第21話 不穏

「次は予定通り①でいいでありんすよね」


 誰からも反論は上がらなかった。


 全員が①を注文した。

 


 ①ギャンブル(ポーカーなど) (5ポイント)

 全チーム参加。好きなギャンブルを指定して、ガンマと対決する。3勝以上でクリア。



「それではギャンブルをされる方から扉に入ってください」


 ガンマさんの無機質な声が響く。


「それじゃあ僕から!」


 僕の膝の上からケイシーが飛び跳ねるように言い、すぐに扉に入っていく。


 モニターにはガンマさんとケイシーが映し出される。場所は一階層のカジノのようなところ。


「それではギャンブル内容を決めてください」


「殺し合い!」


「それは無理です。他のものを提示してください」


「えー。それなら降参!」


「本当によろしいのですか?」


「うん。僕の魅力を引き出せないことするなら、早くお兄ちゃんのところ戻りたいし」


「承知いたしました」


「一戦目は私、ガンマが不戦勝です」


 モニターには0-1と映し出される。


 扉からケイシーは元気に戻ってきた。すぐに定位置化した僕の膝の上に座る。


「何してるのよ!」


 ベスはケイシーに怒鳴りつけた。


 ケイシーはベスの方を見た。ベスはケイシーが犯罪者を無残に殺している場面を思い出したのか、顔色が悪くなっていく。


「ケイシーちゃん、謝ろうな」


「えー、なんで? 僕悪いことした?」


「うん、したから。謝ろうね」


「はーい。ブスごめんね、ブスブス」


 謝罪かわからない謝罪をして、その場は収まった。


「「次は私たちがいく」」


 ブランカとシュバは危なげなくガンマにポーカーで勝利を収めた。


 次はベスとトリカがガンマにポーカーを挑み、接戦を制した。


「おめでとうございます、ベスさん、トリカさん」


「僕は何もしてないけどね」


「当然よ、このくらい」


 少しだけベスの調子が戻ってきた。


「次はリチャードさんがいきますか?」


「ああ」


 今までずっと黙っていたリチャードはそれだけ言って、静かにドアに入っていった。


「大丈夫なの、あの男」


 リチャードが扉に入ると、ベスがすぐに口を開いた。


「負けるでありんしょうね」


「は?」


「当たり前でありんしょう。リチャードさんは医者であって、ギャンブラーではない。ここに来たのも、自分の意志ではないでありんしょう」


「それなら……」


 ベスの言葉は止まった。


「妾たちにできることはないでありんす。まぐれで勝つことを祈るだけでありんすね。まあ、ギャンブラーのあなたなら分かっていると思うでありんすが、そんなまぐれは起きないでありんすけどね」


 ギャンブルは一見、運の勝負に思える。しかし、それは間違っている。ポーカーの場合は相手のハンドを想像して、降りたり、レイズしたりと駆け引きがある。他のゲームもそうだ。ほとんど運に近いゲームも存在するが、それでも一般人が一流のギャンブラーには勝てない。運も実力のうちであり、本物のギャンブラーは運を呼び込むのだから。


 だからこそ、ベスも何も言えない。観客の僕たちにはなにもできないとわかっているから。


「まあ、妾が勝てば問題ないでありんしょう」


 リチャードはガンマさんとポーカーを始めた。


「でも、お嬢、リチャードさんがあんなに落ち込んでいるのはどうして? デスゲームに参加させられたのは辛いけど、このままいけば僕たちは第二ステージを突破できそうだけど」


「それは分からないでありんすね」


「それは私があの男の妻を殺したから」


 ブランカが言い、テーブルに両手をつき、問い質す。


「なんで?」


「第一ステージで私を襲ってきたから」


 場は静かになった。何も言い返せない。これはデスゲームであり、自分が生き残るためには相手を殺さなければいけない。それも先に仕掛けたのがリチャードさんの妻ならブランカたちを責めるのはお門違いである。


 しばらくの間、誰もしゃべらなかった。


 リチャードは負けて戻ってきた。


「それではいくでありんすよ」


 凜はリチャードが席に着くよりも先に、立ち上がる。僕も慌てて凜の後ろをついていく。


 凜は扉を渡ると、ガンマさんのもとにはいかずに立ち止まった。今回もギャンブルをするのは僕のようだ。


 今までギャンブルをしてきたのは僕だから、何もおかしなことはないはずだが、また違和感を感じた。犯罪者と闘っているときに感じたものと似ている。


「それではギャンブル内容を決めてください」


「それじゃあポーカーで」


 全員がポーカーをしていたので考えることなく言った。結局は凜がいる限り、どんな内容でも負けることはない。


 ゲルマとやったポーカーではなく、インディアンポーカーである。カジノで行われる一般的なポーカー。初めに2枚のトランプが配られ、その2枚と場に出ている5枚のトランプ、計7枚のトランプで役を作り、相手と勝負する。自分の手が弱いときは降りたり、強いときはレイズしたりでき、運以外の要素も含まれる。


