『司書と庭師の、秘密の花園』 ~図書館で咲く、大人の百合物語~

ソコニ

第1話

プロローグ:「本の森へ」


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朝もやの立ち込める町立図書館に、一通の辞令が届いた。


「新しい園芸担当者の採用が決まりました」


館長の声は、静かな朝の空気に溶け込んでいく。美咲は窓の外を見つめながら、何か特別な予感を感じていた。


築50年を超える図書館。木造の書架に緑のカーペット。そして、誰も手入れをしなくなった屋上庭園。少しずつ古びていく建物を、美咲は愛おしく思っていた。


司書として3年目。本の世界に逃げ込むように生きてきた27歳の彼女にとって、この図書館は特別な場所だった。


「月村さん」館長が続ける。「新しい職員の受け入れ、お願いできますか」


「はい」


美咲は静かに頷いた。月曜日からやってくる新しい職員。その存在が、図書館に何をもたらすのか。


まだ誰も知らない。この出会いが、本の森に新しい物語を紡ぎ出すことになるとは。








第1話 「図書館の新しい園芸担当者」




朝のカウンターで、美咲は今日も静かに業務を始めた。窓から差し込む柔らかな光が、背表紙の文字を照らす。司書の仕事を始めて3年、この町立図書館の木製書架も、緑色のカーペットのにおいも、すっかり馴染んでいた。


「係長、受付の手続きお願いできますか」


「はい、承知しました」


美咲は眼鏡をかけ直し、向かいの席に座る上司に頷いた。月曜日の朝は新しい職員の受付を行う日。今日は新しい園芸担当者が着任するはずだった。


「綾瀬葉月さん、ですね」


受付用紙を手にした瞬間、美咲の視界に黒いブーツが入ってきた。すっと顔を上げると、まっすぐな眼差しに思わず言葉を飲み込んだ。すらりとした身長170センチほどの女性が、シンプルな黒のジャケットに作業着姿で立っていた。


「はい」


低くて落ち着いた声が返ってきた。ショートヘアの前髪が風に揺れ、その表情は無表情とも凛とした美しさとも取れた。


「え、えと、こちらにご記入を」


普段は慣れた受付業務なのに、美咲は自分の声が上ずっているのを感じた。葉月は黙って用紙に記入を始める。万年筆から黒インクが滑らかに用紙に染み込んでいく。その仕草すら様になっていた。


「屋上庭園の管理、よろしくお願いします」


用紙を受け取りながら、美咲は精一杯の笑顔を作った。葉月は一瞬、目を細めたような気がした。


「ご案内しましょうか?」


図書館内を案内しながら、美咲は葉月の横顔を盗み見た。無口な人なのかもしれない。でも、その存在感は確かに図書館に新しい風を運んできていた。


「最後は屋上庭園です」


階段を上がり、重い扉を開けると、朝日に照らされた庭園が広がっていた。茂りすぎた植物たちが、まるで新しい園丁の到着を待っていたかのよう。葉月は一歩前に出ると、深く息を吸い込んだ。


「手入れが必要なものから始めます」


そう言って、葉月は作業用の手袋を取り出した。美咲が「では、失礼します」と一歩下がろうとした時、葉月の声が追いかけてきた。


「月村さん」


思わず振り返る。朝日に照らされた葉月の横顔が、庭園の緑を背景に浮かび上がっていた。


「植物の本がある書架、教えてください」


美咲は思わず本棚の方を指差した。「2階の自然科学コーナーです」

葉月は小さく頷くと、早速作業に取り掛かり始めた。


階段を降りながら、美咲は自分の心臓の鼓動が少し速くなっているのに気がついた。図書館には毎日たくさんの人が訪れる。でも、こんな風に心が騒ぐのは初めてだった。


カウンターに戻った美咲は、ふと園芸コーナーの本棚を見上げた。明日は、あの棚の本の並び順を確認してみようかもしれない。いつもより少し早く図書館に来て。





第2話「屋上庭園との出会い」



雨が降り出す直前だった。カウンターに戻ろうとした美咲の背中に、誰かの視線を感じた。振り返ると、さっきまで本を探していた小学生の女の子が、両手に本を抱えて立っていた。


