第25話 デート 前編
休日の昼下がり。
駅前の待ち合わせ場所に、既に遠川詩はいた。
服装は長袖のデニムシャツにホワイトジーンズと普段とそこまで変わらなかったが、いつもはポニーテールのはずの髪型が今日はハーフアップになっている。わたしが付けたキスマークは、襟でいい感じに隠れていた。
遠川詩はわたしに気付くと、嬉しそうに手を振る。
「おはよう、佐山さん!」
「おはようございます……すいません、待ちましたか?」
「三時間ほどしか待っていないから、安心してくれ」
「いや安心できねえ! えっ今待ち合わせ時刻十分前ですよね? 三時間十分前からいたのあんた?」
「楽しみで、つい」
遠川詩はパーフェクトスマイルを浮かべて言う。
「つい」で説明できる範疇を超えてるだろ――わたしははあと溜め息をついた。
「ところで、今日は眼鏡じゃないんだ」
「ん、ああ、コンタクトですけど」
「髪も下ろしてるし、服装もワンピースで……その、ええと、可愛いね……」
「褒めるなら照れないでもっと自信持って褒めなさいよ……デートなんだし、身綺麗にしてこなきゃ失礼でしょ?」
「……佐山さんって、そういう常識あったんだ」
驚いている様子の遠川詩の頬を取り敢えず思いっきりつねった。「いひゃいいひゃい……!」と涙目になっている姿が愉快だった。
*
「デートと言えば、まずはショッピングだろう」と告げる遠川詩に連れられて、わたしたちは大型ショッピングモールにやってきた。
服屋、靴屋、雑貨屋、家具販売店、飲食店――様々なジャンルの店が並んでいて、休日だからか人で賑わっている。
……というか。
「……あの、遠川さん。さっきから何でわたしの手、ジロジロ見てるんですか?」
「えっ、はっ、バレた!」
「そりゃあバレるだろ」
「いや……デ、デートだし、佐山さんと手とか繋げないかな、と思って……」
目を逸らしながら言う遠川詩をジト目で見てから、わたしは彼女の手を取る。
「え!?」
「繋ぎたいんでしょ? あんたが言ったんだから驚くのやめなさいよ」
「そ、そうだけれど……嬉しかった、から」
遠川詩は、顔を少し赤くしながらぼそぼそと言う。
ありきたりな遠川詩の反応なはずなのに、一瞬だけ可愛いと思ってしまった。それに気付いて、わたしはその感情を振り払う。
……何だか最近、たまに自分の気持ちがよくわからないときがある。それは大体、こいつ関連だ。
(どうしたんだろ、わたし……疲れてんのかな)
それか……こいつのことが、気になり始めている、とか?
(いやまさかな。だってこいつエロ王子だし……まあ、いいところもあるっちゃあるけど……)
「あっ」
隣で遠川詩が声を上げて、わたしは現実に引き戻される。
遠川詩の視線の先には――水着専門店。
「佐山さん……あの店、見て行かないか?」
「おいおいもっといいチョイスがあるだろ」
「だ、だって! 昨日のコラボ配信で、皇さんと羽生さんが着ていただろう? だから、佐山さんの水着姿も見たいと思うのは当然じゃないか……!?」
「自分の欲望を論理的に説明すんのやめろ! 後まだ夏になってねえ! ほら、さっさと行きますよ」
わたしは後ろ髪を引かれまくっている遠川詩の手を引っ張って、水着専門店から遠ざけていく。
「う、うう……絶対似合うと思うのにい……」
「そうですかありがとうございます、着ないけど」
「強情なのは、佐山さんのよくないところだ!」
「何でわたしキレられてんの」
「ううー……はっ! それじゃあ、あの店はどうかな?」
急に気を取り直した遠川詩に、わたしは彼女の人さし指が示す方を見る。
そこにあるのは――下着専門店。
「いたぁいっ! 何でしっぺ!?」
「あんた初デートで選ぶ店のチョイス最悪だからな?」
「だ、だって……佐山さんがボクの選んだ下着を身に付けているのを想像すると……とても、ドキドキしないか?」
「真顔で何言ってんだ変態」
わたしはそう言いながら、もう一度遠川詩の腕にしっぺをお見舞いした。
「いたぁっ!」
やっぱこいつ根っからエロ王子だわ。理性を持て。
*
結局、わたしのチョイスで何店舗か無難そうな店を見て回った。
遠川詩がお手洗いに行きたいとのことで、わたしは椅子に座って彼女が戻ってくるのを待っていた。
スマホを操作していると、「あ、あの!」と声を掛けられる。
顔を上げれば、そこには大学生くらいに見える女性二人が立っていた。
「……何ですか?」
「えっと……もしかして、サヤさんですか!?」
「え」
「ね、ほら、やっぱりー!」
ひとりの女性が嬉しそうにはしゃいで、もうひとりの女性はどこか呆れたように笑っている。
(しまった……リスナーか。何というか、放っておいてほしい……)
わたしの思いとは裏腹に、女性はぐっと身を乗り出す。
「サヤさん、今ひとりなんですか!?」
「いや、えーと」
「あの、よければ一緒に遊びませんか!? 私、めっちゃファンで!」
「んー……」
結構押しの強いリスナーだ。どう断ろうか……そう考えていたわたしに、声が降り注ぐ。
「――すまない。サヤは、ボクとデートしているんだ」
遠川詩が、立っていた。
「え、ト、トワさん!?」
「ほら、行こう、サヤ。ごめんね……サヤは、ボクのものだから」
微笑みながらそう言って、遠川詩はわたしの手を取ると、颯爽と歩いていく。
少し経って、遠川詩が口を開いた。
「びっくりしたな……リスナーって、こんなところにいるんだね。……って、あれ、佐山さん? どうして、そっぽ向いているんだ?」
「……いや、別に、何でもないです」
「そうか? それならいいんだけれど」
遠川詩の言葉を聞きながら、わたしは自身の顔に手を添える。
(ああもう、どうしたんだよ、わたし……こいつはエロ王子だぞ。なのに、何で……ちょっとドキドキしてるんだ)
少し熱い気がする顔の温度を、早く冷ましたかった。
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