白昼の逃避行
「本番行きまーす。3・2・1」
「皆さんこんにちは!『月光』のリーダーのるーあいです。」
「ということでゲストはるーあいさんです。今日は初の紅白出場を記念して今までの『月光』の歴史を振り返る一時間としていきたいと思います。」
「では早速移っていきましょう。」
そういってキャスターは裏から文字と写真がびっちりのボードをガラガラと引いてきた。
自分の声を録音したときのようなむず痒い恥ずかしさとそれを感じるまでに達した喜びを噛み締めながら話を流していると気づけば45分が過ぎていた。テーマは今の私。番組はフィナーレへと向かっていくところだった。
「ここまでの活躍できた理由はなにかあるんですか?」
「やっぱりファンですね。わたしたちは特に音楽性で売れてきたという感じですが、もともとは燻っていました。でも、いっときを境にみんなが注目してくれて、ここまでたどり着くことができました。」
「なるほど、素晴らしいですね。この活躍を誰に伝えたいですか?」
「やっぱり私をこの道に導いてくれた人たちですかね。もちろん背中を押してくれた母親もそうですし、ずっと話を聞いてくれたともだ・・・」
誰かがぼかしフィルターを掛けたようだ。
デリート。デリート、デリート・・・
この話をしてはいけない。いや、できない。私の衝動的な感情はその場の司会者を消し去るほど揺らぎ、バグを広げていく。
抑えなきゃ。きっとそうしなければ今の私という存在は一生この世界から消えてしまうから。
不自然なほど早く鼻から二回吸って口から一回吐く。髪をかき分けるついでに袖で顔を撫でる。「あ、なんか落ち着いた気がする。」
その後15分は本当に予定通りに行われたのだろうか、何も思い出せない。きっと司会者もなにかあったことは察しただろうが、きっと軽いものだと思っているだろう。椅子にはいつの間にか背もたれがつき、私は一時間ぶりに静寂を取り戻した。
一旦マネージャーと対面で会話をすればなにか変わっていたのかもしれない。別にお菓子を食べるでもお手洗いに行くでも良かっただろう。きっと街頭アンケートをしたら99%が「そうだ」と応えただろう。ただ、私はそれらの行動を取る前にスマホを手に取った。
一件の新着メッセージがあります。
無反応を引くと癪なので力強くダブルタップ。そしてメッセージに目を通す。
「夜野、いやるーあい、紅白出場おめでとう。やっぱ才能も努力の量も格別だもんね。年末を楽しみにしてるわ。そういえば一応伝えとくね。やっぱり私アイドル向いてないから辞めるわ。」
画面が高速で上にスクロールされる。ただそこにあるのは同窓会のことや他愛のない世間話。馬鹿な私にとってもこれが友達とのトークであることは明白であった。
「また一人。」
私は誰にも届かないメッセージを残し、奥の影にひっそりと佇む裏口から旅に出た。
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