「月村先生、屋上の庭園って、見に行ってもいいんですか?」


赤いリボンをつけた女の子は、いつも放課後に図書館に来る常連の一之瀬さくらだった。


「ごめんなさい。今は工事中なの」


美咲が優しく説明すると、さくらは首を傾げた。


「でも、さっき葉月先生が上がって行くの見ました。園芸の本も借りてったよ」


朝からずっと気になっていた。美咲は思わず屋上への階段を見上げた。葉月が借りて行ったのは、確か『花と緑のある暮らし』と『庭園デザイン入門』。二冊とも美咲がよく手に取る本だった。


「少し様子を見てきます」


さくらに笑顔を向けると、美咲は階段を上り始めた。昼休みは終わったばかり。来館者も少ない時間帯だ。


扉を開けた瞬間、湿った空気が頬をなでた。灰色の雲が低く垂れ込め、庭園全体が深い緑に包まれていた。葉月の姿を探す間もなく、大粒の雨が落ち始めた。


「あ」


慌てて扉の下に避けようとした時、ツタの向こうから人影が見えた。葉月だった。白いシャツに作業用のエプロン姿で、手には剪定ばさみを持っている。


雨は一気に強くなった。葉月は作業を止めることなく、茂りすぎた植物の剪定を続けている。その姿は、まるで雨を気にも留めていないよう。


「葉月さん!」


美咲は思わず声をかけていた。葉月が振り向く。雨に濡れた前髪から、水滴が頬を伝う。


「傘を、持ってきました」


嘘だった。でも、このまま見過ごすことはできなかった。美咲は自分の折りたたみ傘を差し出した。


葉月は一瞬、驚いたような表情を見せた。そして、ゆっくりと美咲の方へ歩み寄ってきた。


「ありがとうございます」


二人で相合い傘になった瞬間、美咲は自分の心臓の音が聞こえるほど緊張していた。葉月の肩が僅かに自分の肩に触れている。雨の音が、二人の沈黙を優しく包んだ。


「この庭園、見捨てられていたんですね」


葉月の声は、雨音に溶け込むように静かだった。


「ええ。前の担当者が退職してから、しばらく手入れが…」


「でも、植物たちは生きています」


葉月はそう言って、手元の植物に触れた。確かに、茂りすぎてはいるものの、緑は生き生きとしていた。


「毎日、少しずつ。この庭園を、また息づかせたいと思います」


その言葉に、美咲は思わず葉月の横顔を見つめた。無表情に見えた顔が、今は柔らかな決意に満ちている。


「私も、何かできることがあれば…」


「では、本を貸してください」


葉月の声は、さっきよりも少し温かく聞こえた。


雨は、まだ止む気配がなかった。でも、この雨のおかげで、美咲は思いがけない景色を見ることができた。茂りすぎた緑の中で、新しい命を探す人の姿を。






第3話「内気な司書と無口な園芸家」



木漏れ日が本の背表紙を照らす午後、美咲は園芸コーナーの本棚の前で立ち止まっていた。葉月が昨日返却した本を手に取り、そっとページを開く。


「植物管理の基本は、観察から始まります」


美咲は思わずその一文を声に出していた。隣のページには、葉月のメモが残されていた。走り書きの文字でびっしりと書かれている。美咲は慌てて付箋を取り出し、メモが書かれたページに貼った。