 初めに配られたカードはスペードのエースとダイヤのエースで最も強いハンド。


 一戦目は僕がかなりレイズした上で勝利を収めた。完璧な出だし。


 次に配られたトランプは3と9の柄違いで、かなり弱い。


 凜が付いているとはいえ、百発百中で強い手が来るわけではないので、とくに何も思わなかった。


 しかし、それがずっと続いたのだ。時々、良いカードが来ることもあったが、それでも凜が付いているとは思えない運のなさ。


 初めのアドバンテージは消え、徐々にガンマさんが優勢になっていく。


 僕は凜の方を見た。凜は無表情でただ立っている。いつもと変わらないように見えるが、なんだかいつもの堂々とした覇気が感じられない。


 そのまま僕は負けた。僕と凜は元の部屋に戻り、席に着く。


「すみません」


「あんなに威勢良く出て行って負けてるじゃない!」


 ベスは立ち上がり詰めてきた。


「姉さん、やめなよ。絶対に勝てるものでもないんだから」


「いや、言うわよ。命が懸かってるのよ。……」


「申し訳ないでありんす」


 凜が頭を下げる。その姿はただの小さな子供が謝っているものだった。大人相手に堂々としていて、爪を剥がされても表情を変えない、特別な存在の面影はない。


 ベスも子供に怒鳴っていることが恥ずかしくなったのか、もしくは凜の態度の変化に驚いたのか黙ってしまう。


 僕も隣で頭を下げている少女が誰なのか一瞬分からなくなった。


「もう一つクリアすれば良いだけでしょ。問題ないじゃん!」


 隣に座るケイシーは元気に言う。


「そうね、③をクリアして終わりにしましょう」


 ベスは選択肢など初めから一つしかないとばかりに言った。


「罪無い人を殺すんですか? そんなの無理に決まっているでしょ」


「何言ってるのよ。こうなったらしょうがないでしょ」


「僕はお兄ちゃんに死んで欲しくない」


 ケイシーもベスに賛成のようだ。


「ケイシーちゃん、僕は無意味に人を殺したくない。僕は⑤がいいと思う」


「何言ってるの。⑤は無理だって言ってたでしょ」


「でも、協力すれば誰も死なずに突破できるかもしれない。いや、このメンバーなら絶対いける! お嬢もそう思うよね」


「え、あ、そうでありんすね」


 いつもと違い歯切れが悪い。


 少しの間、僕とベスの言い合いが行われる。どちらも引くつもりはないことだけが分かった。


「それなら私が死のう。私は医者でありながら、人を殺そうとした。そして妻を失った。私は自分で妻を殺したのだ。もう生きる意味はない」


 ⑦は一人が犠牲になればクリアできる。リチャードは自分の命と引き換えにこのゲームを終わらそうとしていた。


「それはダメですよ、リチャードさん。人を殺そうとしたのは良くない、でも、あなたはただ巻き込まれただけでしょ」


 チーム戦であり、誰か一人でも死んだら失格になるかもしれない、ということは関係なく、リチャードさんには死んで欲しくない。もちろん他の人も同様で、無意味に人が死ぬべきではない。


 リチャードは俯いたまま何も答えない。


「多数決できまる。ルールでもそう書いてある。私たちは⑤を選ぶ」


 このままでは話が進まないと思ったのか、ブランカは断言する。


「そうね。全員が確実に生き残るためには③しかないのよ。分かってるわよね!」


 ベスはトリカとリチャード、ケイシーを見て言った。


 全員が注文を完了した。リチャードは⑦、ベスとトリカ、ケイシーは③。それ以外の4人は⑤。結果は⑤が選ばれた。


 

 ⑤化け物から逃げ切れ (6ポイント)

 全員参加。1時間化け物から逃げ切る。



「ごめん、お兄ちゃん。僕、お兄ちゃんを裏切っちゃったよ。嫌いになった?」


「なってないよ。僕こそごめんね。僕のために③にしてくれたんでしょ」


「うん」


 僕とケイシーは立ち上がり扉に向かう。他の人達も席から立ち上がった。だが、凜だけは動こうとしない。


「お嬢、行くよ」


「え、はい」


 やはり様子がおかしい。


 凜に何かあったのか聞こうと思ったが、ケイシーに腕を引っ張られてたことで話す機会を失ってしまった。


 凜は僕の後ろをついてくる。いつもは前を歩くはずなのに。


 僕達は全員扉に入った。

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