第19話 殺し屋

 大きな息を吐き出し、尻餅をつくように座った。


「はあ。とりあえず第一ゲーム突破だね」


「そうでありんすね」


 僕とは違って、凜は無表情。凜にとっては第一ステージくらいは突破できて当たり前のようだ。


「結局第一ゲームの隠し要素は拳銃があったことなのかな?」


「どうでありんしょうね。少なくともケイシーさんやブランカさん達には拳銃くらいでは勝てそうもないでありんすがね」


「そうだね。でもケイシーちゃんとあの二人は例外みたいなところもあったけどね」


 たぶん銃が何個か隠されていて、銃を見つけた人が有利にゲームを進めていけるという流れになるはずだったのだろう。それが、ケイシーやブランカたちにより、想像以上にハイペースでゲームが進行し、銃があまり見つからないうちに終了してしまった。たぶん、そんなところだろう。


 もしかしたら銃よりもすごい武器があったのかもしれない。でも、こんな短い時間では見つけられなかったか、条件が満たせなかったのだろう。今更どうでも良いが。


「というか僕、ケイシーちゃんいなかったら死んでたよね」


 ゲームクリアの達成感で忘れかけていたが、改めて最後の銃を撃たれた場面を思い出す。


 本気で死ぬかと思った。


「それより次のゲームの準備をしんしょう。紙には何って書いてありんしょうか」


 僕は立ち上がり、紙が貼られている壁の前に移動する。


「えっと、第二ステージはチーム戦で、複数のチームで協力して館から脱出せよ、だって」


「第一ステージとはまったく違う内容でありんすね」


「でも、殺し合いよりは良さそうだね」


「まあ、そうでありんすね。あとは脱出ゲームの難易度次第でありんすけど」


 それから次のゲームが始まるまで僕は座って休憩する。凜は何か悩んでいるように、視線を空中に彷徨わせていた。





 ケイシーの待機室。


「お兄ちゃんに会いたい会いたい! 会いたーい! お兄ちゃんと会わせろ会わせろ会わせろ! 会いたい会いたい、お兄ちゃんどこ!」


 ケイシーはドアや壁を蹴ったり、殴ったり、地面で転がったりと、おもちゃを買ってもらえない子供のように癇癪を起こしていた。ドアや壁への衝撃だけは子供らしくなく、普通のドアだったら鉄製でも木っ端微塵になっているだろう。


「さっさとゲーム始めろ!」


 待機室に戻ってずっとこんな感じのため、次のゲーム内容など確認していない。ゲームが始まれば凡に会えると思っていた。


「イタ!」


 勢いよく跳び蹴りを壁に食らわせたことで頭から床に落ちる。特に痛みを感じたわけではないが、少し落ち着いた。


 ケイシーは凡の顔を思い出す。というよりも、凡に可愛いと褒めてもらってから頭の中にはずっと凡の顔が浮かんでいる。自分が強敵と認めたブランカたちと闘っているときでさえ、凡の顔が頭から離れることはなかった。


 ケイシーにとって人と会いたいと思うことは初めて。殺し屋をしているときに、仕事を早く終わらせたくてターゲットに早く会いたいと思ったことはあるが、それは会いたいではなく遭いたいだ。


 もしかしたら生まれたときは両親に会いたいと思っていたかもしれない。だが、そんな感情はすぐに上塗りされた。いや、愛情とかの殺しに不要な感情を消された。


 ケイシーは殺し屋一家に生まれた。水色の髪と瞳のケイシーは忌み子とされ、殺されるはずだった。ケイシーを生んだ責任として母親自身が殺すことになった。母親は自分の子を殺すことを何とも想っていない。それがケイシーの家族では普通。情に流され、依頼を達成できないようでは殺し屋としてはやっていけない。


 母親がケイシーの心臓にナイフを刺そうとしたとき、ケイシーは赤ちゃんでありながら必死に腕を母親へと伸ばす。そして、母親の腕に触れる。その瞬間、母親は力が抜けたかのようにナイフを落とした。