「月村さん」


背後から声がかかり、美咲は思わず本を落としそうになった。振り返ると、そこには葉月が立っていた。作業着の袖には土の跡が付いている。


「あ、葉月さん。今日も作業中、ですか?」


「昨日のメモを忘れてしまって」


葉月は本棚の方へ目を向けた。美咲は慌てて本を閉じ、葉月に差し出した。


「こ、これのことですか?」


「ええ」


本を受け取る葉月の指が、一瞬美咲の指に触れた。思わずドキリとする。


「申し訳ありません。付箋を貼ってしまって」


「いいえ、助かります」


葉月は本を開き、美咲が貼った付箋を見つめた。その表情には、いつもの無表情とは違う何かが浮かんでいた。


「私、植物の名前を全然覚えられなくて」


美咲は思わず口にしていた。葉月は本から目を上げ、美咲をまっすぐ見つめた。


「名前は、それほど大切ではありません」


「え?」


「植物は、名前を呼ばれなくても育ちます。大切なのは日々の観察です」


葉月の声は静かだったが、確かな信念が感じられた。本を抱える手にも、土の跡が付いていた。美咲は、その手が毎日庭園の植物に触れているのだと気づいた。


「あの、良かったら」


美咲は棚から別の本を取り出した。『花と暮らす365日』。自分のお気に入りの一冊だ。


「これも参考になるかもしれません」


葉月は少し目を見開いた。そして、静かに頷いて本を受け取った。


「ありがとうございます」


その一言に、美咲は心が温かくなるのを感じた。葉月は本を大切そうに抱え、階段の方へ向かっていく。その背中を見送りながら、美咲は気づいた。無口な葉月と内気な自分。でも、本を通じて、少しずつ言葉を交わせるようになっている。


夕暮れ時、美咲が閉館の準備をしていると、葉月が借りた本が返却ポストに入れられていた。開いてみると、新しいメモが残されていた。「本をありがとうございました」という文字の横に、小さな花の絵が添えられていた。



