第17話 可愛い
「生存者が増えたかもっていうのが一つ目の良い知らせで、もうひとつは何なんですか?」
「たった今、その良い知らせはとっても良い知らせになったよ。四賭才の付き人の二人もこのゲームに参加していること」
「どこが!? ……ですか」
ケイシーはさっと僕の脇に移動して、腕を組んできた。そして上目遣いで言う。
「ああそうだった。間違っちゃった。とっても悪い知らせです。お兄ちゃん、僕怖いよ。守ってね!」
元気な声から怯えるような可愛らしい声になった。
可愛すぎる!
殺人鬼であることを忘れてしまうほどの可愛さだ。彼女は殺人鬼である以前に脳殺人鬼だ!
「どうやら端末で生存チーム数が見られるようでありんすね。今の残りは95でありんすね」
凜は僕らの茶番を無視して端末を眺めていた。
「僕が3チーム殺したから、それ以外に2チームが殺されたってことだね」
ケイシーは僕から離れた。
「参加チームは約100チームでありんすから、ケイシーさんしか殺していない可能性もありんすけどね」
「それより、このゲームには説明に書かれていないルールとかがあるってことだよね」
「そうでありんすね。実際、生存者が端末に表示されるとは書いていなかったわけでありんすから。それに何かしらないと普通の人では何もできないで終わるでありんしょうしね」
凜は視線を僕らから外して、上の方を見た。
「まさか何もないつまらないゲーム、ギャンブルを管理者様が作るわけないでありんしょうね」
ホール全体に聞こえるくらい大きめの声で言った。
ホールにいる3チーム全部がこちらを見た。
「何してるの!」
「あれでありんす」
凜が指さした天井を見るとカメラが設置されていた。
「音声が聞こえているは分かりんせんが」
「僕が観戦したときは第三ゲームとかの人が減ったときは大きな画面に一つの映像が音声ありで流れてたけど、最初らへんは、画面が分割されていて、たくさんの映像が流されてたよ」
「そうでありんすか。でも、見ているのが一階層だけとは限らないでありんしょう。それも四賭才という有名な人が賭けたとなると。上の人たちは個室とかで見たい映像を大画面で見ているでありんしょうしね」
「それならむしろ、なんで挑発みたいなことしてるんだよ。目をつけられたら困るだろ!」
「むしろ逆でありんすよ。面白がって賭けてくれるかもしれないでありんしょう。上の階層の人たちはたくさんチップを持っているのだから。そしたら、妾達が生き残ったときにもらえるチップの量は増えるでありんしょう。どうせ二階層に上がれないことにはチルトからは出られないのだから」
僕は感心した。僕と凜とでは見ているものが違いすぎる。僕はこのデスゲームをどうやって生き残るかに必死になっているのに、凜はその先まで見ていた。
「ケイシーさんがいる妾達にとっては何の仕掛けもないほうがいいんでありんすけどね。ということで早速動き出しんしょうか」
「そうだね。じゃあ、まずここにいる全員殺しちゃうね」
「お願いするでありんす」
5分も経たずにホールの中にいた2チーム計3人が死んだ。もう一チームは他チームが殺されている間に他の部屋へと逃げた。
目の前で人が死んだ。首が飛んだ。心臓が刺された。テレビや本の中だけのことが目の前で起こった。
ケイシーは殺し終えると僕たちの前に戻ってきた。人を殺したことを一切感じさせない笑顔で。
「お兄ちゃん、褒めてよ」
ケイシーに肩をつつかれた。ケイシーの顔にはまだ乾いていない真っ赤な血がついている。
「ひぃぃ!」
後ろに尻餅をついた。
「ごめん、違うから」
ケイシーを怖がるのはお門違いだ。彼女が他チームを殺さなければ、僕たちがこのゲームを勝ち上がることはできない。つまり、彼女がいなければ僕たち自身が人を殺さなければならなかったんだ。それなのに、彼女だけを人を殺した悪者扱いするのはおかしいことだ。
分かってはいるが、それでも人を殺した彼女に恐怖を感じてしまう。
「さっさと次の部屋に行くでありんすよ」
凜の言葉で僕たち3人はケイシーが来た扉と反対の扉を通った。
「残り60チームでありんすか」
凜は端末を見ながら言った。
ケイシーだけで20チームくらいは殺していた。
「ペース的に妾達以外にも複数のチームを殺している人がいるでありんしょうね」
何度かホールを移動して分かったことだが、このゲームが行われているステージは同じホールが5✖5の正方形として配置されている。僕たちは、今、ステージの隅のホールに居る。僕たちがいるのが下側だと仮定すると、僕たちは下2列のほとんどのホールを回ったことになる。
「凡!」
普段表情を変えない凜が、焦燥感に駆られているような顔をしてこっちに走ってきた。僕は自分の何が原因かは分からないが、また蹴られると思い、体が自然と後ろに反れた。
僕は体勢を崩し、後ろに倒れそうになったタイミングでケイシーの声が後ろから聞こえた。
「やっぱりこっちが正解だった! へぇ?」
ケイシーから変な声が漏れた。
僕は倒れてなかった。何かに支えられていた、というか何かを掴んで耐えていた。
むにっ。
しっかりと手のひらに柔らかい感触を感じた。僕の神経の全てが手のひらに集合したように、手のひらの上で流れる時間だけがスローモーションになった。
これがゾーンなのか!
