第25話 ファイナルステージ
扉の先は、第二ステージの3つ目のゲームだった「化け物から逃げ切れ」と似たような闘技場だった。
ステージの上にはガンマさん、彼女に向き合う形で僕と凜、ベス、トリカ、ケイシー、ブランカ、シュバ、リチャードさんが立っている。
今回は四方全ての門が閉まっている。そして、観客席にはロボットが座っている。
凜の推測によると、ロボットの目を通して、出資者達がこのゲームの行く末を見ているのだそうだ。
「それではゲームの説明に入らせていただきます。参加者は放送で言ったとおり凜様と凡様のお二人です。ゲーム内容は投票です。お二人にはこのボタンを配ります」
ガンマさんの手に赤と青の二つのボタンがついた装置が出現した。
「この装置をそれぞれに配ります。赤が凜様、青が凡様を表しています。投票の多かった方が死にます。それでゲーム終了となります」
覚悟はしていた。だが、実際に僕か凜のどちらかが死ぬと断言されると心臓がキュッと掴まれるような痛みに襲われる。
「二人だけが投票するということでありんすよね」
「はい」
「互いに相手に投票すれば票数は同じで決着がつかないでありんすよ」
「その場合は何度も投票を行ってもらいます。決まるまでここからはあなた達全員出られません」
「なるほど。中二病との会話でどちらが死ぬか決められない場合は、力ずくの勝負となるということでありんすね」
「なんで力ずくになるの? 僕はどんなことがあってもお嬢に投票しない。毎回自分に投票する」
「妾も妾に投票しんすよ。そしたらどうなると思いんすか?」
「ずっと決着がつかなから、ここから出られない。最後には餓死する?」
「誰が?」
「誰がって? 僕かお嬢で……あ!」
「そうでありんす。ケイシーさんたちも出られない。つまり、私たちのどちらかを殺そうとする。自分たちが生き残るために。ガンマさん、どちらかが死んだ場合も、ゲーム続行不能ということでゲーム終了でありんしょう」
「はい、その通りです」
「じゃあ……」
ブランカ達のほうを警戒する。
「そんなに慌てることはないでありんしょう。1時間くらいは話し合いをさせてくれんしょう?」
凜はケイシーたちの方を見て言った。リチャードさんやトリカは頷いた。
「では、こちらのボタンを受け取りに来てください」
「はい。お嬢の分も僕がもらってくるよ」
義足を失った凜は日傘を杖代わりにしている。それでも僕より強いのだから歩くのが不便というわけではないが、僕は凜にそう申し出た。
ガンマさんのもとに向かう。
ガンマさんから二つの装置を受け取った。そして、二つとも青のボタンを押した。
「はい、これで僕が死ぬってことですよね」
「何してるの!」
凜は驚きのあまり素の話し方になった。
「ルールには一人でボタンを二つ押してはいけないというものはありませんよね」
「はい、問題ありません」
僕はルールを聞いてすぐに考えた。どうすれば凜ではなく僕自身が死ねるのか。いや、どうすれば凜を生かせるのかを考えたといった方が正しい。
方法は簡単だ。自分の分と相手の分どちらも投票すればいい。
「それでは凡様はこちらに」
ガンマさんの掲げた右腕の方向にはギロチンが突如出現した。
「待つでありんす。投票のやり直しをしんしょう」
「やり直しは許可できません」
「中二病。何をしていんすか!」
「何をって? どうせお嬢も、僕を助けようと考えていたんだろ」
「……そんなわけないでありんしょう」
凜の声は小さくなっていく。
凜はガンマさんにどちらかが死ねばゲームが終了すると聞いた時点で凡が生き残ることは確定だと思った。話し合いで決着がつかないことはわかっていた。そのため決まらない時は自殺すれば良いと思った。
凡の場合はナイフがあっても自殺は出来ないだろう。銃などがあって、やっと出来るか出来ないかだ。
これは実際正しい。普通の人間はリミッターがかかって素手で自殺することはほとんど不可能。死ぬ前に意識を失うか、そこまでの力を入れられない。ナイフがあったとしても、恐怖でほとんどの者は死ぬほど深くナイフを刺すことが出来ない。銃ならば引き金を引くだけなので、ナイフや素手よりは自殺しやすいだろう。少なくとも普通の凡には素手やナイフでは自殺できない。
だが、凜の場合は異なる。凜は痛みを感じないため、自殺する意志さえあれば簡単に自分を殺せる。
そんな考えを持っていたため、油断した。冷静な凜なら凡の考えなど看破するのは易しかっただろう。
「ガンマさん、少しだけ待って貰えますか?」
「はい。大丈夫です」
僕はケイシーちゃんのところに向かう。
ケイシーは凡が死ぬことが決定して頭が真っ白になっていた。
「ケイシーちゃん」
僕に話しかけられて、ケイシーは意識を取り戻した。
「お兄ちゃん? お兄ちゃん、死なないよね? ねえ!」
ケイシーに抱きついた。
「ケイシーちゃん。可愛いよ。でも、これからはあんまり人を殺さないようにね。あとできればお嬢と仲良くしてもらえると嬉しいよ」
「ブランカさん、シュバさんありがとうね」
