第20話 セカンドステージ

 待機室にガンマさんが入ってきた。第一ゲームはドアが開いたらゲーム開始だったが、第二ゲームは少し違うようだ。


「こちらのくじをお引きください」


 ガンマさんはいつものように何も無い空間から立方体の箱を取り出す。


「くじの番号により、チームが決まります。全てのチームは違う空間で、同じステージに挑戦していただくため、不公平はありません。チームの割り振りだけは平等にはできないため、くじで公平に決めさせていただきます」


「わかりました。お嬢、引く?」


「中二病が引いてくれるでありんすか」


「それじゃあ、これと。……3番です」


「ではこちらのドアへどうぞ」


 部屋にドアは一つしかないので入るドアは変わらない。きっと、また瞬間移動のような謎の技術が作動するのだろう。


 凜は僕の前を歩いて行く。


 ドアを抜けると高級中華店にある個室のような部屋に繋がっていた。


 部屋の真ん中には10人くらいが座れる赤い回転テーブルが置いてあり、椅子には3人が座っていた。


 二人は見覚えがあった。四賭才、オリビエ・ティアホールの付き人のブランカとシュバ。彼女たちは足が床につかない黒い椅子にちょこんと座っている。


 もう一人は見たことがない中年のおじさん。ブランカたちから一番離れている向かいの席に座っている。使い捨てではない、しっかりした素材の黒いビニール手袋を男ははめているのが特徴的。ブランカたちを睨んでいるような気がする。


「「良かった。また会えた」」


 ブランカとジュバは二人でこちらを見て、言った。改めてシンクロ率がすごい。


 ケイシーが襲いかかったから敵対するかもと少し不安だったが、その心配はなさそうだ。


「よろしくね」


 ブランカと席を一つ空けて凜が座り、ブランカと逆の右側に僕が座った。


 男の人にも挨拶しようとしたが、近づいたことで彼が苛立ちを必死に抑えていることが分かり、声をかけるのを断念する。


 僕たちが通ってきたドアが開く。


「あ。お兄ちゃん! やっと会えた!」


 ドアからはケイシーが飛び出てきて、僕に抱きついてきた。


「やっとってまだ10分くらいしか経ってないよ」


「10分もだよ。10分あれば、100人は殺せちゃうよ!」


 うん、きっと100人をメロメロにさせちゃうということだろう。


「あ!」


 ケイシーはブランカとシュバがいることに気づいたようだ。この部屋に入ってきたとき、僕しか見えていなかったのだろう。僕は急いでケイシーの腕を取った。


「お兄ちゃん?」


「今回はチーム戦だから闘うのは止めようか。え、聞いてる?」


 ケイシーの顔はふにゃぁぁとしていた。


「お兄ちゃんから触られるのは少し変な感じがして」


「あ。ごめん」


「離さないで!」


 腕を離そうとすると、ケイシーはぎゅっと抑えてきた。僕との力の差がありすぎて、腕が潰れそうだ。もちろん僕の腕が。


「わ、分かったから、離さないから。ちょっと力抜いて」


 ケイシーは僕の腕を掴みながら、僕と男の間の席に座った。


「ブランカちゃ、さんたちも、さっきのことは水に流してくれる?」


 さすがに、ちゃん付けは馴れ馴れしすぎるよな。


「問題ないです」


「私たちは初めから凜さんを観察するために参加しています」


 ドアが再び開く。


 胸元が大胆に開いた真っ赤なマーメイドドレスを着た女性。その後ろから、「姉さん、待ってよ」と言いながら眼鏡をかけた小柄な男性が入ってきた。


「あら、ガキとおじさんばっか。男と呼べるのは一人だけえ。それも普通っぽいやつだし。まあ、しょうがないわね」


 女性は高いヒールをカツカツと響かせ、僕のほうへとキャットウォークで近づいてくる。歩き方もそうだが、身長が高く、顔も整っていて、体型もすらりとしていてモデルのようだ。


 唯一モデルらしからぬところは胸である。具体的な大きさは分からないが、誰が見ても巨乳と言うくらいには大きい。それに加えて胸を前面に押し出し、男を虜にしようとする動き。


