五話
彼女がいない。もちろん慌てふためかないことはない。ただ、次の行動に移るまでが私の良かった点だった。まずは地図アプリで近くの商店街を探し、次に、細く長く続いていく裏路地を探した。幸い近くの裏口が空いていた。彼女の向かった方角が間違っていることはないだろう。
「走るのいつぶりだろ。」
トレーニングの日々を思い出し、感傷にさっとくぐらせ、私は駆け出した。
「るー、いや、夜野さん、ちょっとお話、いいですか」
彼女を見つけたのは楽屋から1.5kmほど離れた路地裏。薄暗くカラスが鳴き、ゴミがそこら中に散らかる場所にアイドルと地味女。誰が見ても異質な空間だった。
「ちょっと、息整えますね。」
久しぶりの速い動きに、体はおろか頭すらついてこれていない。このままでは話せないと思い、息を整えたが、その間彼女は一言も、発する素振りさえ見せなかった。
「私はあなたに話したいことがあるんです。一緒に来てくれませんか。」
「ナンパ?あなた誰なの」
彼女の火の玉ストレートが肋骨にクリーンヒットした。自分の言葉選びのセンスがあまりになさすぎる。いっそ目的を捨てて帰ってしまおうかと思うほど恥ずかしかった。
「ブロガーのoshioshiです。」
「あぁ、あのブロガーですね。いろいろな人気アイドルを推していいねを稼ぎまくっていると巷で有名なので多少は知っています。でも、きっとあなたじゃないんです。いいですよ、私の泣き顔でも好きに撮っていいですから帰ってください。」
彼女らしくない棘のある辛辣な言葉。ただ、それは私の想定通りだった。
「消えるのが怖いなら、一緒に消え方探してみませんか。」
多少は博打だった。もしこれで違っていたら・・・ということは考えなかった。私は自分の体験談に絶対的な信頼を寄せているから。
振り向き、私の目を見て、より一層泣き出す。つまり彼女の答えは「YES」であった。
「近くの川、まだ赤い紅葉が残っててきれいなんですよ。そこで話しましょう。」
辛い時間がすぎるよりもさらにゆっくり、私達は歩き出した。
ぽつり、ぽつりと彼女は話す。そのリズムは歩調と重なり、心を血液とともに流れていく。
「私、もともとはアイドルの友達に進められてこの道を志したんです。あのときは私なんてまだまだで、いつも助けてもらってばかりだったんです。それで、何年だろう。六年くらい経ったときに友達が突然やめちゃったんです。『もう飽きた。』って言って。それからも知ってる人は先輩も後輩も、どんどんいなくなって、なんというか、その・・・」
厚手のハンカチを持ってこなかったことを後悔しながら、彼女の目元に頼りない布切れ一枚を当てた。
「私って一人なんだなって、そう思ったんです。そしたらもう怖くなって、私もいつか消えちゃうんだって。それでああなったんです。」
川は全然近くなかった。二十分はかかっただろう。その間に彼女の話は終わり、世間話を軽くするほどには暇をしていた。でも、その時間がなにか、紅葉が色づくような変化を及ぼした。
これを話すのは二人目。父のあれを除けば初めてだ。
「私、アイドルだったんだ。」
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