「「私たちは何もしていない。露光凜を観察していただけ」」
「リチャードさん、ベスさん、トリカさんもありがとうございました」
「凡くん……」
リチャードさんは何も言えないようだった。ベスは顔を背けている。トリカは泣いていた。
僕はギロチン台の前に立った。
凜は離れたところで僕の方を見ている。
「お嬢も来てよ」
凜はとぼとぼと近づいてきた。
「妾も死……」
僕は凜の言葉をさえぎるように話し始めた。
「お嬢、僕は特別になりたい」
「それなら、やっぱり妾が」
「違うよ。お嬢には生きて欲しい。そして僕は特別になりたい」
僕はとても我が儘なようだ。
まあ、普通の身でありながら特別になろうとしている時点で強欲だったのだろうけど、自分でもここまで我が儘だったとは思わなかった。
「お嬢が僕を特別にして。お嬢を生かすために死んだ、僕が特別だったと思えるくらい、お嬢が特別の中の特別になって」
普通になりたい少女に対してするお願いではないなと笑いたくなる。でも、これが僕にとっての人との関わりだから。
「ズルいでありんすよ」
凜の目元は紅くなっているが、涙は流れていない。
「僕にとってお嬢は特別だから」
「ふふ。そうでありんす。妾は特別でありんすからね」
ギロチンに頭を乗せるために床に膝をついた。
「それと可能ならばプリュさんを助けて欲しい」
「図々しい奴隷に育ったでありんすね。中二病のことは忘れるかもしれないでありんすが、プリュさんのことは覚えておくでありんすよ」
「そろそろ、凡様、お時間です」
ガンマさんに促されて僕は、ギロチン台の上に頭を置いた。
今から死ぬと考えると怖い。でも、最後くらいは特別らしく堂々と死にたい。
そんな決意を固めようとすると、まだやり残していたことがあったと思い出した。
「あ。あと、これも」
ポケットからハンカチを取り出した。ヘリオットさんが持っていたものだ。
「ヘリオットさんを苦しめた犯人を捕まえて」
「なんだか締まりが悪いでありんすね」
僕もそう思う。ビシッと締めようとしたらこの有様だからね。
「まあ、まだ僕は特別になれていないってことだよ」
だから、お嬢、これから僕を特別にしてね。
わざわざ何度も口に出すものでもないので、心の中で言った。
『軽減のハンカチ!?』
観客席から声が上がった。その声を起点に観客席が騒がしくなる。
『なぜ一階層のギャンブラーが持ってる?』
「凡様。軽減のハンカチを使用しますか?」
騒いでいる観客とは違い、ガンマさんはいつも通り淡々と仕事をこなす。
「軽減のハンカチ? ってなんですか」
「ここチルトで流通しているアイテムの一種です。軽減のハンカチを使用すると、罰の内容をやさしくすることができます」
「使うとすると、罰はどうなるんですか?」
「元々は凡様が死ぬというものでしたが、軽減のハンカチの使用により、銃弾1発となります」
「はあ?」
理解不能だった。
銃弾1発? 死ぬことと何も変わらなくない?
「ガンマさん。それのどこがやさしくなってるんですか? まったく変わってないじゃないですか」
「うっせなあ!」
いつも淡々とロボットのように(というかロボットなのだが)話していたガンマさんから出てるとは思えないほど荒々しい声が発せられた。
「え? ガンマ……さん?」
「私の名前はよお、
ガンマさんの手には銃が握られていた。
それと、名前の由来は絶対ギリシャ文字でしょ。アルファ、ベータと来て、ガンマンはさすがにない。
「いや、だから罰の内容が変わってないじゃん、って言ったんですけど……」
僕は気圧されて弱々しく言った。
ガンマさんの隣にもう一人のガンマさんが現れた。
「ガンマさん!?」
一瞬、同じ人が現れて驚いてしまったが、ガンマさんがどのような存在か思い出した。
一階層を担当しているディーラー全員がガンマさんだった。
「私はベータです。一人でも銃を持ってしまうと、全てのガンマがこのように荒々しくなってしまいます」
なんかとても面倒な設定だなあ。
「そして、凡様の質問の答えですが、かなり変わっております。ガンマが撃つ銃弾は1発であり、それを避ければ凡様は助かります」
「つまり走り回れば生き残れるってことですか?」
「解釈としてはあっています。が、凡様の運動能力では万に一つもガンマから逃げることはできないでしょう」
「つまり死ぬってことですか?」
「残念ですが、そういうことになります」
「僕がお兄ちゃんを守る」
「それは不可能です。ケイシー様。他者がガンマの銃弾を阻止するのは禁止されています」
「銃弾1発なら私がなんとかしよう。ベータさん、手術道具を借りることはできますか?」
「包帯程度でしたら可能でありますが、手術道具となるとゲームの結末に大きな影響を与えるため貸し出しは無理です」
「ああ、手術道具くらいならいいだろ! 私が殺し損ねるなんてありえねんだから」
「ガンマ。それでは出資者様のご意向を無視することになってしまいます」
『許可する』