 確かモデルの人は適度な大きさが良いとされていたはず。そうでないとしても、胸を強調する職業ではないだろう。


「ねえ、僕、お姉さんと遊ばない?」


 女性は前屈みで誘ってくる。僕の目の前では女性の胸が服からこぼれそうになる。ドレスが数ミリ動けば大事なところが見えそうだ。


「イッタァァ!」


 テーブルの下で凜に脛を蹴られ、横からはケイシーに腕を強く握られた。


「二人ともどうしたの?」


「お兄ちゃん、どこ見てるの?」


 ケイシーと凜から殺気を感じて、すぐに弁解する。


「ああ。大丈夫だよ。僕は三次元にとどまっている女性には興味ないからね。まず可愛さが基準以下。それにエロさで勝負するのが僕的にはナシなんだよね。グッズとかでエロいフィギュアばっかり出るキャラとかいるけど、正直、そこをフィギュア化して欲しいんじゃないんだよね。僕が欲しいのは日常での服装バージョンだったり、アニメで出ている何気ないところを切り取って欲しいんだよね。つまり、何を言いたいかというと、まったく興奮していないから」


「ふーん。ガキが分かったようなことを」


 女性のこめかみあたりがぴくぴくしている。


「あ、違いますよ。お姉さんに魅力がないってわけじゃなくて。僕にとっては無いってだけで。とても綺麗な方だと思いますよ。普通の人から見たら」


 女性の機嫌はどんどん悪くなっていく。


「……本当に馬鹿にしようとかそういう気はなくて。ただ、僕の可愛いさ基準を満たしていないだけで」


 ダメだ。言えば言うほど、女性の怒りが増している気がする。


「お兄ちゃんに可愛いって言ってもらえないの、可哀想!」


 ケイシーは楽しそうに馬鹿にする。人間にナイフを刺すだけではなく、堪忍袋にも平気で穴を開けるタイプのようだ。


「これで全員のようでありんすね。脂肪を他人に見せつけられる勇気あるデブは無視して、ゲームを始めるでありんすか」


 まったく無視する気がない、無視する宣言をして、凜はケイシーに加勢する。


 二人とも本当にやめてくれ! 僕は心の中で叫んだ。


 僕たちが入ってきたドアが消えていた。そして、テーブルの上にはメニュー表のようなものが出現する。


 女性は腕を振り上げた。弟らしき人は女性は必死に止める。


「姉さん! 相手は子供だよ」


「社会の厳しさってもんを教えてあげるだけよ」


 ブランカとシュバまでも参戦する。


「暴力に頼る人」


「嫉妬する人」


「「胸が大きい人、醜き人です」」


 なんか今までと違って私情が入っている気がするんだけど。


「とりあえず、チーム戦ですし、軽く自己紹介でもしましょう」


 このままでは協力できないどころかゲームすら始められないと思い、僕がしきることにした。僕が原因でこうなった気がするけど気にしないでおこう。


 女性も弟に宥められ、僕たちの向かいに座った。


「僕は17歳で、名前が平々凡。こっちのお嬢がペアの露光凜」


「奴隷でありんす」


「とりあえずこのゲームの間よろしくおねがいします」


「僕はケイシー、お兄ちゃんの妹だよ!」


 みんなの前でも妹を名乗るようだ。僕は嬉しいから問題はない。


「僕はトリカ・アンドレです。凡さんと同い年です。こっちは姉のベス・アンドレ。姉はギャンブラーで僕はお世話係みたいな感じです。よろしくおねがいします」


 眼鏡をかけた弟のトリカの声はとても穏やかだった。それとなんだかシンパシーを感じる。主人の尻に敷かれるという意味で。


 トリカさん、一緒に頑張って生きてこう!


「ブス? 名前にすらそう言われてるの!」


 僕はケイシーが袋にナイフを刺すのを止めるために、腕を組んでいる彼女を自分の元にさらに引きつけ、彼女を自分の膝の上に載せてお腹に手を回す。


 彼女は頭を僕の胸に押しつけて、真上にある僕の顔を見て満足そうな笑顔を浮かべ、静かになった。


 ベスはこちらをずっと睨んでいるので、僕はへこへこしておく。


「私はブランカ。そしてこっちがシュバ。よろしく」


 最後の一人の中年の男性の番になったがしゃべらない。


「あのお。あなたは?」


「リチャード先生でありんしょう」


「お嬢知ってるの?」


「少し前にニュースになっていたでありんすよ。全ての手術を完璧にこなすスーパードクター、リチャード・ミルマ先生の失踪。確か専門は脳でありんしたか? その分野においては一人で医学の10年くらい進歩させたとまで言われていたはずでありんすよ」