 最凶と裏世界で恐れられる殺し屋としては、手が滑ったなどあり得ないミス。


 しかしそれは母親のミスではなかった。母親の右腕は支えを失ったようにグニャグニャになっていた。


 そしてケイシーの小さな手には白い骨が握られていた。腕の形の。


「ついに生まれた!」


 当主の祖父は突然立ち上がり、声を上げる。家族の中で最も殺し屋として優れている祖父が感情を露わにする姿は家族の全員が初めて見た。


 相手の外側、皮膚を傷つけることなく、内側、内臓や骨などを取り出す技術。これこそがケイシーの家で代々引き継がれてきた秘伝の奥義。


 実際は、肌を突き破り、内臓を引きちぎるだけのこと。だが、それを一瞬でやることにより、肌の細胞が破られたことを認識できずに表面には傷が残らないというわけだ。


 当主の祖父や父などの限られた人にしかできない技。それでも、少し傷が残ったり、内臓の一部しか抜き取れない。


 だが、ケイシーの技はレベルが違った。腕の骨という硬いものを傷一つ残さずに取り出したのだ。それも生まれたばかりの状態で。


 これは専属の付き人から聞いた話。生存本能でも働いたのだろう、もしかしたらこの時から人を痛めつけたかったのかもしれない。


 それから僕は忌み子としてではなく、才能ある殺し屋として育てられた。


 人を殺していくうちに、殺すことに楽しみを見いだした。苦しむ顔が好きになった。闘うことが好きになった。殺すことが好きになった。


 殺し屋の仕事は標的を確実に殺すこと。証拠を残してはならない。闘うなど論外。だからこそ感情を消すように教育される。


 そのため、戦うことに喜びを見いだす僕は、家族の中で厄介者となっていた。だが、能力が優れていたこともあり、殺されることはなかった。


 陰では髪と瞳の色を馬鹿にされた。それ以外にも悪口を言われた。別に気にはならなかったが、仕事が回ってこないことと、人を殺せないことには苛ついた。


 仕事以外で人を殺そう、家族を殺そうなどと考えたこともあったが専属の使用人に止められた。今考えればなぜそいつに従ったのかは分からないけど。


 使用人は殺し以外に楽しいことを見つけましょうと提案してきた。あのときの僕は殺し以外何も知らなかった。


 いろいろなものを経験したが、一番興味が湧いたのは恋愛ドラマ。男性に褒められたり、好きなどと言われたときの女性の幸せな表情が気になった。


 僕が殺しを楽しんでいるときのような顔をしていた。


 実際はケイシーの勘違いで、ケイシーの殺しを楽しむときの顔は口だけが歪んでいるような不気味な笑顔であり、ドラマに出てる女性の笑顔とはまったく違う。


 特に可愛いと言われた時に嬉しそうな女性が多い。だから、僕は可愛いと言われてみたいと思った。それを使用人に伝える。


「それは無理ですね」


 殺しそうになったが、殺す前に理由だけは聞いておこうと思った。


「なんで?」


「人を殺して笑っている人を誰が可愛いと思うんですか?」


「なんで?」


「人を殺すことは悪いことなんですよ」


「なんで?」


「一般的にそういうものなんです。ドラマにも人殺しなんて出てこないでしょ。だから、まずは人を殺すことを止めましょう」


「それは無理。だって楽しいもん。このままの僕を可愛い、好きって言ってもらいたい」


「すごい、こんなこと世の中で言ったら笑われますよ。何の努力もなしでモテたいなんて。でも、もしかするとあそこならいるかもしれません」


「それじゃあ、行こう」


 容姿を馬鹿にした人だけは殺してから出てきた。使用人に連れてこられたのがここ、チルトである。


 僕たちはお金を持っていなかったため、ここに来てすぐに牢屋につれてこられた。


 ゲームが始まる前に待機室に案内される。


「本当にこんなところに僕を可愛いと言ってくれる人いるの? というか使用人は僕のこと可愛いとは思ってくれないの?」


「えっと……私はちょっと、遠慮しておきます」


「それなら殺すよ!」


「そういうところが、無理なんですよね。あはは。それと一つだけアドバイスです。女の子は普通、自分のことを私と言うんですよ」


「そんなこと知ってるよ。一緒にドラマたくさん見たんだし。僕はこのままでいいよ。だって、ここには素の僕を受け入れてくれる人がいるんでしょ」


「ケイシー様らしいです」


 これが使用人と最後の会話。


 ゲームはペアを分けるものだった。次に待機室に戻ったときには、使用人は帰って来なかった。自分以外に殺されたこと以外は特に思うこともない。


 しばらく経ったころ凡達に会う。


 凜を見た時、殺しがいがあると感じたが、予想以上に弱かった。見誤ったのかと思ったが、凜はナイフを首に突き立てても顔色ひとつ変えない。少し予想とはズレたが面白いと思った。


 この無表情を苦しむ顔にしたい。手足をばらばらにしようかとも思ったが、それでも苦しまなかったら、苦しむ顔を見る前に死んでしまう。そのため様子を見ることにした。


 一緒に行動していて気づいた。のではないかと。


 僕は凡の後ろに立った。そして、ナイフを取り出し凡に近づく。あえて、凜がこちらに気づくのを待ちながら。


 凜がこちらに気づいたときとても慌てた表情を見せた。自分の考えが正しく、これで凜の苦しむ顔が見られると、ほんの少し油断した。殺す男が弱すぎたことも影響していただろう。


 そのせいで胸を触られた。普通だったら体に触れそうになった瞬間に首を飛ばしていただろうに。


 でも問題はそこではない。


 「可愛い」と言われたのだ。


 僕が望んでいた言葉を言われた。頭の中で「可愛い」が反響する。


 まったく予想していない。こんな普通の人に言われるとは思ってもいなかった。それも、僕が人を殺した場面を見ていたにもかかわらず。


 心拍数が上がる。強敵と対峙したときと同じ現象のはずなのに何かが違う。


 顔の筋肉が緩む。人を苦しめているときと変わらないはずなのに何かが違う。


 自分の感情が分からない。


 でも、もう一度「可愛い」と言われたい。


「可愛い? それって僕のこと?」


 可愛い、と言って!


「ねえ? 聞いてるの?」


 早く。可愛い、と言って!


「え、はい。会った時から可愛いと思ってました」


 動いていないのに呼吸が乱れる。心臓が痛い。


 それから彼は僕のことを褒めだした。


 容姿も、性格も、好きなこと殺し、全て受け入れてもらえた。それどころか全てを褒めてくれたのだ。


 「僕のこと好き?」と聞こうと思った。でも、なぜか「僕って魅力的?」と聞いていた。理由は分からないけど、とりあえず妹でいいやと思った。とにかく凡、お兄ちゃんの側にいれれば満足だから。


「早くお兄ちゃんに会いたい!」


 お兄ちゃんとの出会いを思い出したら、会いたい欲がさらに膨れ上がった。

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