観客席のロボットから声が発せられた。そのロボットは他のロボットに比べて豪華な衣装を身に纏っていた。
「オリビエ様。最も出資していただいた方の意見を無視するわけにもいきませんので、条件を付け加えます。生存者に与えられる報酬のチップから負債分を除いた全てのチップを放棄するということなら手術に必要な器具を貸し出します」
「私は構わない」
「僕も」
「オリビエ様に従い、私達も構わない」
「姉さん、僕たちも良いよね。助けてもらったんだからこのくらい」
「勝手にしたら」
全員から許可が出た。
「ありがとうござます、皆さん」
準備が整えられた。
「僕って今からどうなるの?」
今、世界で一番意味不明な状況にいる自信がある。
僕はベッドの上で上半身を起こした状態で座っている。周りにはテレビで見たことがあるような手術道具が大量に置いてあった。隣には術衣に拡大鏡、マスクと完全増備のリチャードさんが立っている。
少し離れたところにはガンマさんが銃を構えていた。
手術室は生と死を彷徨う場所であるという観点から見れば、僕は手術室にいる患者ということになるのだろう。だからここが手術室といっても問題ない。
「ないわけないだろ! この空間、頭悪すぎでしょ。死神とナイチンゲールが社交ダンスを踊ってるみたいなもんなんだけど」
「マッチポンプというものでしょう」
ベータさんは人ごとのように言った。
「マッチポンプとかいう次元じゃないんだけど!」
「お兄ちゃん、僕が絶対に守るから」
ケイシーは僕の腕にひっついている。銃弾を防がないことと、僕のことを動かさないのであれば、くっついていても良いということだった。
ケイシーは銃弾が飛んできたタイミングで凡の心臓の位置を動かそうと考えていた。そして、致命傷を回避しようとしている。僕もケイシーの考えを理解していた。
「失敗しても、ケイシーちゃんのせいじゃないから」
「大丈夫だよ。やったことはないけど、今まで何度も心臓を引き抜いてきたんだから」
それは逆に心配なんだけど。
ケイシーはとても笑顔だった。その顔を見ると、この天使に殺されるなら悪くはないかと思える。
「おい、そんなことよりさっさと撃たせろよ!」
というか、ここにいる大人の女性ってほとんどヤンキー出身なの? アルファさん、ベス、ガンマさん。(半分以上ロボットだけど)
『「「ああん!」」』
ヤンキーがガン飛ばしてくるときのような効果音がした。頭の中からアルファさん、前からはベス、横からはガンマさんに睨まれた。
「ひいぇ!」
「何をビビってるんでありんすか。中二病は死ぬことはないでありんすよ」
凜は僕が死ぬことに対して恐れているのだと勘違いしていた。死に対しても恐怖を感じているため、間違いではないのだが。
「中二病は今までたくさんの人を救ってきたでありんす。ヘリオットさんの復讐を成し遂げようとしたことで、軽減のハンカチを手に入れた。ケイシーさんを受け入れたことで、第一ステージ、第二ステージを突破できた。リチャードさんを救ったことで、手術を行える環境を作れた。トリカさんを助けたことで、手術道具を借りられた。中二病が積んできた徳が幸運を呼んだんでありんす」
「そうだったね。そのために徳を積んでいたんだった」
特別になるためにオカルトを突き通すと誓った。
だから、忘れていた。徳を積むのは特別になること以前に、幸運を呼び寄せるためだったことを。
「でも、お嬢、一つ忘れているよ」
凜は「何が?」という顔をした。
「僕がオカルトを突き通すと決めて、一番最初に助けようとしたのはお嬢なんだから。お嬢のおかげでヘリオットさんに会えた。ケイシーちゃんに会えた。リチャードさんたちに会えた」
凜の頭に手を乗せる。
「元を辿れば、僕が生き残れるのはお嬢のおかげなんだ」
ガンマさんが向ける銃への恐怖心はなくなっていた。
「さあ、世界を変えに行こうか」
バンッ! 銃声がなった。
銃で撃たれてから数時間後に僕は目覚めた。
周りには凜を含め全員がいた。
ケイシーは目覚めてすぐに抱きついてきた。目元は真っ赤になっていた。
「心配かけてごめんね、ケイシーちゃん」
ケイシーは胸に頭を擦りつけてくる。
「改めてありがとうございます、リチャードさん」
「いいんだよ。人を助けるのが私の生きる意味なんだから」
「ベスさんも、トリカさんも、ブランカさんも、シュバさんもありがとう」
凜はとなりで平気そうな顔をして立っていた。ケイシー同様に目元が紅くなっていてことは見なかったことにしよう。
「随分と妾を待たせたでありんすね」
「ごめん。迷惑をかけといてなんだけど、一つだけ主人にお願いしてもいいですか」
「なんでありんすか?」
「これからも僕と一緒にいてくれるか、お嬢」
「デートの誘い、告白、ついに、ポロポーズでありんすか?」
「違うわ」
「まあでも良いでありんすよ。妾の言うことは絶対でありんす。でも、たまには奴隷の言うことも絶対であっても良いでありんしょう」
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