふっと息をつく。


 スマホを置き、窓の外を見上げた。夜空には、月が静かに輝いていた。



 ――人生はこれからだ。



 私は、そっと微笑んだ。


 おわり。



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短編『アイアンメイデン、私』 佐伯修二郎 @ivisither_01

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