第4話:月下美人の噂



「月村先生、本当なの?」


さくらが、カウンターに両手をついて身を乗り出してきた。放課後の図書館。夕暮れの光が、彼女の赤いリボンを輝かせている。


「何がですか?」


「屋上庭園に、月下美人が咲くんだって!」


美咲は手元の作業を止めた。確かに、この噂は最近来館者の間で広がっていた。一晩だけ咲く神秘的な花。しかも満月の夜に。


「それは、どこで?」


「葉月先生が、誰かに話してたの。満月の夜にしか咲かない花を育ててるって」


美咲は思わず屋上を見上げた。葉月が着任してから二週間。庭園は徐々に生まれ変わりつつあった。でも、月下美人のことは聞いていない。


「月村さん」


背後から声がした。葉月だった。土の付いた手袋を外しながら、静かにカウンターに近づいてくる。


「あ、葉月先生!」さくらが飛び跳ねるように声を上げた。「月下美人、本当に咲くんですか?」


葉月は一瞬、困ったような表情を見せた。そして、小さく息を吐いた。


「噂が広がってしまったようですね」


「では、本当に?」


美咲も思わず聞いていた。葉月は二人を見比べ、少し微笑んだ。


「まだ蕾です。いつ咲くかは、分かりません」


その言葉に、さくらは少しがっかりした様子を見せた。


「でも」葉月は続けた。「満月の夜に咲く可能性は、確かにあります」


「見たい!」さくらの目が輝いた。「次の満月はいつですか?」


美咲は手帳を開いた。「来週の木曜日です」


「木曜日は…」葉月が言葉を選ぶように間を置いた。「夜間開館の日ですね」


美咲は思わず葉月を見つめた。確かに木曜日は週に一度の夜間開館日。でも、屋上庭園は通常閉鎖されている。


「特別に、開放しませんか」


葉月の提案に、美咲は驚いた。普段は無口な葉月が、自分から提案するなんて。


「でも、規則は…」


「月村さんに、お願いしたいことがあります」


葉月の真剣な眼差しに、美咲は言葉を飲み込んだ。


「私一人では、夜の庭園の管理は難しいので」


その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。葉月は、美咲に手伝いを求めていたのだ。


「はい」


答えは自然に口をついて出た。さくらは、まるでダンスでもするように、その場でくるりと回った。


「やったー!私も見に来ていいですか?」


「もちろんです」葉月が答えた。「でも、開花は一晩だけ。しかも、咲くかどうかも分からない」


「それがいいんです!」さくらは目を輝かせた。「だって、おとぎ話みたいじゃないですか」


美咲は思わず笑みがこぼれた。確かに、おとぎ話のような響きがある。満月の夜に、一晩だけ咲く花。そして、それを待つ人々。


葉月は黙って二人のやり取りを見つめていた。その瞳に、いつもとは違う柔らかな光が宿っていた。



第5話:さくらとの出会い



昼下がりの図書館。児童コーナーから小さなため息が聞こえてきた。美咲は静かに音のする方へ歩いていく。


「一之瀬さん、何か探していますか?」


さくらは床に座り込んだまま、膝の上の本をぱらぱらとめくっていた。赤いリボンが少し傾いている。


「月村先生、植物の自由研究って、どんなのがいいと思いますか?」


美咲は思わず児童コーナーの時計を見た。さくらがこんな時間に図書館にいるのは珍しい。いつもは放課後に来るはずなのに。


「学校は?」


「今日は早く終わったの。先生が体調悪くて」


「そうだったんですか」


美咲はさくらの隣にしゃがみ込んだ。膝の上の本は『小学生の自由研究』。しおりの位置からすると、ずいぶん読み進んでいるようだった。


「植物の研究がしたいんですね」


「うん。だって、葉月先生の庭園、すごく綺麗になってきたでしょ?」


確かに。この二週間で、屋上庭園は見違えるように生まれ変わっていた。


「あの、葉月先生に聞いてみるのはどうですか?」


「それが…」さくらは少し俯いた。「葉月先生、怖くて」


美咲は思わず吹き出しそうになった。確かに、無口で表情の少ない葉月は、子供には近寄りがたく映るかもしれない。


「実は、葉月さんはとても優しい人なんですよ」


「本当?」


「ええ。毎日、一つ一つの植物に声をかけながら手入れをしているんです」


さくらの目が輝いた。


「私も、見に行っていいですか?」


その時、階段から足音が聞こえてきた。葉月が降りてくる姿が見えた。手には分厚い植物図鑑を抱えている。


さくらは思わず美咲の後ろに隠れそうになった。


「葉月さん」美咲が声をかけた。「ちょうど良かったです。さくらさんが、植物の自由研究について相談があるみたいで」


葉月は立ち止まり、さくらの方を見た。


「自由研究?」


「は、はい」さくらは小さな声で答えた。「庭園の植物について、調べてみたいなって…」


葉月の表情が、わずかに柔らかくなった。


「今から、種まきをするところです。手伝ってくれませんか?」


さくらは目を丸くした。


「本当に、いいんですか?」


「ええ。種から芽が出るまでの記録。とても良い研究になると思います」


さくらは跳ね上がるように立ち上がった。赤いリボンが揺れる。


「月村先生も、見に来ませんか?」


思いがけない誘いに、美咲は葉月を見た。葉月は静かに頷いている。


「はい、喜んで」


三人で階段を上がりながら、美咲は気づいた。さくらの研究は、きっと素敵な物語になるだろう。植物の成長と、人と人との出会いの物語。



第6話:謎の園芸ブログ


「静かな図書館で、今日も新しい芽が出ました」


美咲は、スマートフォンの画面に映る写真に見入っていた。昼休み、いつものように園芸ブログを開いたのだ。アカウント名は「星降る庭師」。毎日更新される庭園の写真と、短い言葉が人気を集めている。