「ああ。よく知っているね。私はリチャード・ミルマ。医者だ」


 貧乏揺すりを止め、とても静かな声で言う。


 なんでこんなところに有名な医者がいるのか疑問に思ったが、リチャードの鬱々とした雰囲気に気圧され聞くことができなかった。


 自己紹介が一通り終わる。


「とりあえず、ヒントとなりそうなのはそのメニュー表でありんすね」


 全員がテーブルの上にあるメニュー表に注目した。


 凜が僕に開けと顎で示してきたので、僕が代表してメニュー表を開いた。




 ルール

・多数決でメニューからゲーム内容を選択する

・10ポイント獲得で脱出扉が出現(メニューの隣に書いてあるポイントがゲーム成功時に得られる)

・⑦のみ複数回注文可能(①~⑥は一度のも)

・チーム戦である


 メニュー

①ギャンブル(ポーカーなど)  (5ポイント)

 全チーム参加。好きなギャンブルを指定して、ガンマと対決する。3勝以上でクリア。

②ロシアンルーレット     (4ポイント)

 全チーム参加。3分の1の確率で死ぬくじをそれぞれが1回以上引く。引いたくじは毎回戻す。

③人殺し           (4ポイント)

 全員参加。赤の他人をそれぞれ一人素手で殺す。殺す対象は運営が用意する。(罪ない人)

④拷問耐久          (6ポイント)

 3人以上参加。拷問を受ける。殺しはしない。精神が壊れなければクリアとする。

⑤化け物から逃げ切れ     (6ポイント)

 全員参加。1時間化け物から逃げ切る。

⑥犯罪者との決闘       (8ポイント)

 全チーム参加。それぞれのチームが犯罪者と対決。3勝以上でクリア。

⑦一チームが死ぬ       (5ポイント)

 一チームが死ねばクリア。方法は問わない。他のゲーム中での死亡はカウントしない。

 



 僕はメニュー表の中身をみんなに伝えた。


「ゲームを始めてください」


 どこからかガンマさんの声が聞こえる。それと同時にそれぞれの席の前にオーダーコールが出てきた。


「なかなか面白いでありんすね。このゲームは基本的に誰もクリアさせる気がないようでありんすね」


「「どういうこと?」」


 僕とトリカの声が被った。


「中二病だったら何を注文するでありんすか?」


「えっと、いきなり聞かれても。でもポイントが少ないものの方が簡単だと思うから、上3つとかかな?」


「でも、③は無理だから①と⑤が妥当じゃないですか」


 トリカが他の案をあげた。確かに③は僕には達成不可能そうだ。罪無き人を殺すなんてできない。そうじゃなくても素手は無理だ。


「そうでありんすね。トリカさんの案が一般人が一番取りそうなものでありんすね」


「おい、お嬢。あんまり……」


「いいですよ、凡さん。僕は実際、姉の付き添いで普通ですので」


 僕が言いたいことを理解したのか、トリカは気を遣ってくれた。凜は特に気にした様子はなく、話を続ける。


「このゲームをクリアする上で①をクリアするのは大前提でありんしょう。でも⑤を突破するのはほとんど不可能にちかいでありんす」


「何でだよ?」


「中二病は④をクリアできるでありんすか?」


「いや、無理」


 僕は即答した。凜に蹴られる程度ならいけそうだけど、それ以上のことなんて耐えられる気がしない。


「④と⑤はポイントが同じ。つまり似たような難易度ということでありんしょう」


「こんなゲーム、選択肢は一つに決まってるわ。①と⑦で決まりよ」


 ベスは胸の下で腕を組み、偉そうに言った。


「え? ⑦? それじゃあこの中の誰かが犠牲になりますよ」


 僕はベスが⑦の内容を理解していないのかと思い、問い返す。


「何言ってるのよ。一人の犠牲でクリアできるのよ。これはデスゲーム、何を当たり前のことを言っているの」


「ふふ。これだから栄養が胸にいっているブスは可哀想でありんすね」


「はあ! 誰がブスですって!」


「ルールにチーム戦と書いてあるのが見えないんでありんすか?」


「それが何よ」


「わざわざ、チーム戦である、なんて普通ルールに入れるでありんすか? こんな当たり前のこと」


「「私もそう思う」」


「①と⑦の合計が10なのがいかにも怪しい」


「そして⑦が複数回選べるのも怪しい。これはデスゲームであり、救済処置で3チームを確実にクリアさせる必要などない」


 ブランカとシュバが凜に加勢する。


「じゃあ何よ。これはクリア不可能だと言いたいわけ」


「そう言ったでありんしょう。クリアさせる気がないと」


「はあん、じゃあ諦めるのねえ。随分とお利口さんのお嬢ちゃんだこと」


 小馬鹿にするようにベスは凜達に向かって言った。


「ブスは本当にブスだね」


 今まで僕の膝の上で静かにしていたケイシーが追撃する。


「まるでブスを固有名詞のように使っているけど、ブスじゃなくてベスだからね」


「凜ちゃんは基本的にって言った!」


「そうでありんす。このメンバーなら⑥をクリアできんしょう」


「犯罪者との対決?」


 改めてメンバーを見ると、随分と凄い人がこのグループに固まっている。ケイシーとブランカ、シュバが負けることは想像できない。つまり2勝は確定。


「お嬢、もしかしてだけど」


「妾で3勝でありんす」


「大丈夫なの?」


「ケイシーさんたちよりは劣るでありんすが、普通の犯罪者なら大丈夫でありんしょう。それも中二病もいて数的有利なんでありんすから」


「ああ、そうか。チームごとってことは2対1で戦えるってことか」


「たぶん、相手は武闘派でありんすから、普通だったら2対1でも負けるでありんしょうけどね」


 凜がどれほど強いかは分からないが、ケイシー達と同様に凜が負ける姿も想像できない。


「話を勝手に進めないでよ。あんたらみたいなガキが犯罪者に勝てるわけないでしょ」


「普通のガキはこんなところにいないでありんすよ」


「大丈夫ですよ、ベスさん。第一ステージでほとんどのチームを減らしたのはケイシーちゃんとブランカさん達ですから」


「はあ?」


 ベスは僕に対して懐疑的な表情を向けた。信じられないのはしょうがないよね。でも事実だから。

 