「あ、新しい投稿」


画面をスクロールすると、見覚えのある風景が目に入った。瑞々しい若葉と、その向こうに広がる空。間違いない、これは図書館の屋上庭園からの景色だ。


「まさか…」


美咲は思わず立ち上がった。ブログの投稿日時を確認する。どれも早朝か夕方。葉月が作業をしている時間帯と一致している。


「月村さん、どうかしましたか?」


隣の席から声がした。慌ててスマートフォンを閉じる。


「い、いえ、何でもありません」


カウンターに戻ると、さくらが待っていた。種まきを手伝って以来、彼女は毎日のように庭園に通っている。


「月村先生、見てください!」


差し出された観察ノートには、葉月の指導で蒔いた種の成長記録が丁寧に書かれていた。その横には見覚えのある写真が貼ってある。


「この写真…」


「うん、『星降る庭師』さんのブログから印刷したの。私も毎日見てるんだ」


美咲は思わず声を上げそうになった。さくらまでもが、このブログを知っているなんて。


「葉月先生に似てるよね、写真の撮り方」


「え?」


「だって、植物の目線で撮ってあるでしょ?葉月先生も、いつもそうやって植物を見てるもん」


美咲は改めてノートの写真を見つめた。確かに、視点の高さや角度が、葉月が作業をしている時の目線とそっくりだ。


その時、階段から足音が聞こえてきた。葉月が降りてくる。首から小さなデジタルカメラをぶら下げている。


「あ」


思わず声が出た。葉月は立ち止まり、美咲の方を見た。そして、カメラに気づいたように、そっと手で隠した。


「これは、記録用です」


少し慌てたような声音。いつもの葉月らしくない。


「葉月先生!」さくらが駆け寄る。「私も写真撮っていいですか?」


「え?」


「だって、自由研究の記録に使いたいなって」


葉月は一瞬考え込むような表情を見せた。そして、ゆっくりとカメラを取り出した。


「では、一緒に撮りましょうか」


その言葉に、さくらは飛び上がるように喜んだ。二人が階段を上がっていく後ろ姿を見送りながら、美咲はスマートフォンを開いた。


「星降る庭師」の最新投稿には、こう書かれていた。

「今日は、新しいカメラマンが来てくれました。若い芽が伸びていくように、この庭園も少しずつ賑やかになっています」



第7話:夜間開館の提案



「月下美人の開花観賞会、ですか?」


館長の声が、静かな応接室に響いた。美咲は葉月の隣で、背筋を伸ばしたまま座っている。


「はい。来週の夜間開館日に合わせて開催できればと」


葉月の声は、いつもより少し緊張が滲んでいた。


「面白い企画ですね」館長は穏やかな笑顔を浮かべた。「でも、夜の屋上庭園となると、安全面が心配です」


「私が責任を持って」葉月が一歩前に出ようとした時、美咲も声を上げていた。


「私も一緒に管理を担当します」


館長は二人を見比べた。分厚い机の上には、葉月が用意した企画書が開かれている。


「月村さんも協力してくれるんですか」


「はい。既に来館者からの問い合わせも数件いただいています」


実際、月下美人の噂は図書館中に広がっていた。特に子供たちの間で、まるでおとぎ話のように語られている。


「そうですね」館長は企画書に目を落とした。「夜間開館との兼ね合いもありますから」


美咲は思わず葉月の横顔を見た。普段は無表情な顔が、今は真剣な眼差しで企画書を見つめている。


「分かりました」


館長の声に、二人は顔を上げた。


「ただし、条件があります」


「はい」美咲と葉月が同時に答えた。


「まず、安全面の確保。照明や案内板の設置は必須です」


葉月が小さく頷く。


「それから、開花の保証はできないことを、来館者にしっかり説明してください」


「承知しました」


「最後に」館長は穏やかな笑顔を向けた。「この企画が成功したら、定期的な夜間庭園開放も検討しましょう」


美咲は思わず目を見開いた。夜間の屋上庭園。星空の下で、植物たちが織りなす物語。それは、新しい図書館の魅力になるかもしれない。


応接室を出た後、二人は無言で階段を上がった。扉を開けると、夕暮れの光が庭園全体を優しく包んでいた。


「ありがとうございました」


葉月の声に、美咲は振り返った。


「月村さんが一緒に提案してくれたおかげです」


「い、いえ」美咲は慌てて否定した。「葉月さんの企画だから…」


「でも」葉月は庭園を見渡した。「一人では、できませんでした」


その言葉に、美咲は胸が温かくなるのを感じた。確かに、最初は無口な園芸家と内気な司書。でも今は、一つの目標に向かって協力している。


「あれ」美咲は蕾を見つけた。「大きくなってますね」


「ええ」葉月の声が柔らかい。「満月の夜が待ち遠しいです」


夕暮れの庭園で、二人は静かに蕾を見つめていた。まるで、月下美人の開花を今から待ちわびているように。










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