 30分後。


「はあ?」


 ベスは同じ言葉を投げかけた。


 だが、様子はまったく異なる。ベスは開いた口が閉じなくなっていた。


 僕たちが座っているテーブルの上には四方から見られるモニターが置かれている。その映像の中にはケイシーと彼女を囲むように散らばった赤黒い内臓が映っていた。


 そして2-0とモニターには出てくる。僕たちは犯罪者相手に2戦2勝を達成した。


 一戦目はブランカが開始すぐに相手の首を落として終了。一瞬のことでモニターを見ていた一般人の僕たちには何が起きたか理解すらできなかった。


 二戦目はケイシーが相手の指を一本ずつ切り落とし、最後に体の中身を全て引っ張り出して殺した。一戦目とは違い、何が起きたか理解できたが、理解したくなかった。


「お兄ちゃん、褒めて褒めて!」


 ケイシーは試合会場、もとい死刑場に繋がる扉から戻ってきて、僕の膝の上に飛び込んでくる。


 僕はケイシーの頭をなでた。


「それでは次は妾の番でありんすね。いくでありんすよ、ロリコン」


「ケイシーちゃん、いってくるね」


 ケイシーを膝から降ろして凜の右斜め後ろの定位置をついていく。


 扉を抜けると、先程までモニターで見ていた石畳の闘技場のような場所へ出た。ケイシーの相手、というか相手だった物はそこら中に散らばったまま。


 吐きそうになり、口元を抑えた。第一ステージでも見たが、やはり慣れない。


「中二病、相手から目を逸らすとは余裕でありんすね」


「まったく余裕ないから。むしろ気を抜けば吐きそうだから」


 前に立つ凜を見ると、いつの間にかいつもの黒い日傘を持っていた。


 会場をよく見ると、散らばった内蔵や骨でLOVEと書かれている。ダイイングメッセージないしダイイングラブレターだ。


 そして、僕たちの前には筋骨隆々の大男が立っていた。


「それでは始めてください」


 どこからかガンマさんの開始の合図が聞こえる。


 相手はじりじりと距離を縮めてくる。


 僕たちよりも二回り以上太い腕を持つ相手が慎重になっている。前の試合を見ていたのだろう。こちらがただの子供ではないと警戒しているようだ。


 正直言って、一発殴られただけで気絶する自信、確信がある。


「僕はどうすればいいの?」


 小声で凜に聞いた。凜に全てを任すのも申し訳ないため、一応聞いた。


 凜は相手の方を見るだけで動こうとしない。まるでどこからでもかかってこいと言っているようだ。


「ふふ。面白いことを言うでありんすね。中二病は妾の奴隷でありんすよ。主人を守るのは当然でありんしょう」


 「離れて見ていてくれるでありんすか」と言われるものだと思っていたが、違った。どこからきても妾には肉壁がありんす、という意味で仁王立ちしていたらしい。


「はあ? 無理に決まっているでしょ。勝てるって言っていたよね?」


「そうでありんしたか? 妾のこの細くて美しい腕であんな大漢を倒せるわけないでありんす」


 凜は人形みたいにとても繊細で、少し力を入れただけで壊れそうである。


「というわけで頑張ってくるでありんす」


 僕が凜の腕に見惚れていると背中を押された。


 もう相手も近くに迫ってきていて、僕と相手は腕を伸ばせば届く位置にいた。


 相手はいきなり動いた僕に対して、一瞬ひるんだが、すぐに腕を振り上げてきた。


 あ、死んだ。


 僕は諦めた。少しでも痛みを感じないようにと、屈んで足腰に力を入れた。


 髪の毛に何かがかすった。どうやら一発目を避けたらしい。だが、すぐに次の攻撃が来るだろう。それを理解しても僕の体は屈んだまま動かない。


「お前は雑魚だな、うぐっ!」


 次の攻撃がこない、それに相手から悲鳴のようなものが聞こえた気がする。恐る恐る目を開けると、地面の一部が赤くなっていた。顔を上げると、男は右目を抑えて後ずさりしている。


「何しているんでありんすか? さっきも言ったでありんしょう。相手から目を離すなと」


「何したの?」


 なんとなく分かっていたが聞いた。凜が持っている傘の先に赤い液体が付いている。


「力がなくても、目は潰せるでありんしょう」


 まるで当たり前かのように言った。


「お前ら絶対殺してやる!」


 男は叫んで、こちらに突っ込んできた。冷静さを失っている。だが、実際、突っ込まれたほうがこちらはキツい。なぜなら一発でも当たれば終わりなのだから。


「ふふ、中二病、少し離れているでありんす」


 凜に再び背中を押される。今回は男から遠ざけるように。


 男は僕の方を見ることなく凜に突っ込んでいった。


 男は凜に向かってパンチを繰り出す。凜は首を少し傾けることで避ける。


 次は蹴りを繰り出してくる。凜は後ろに引いてかわす。


 何度も男は凜に攻撃するが、凜は全てを避けていく。


 まるで踊っているように優雅に凜は相手の攻撃を避ける。


 その凜の姿を見て、僕は何か違和感を感じていた。


 凜の傘を持つ手に力が入るのが分かった。相手は凜の顔しか見えていないのか気づいていない。


 凜は男の回し蹴りを上半身を反らすことで交わすと、傘を目に向かって突き出した。が、傘はギリギリ目に届かなかった。


 男が凜のミスに対し、ニヤッと笑った途端、バサッと傘が開いた。相手の体がのけぞったが、相手はすぐに一歩踏み込もうとすると、傘が落ちた。傘の後ろに凜がいなかった。


 相手は視線を彷徨わせた。相手が凜の姿を目に収めたときには、凜は相手の目の前に迫っていた。


 凜はアッパーのように右手の人差し指を相手の左目に下から突き刺した。そして、すぐに距離をとり、傘を拾い上げた。


「ガンマさん、これでお終いでありんすか?」


 相手はもうこちらを見ることができない。戦いは終わったも同然だった。


「まだだ!」


 ガンマさんが声を発する前に男が叫んだ。


「降参、もしくは死ぬまで試合は終わりません」


 ガンマさんの声が響いた。


「分かったでありんす。時間ももったいないでありんすし、あと数分で終わらせるでありんしょう」


 どうするつもりなのだろうか? 確かに凜は強いが、攻撃力があるわけではない。鍛えられた男を殺すにしても、降参させるにしても何十回も攻撃しなければいけない。


「っふ!」


 男から声にならない叫びが聞こえた。


 男の方を見ると、凜の傘がヒットしていた。お腹や足なら、あんな叫びはあげないだろう。凜の弱い力での攻撃など受け慣れているはずなのだから。


 だが、凜の傘は目と同様に鍛えられない場所にヒットしていた。全世界の男の弱点である、大切なアソコに。


 それから3分くらいは見ていられなかった。男の叫びが聞こえるたびに、自分のアソコにも痛みが走る。


「降参だ……」


 その言葉で僕たちの勝利が決まり、同時にチームでの勝利も決まった。


 みんなが待っている部屋に戻ると、トリカが股らへんを抑えていた。とても理解できる。


 ケイシーが僕に飛び込んできた。僕はとっさにアソコを守ろうとする。もちろん、ケイシーが狙っているわけもなく、ただ僕に抱きついてきた。


 僕はケイシーを抱っこしながら席に戻る。凜も席に着く。


「とりあえず8ポイントゲットでありんすね」


「そうね」


 ベスの顔は引きつっていて、威勢がよかった声も鳴りを潜めていた。


 まあ、そうだよね。こんなに危険な女の子たちに喧嘩を売っていたんだから。

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