自分の置かれている状況が一瞬で理解できた。倒れそうになった僕は、ケイシーの胸をつかんだことで倒れていない。
1秒にも満たない時間で僕はケイシーの胸を堪能した。
「可愛い」
あっぶな。危うく柔らかいと言うところだった。なんとか視線だけはケイシーの顔に向け、顔の感想をいうことに成功した。
僕はすぐにケイシーの胸から手を離す。
僕はベータさんの胸を触った後に凜とした会話を思い出した。
「あの一瞬で感触なんて確かめられるわけないだろ」という台詞は心の中でだけ撤回しておこう。変態だとは認めないけど。
凜は僕の方を見ているがさすがに気づかれていることはないだろう。ないと信じたい!
「可愛い? それって僕のこと?」
凜からケイシーに視線を移した。彼女は俯いていて、顔がよく見えないが、赤くなっている気がした。それに右手にナイフが握られ、左手は心臓あたりを抑えている。まるで殺す衝動を抑えているようだ。
ヤバい。殺される。
挽回しなければ。まず何がいけなかった。ボクっ娘に可愛いは良くなかったか。それとも胸に触れたことか。
「ねえ? 聞いてるの?」
「え、はい。会った時から可愛いと思ってました」
焦って聞かれたことを素直に答えてしまった。話し始めた以上、止まるわけにはいかない。止まった瞬間に殺されるかもしれないのだから。とにかく褒めてやり過ごすしかない。
「まず顔が可愛い。3次元の域を逸脱してる。水色の髪と瞳はパライバトルマリンを想像させるように透き通っていて綺麗だし。肌も負けないくらい透明感あって綺麗だし。そして、一人称がボクってところ。クール系もいいけど元気なボクっ娘も全然あり。むしろ妹にしたいのは元気な方で、兄に構ってくれるほうが良いし。変な意味はないけど接触が多いのはなんか兄妹としては仲いい感じでいい。極めつけは殺し屋ってこと。こんなに可愛い娘が人を平気で殺すギャップが良い。個人的に、純粋なキャラよりもネジが一つ二つ飛んでいるようなキャラの方が魅力的に思うんだよね。そんなキャラが時折見せる笑顔とか、特定の人にだけ見せる笑顔とか最高でしょ。それにパライバトルマリンの石言葉が『純粋で偽りの無い真実』であるのに対し、殺し屋という裏の顔を隠していたっていうのもポイント高い。そういうところも一種の異常性を醸し出していて良い。お兄ちゃんにおねだりするときは可愛い妹みたいになるのも良かったし。というか兄貴呼びももう一回、いや何回もやってほしい」
ケイシーは少しの間黙っていた。
「本当? 僕って魅力的?」
僕はうなずいた。褒めようとして褒めたけど、全て事実だった。こんな生死の境に立たされた状態で噓なんてこんなにスラスラと思いつかないし、噓をつくならもう少し整理して褒める。最後の方なんてぐちゃぐちゃになってしまった。
もちろんこれは二次元の話だ。自分が読者で、フィクションの中のキャラだったら大好きという意味だ。三次元の人を褒めるというのにキャラとか言っている時点で分かるだろう。
「あとパライバトルマリンって何?」
「幻の宝石と呼ばれる宝石の一つだよ。二次元好きにとって宝石は必修科目だからね」
焦りすぎて余計なことまでいってしまった。
ケイシーのナイフを持っている右手が動いた。
待って。こんな変な言葉が最期の言葉は嫌なんだけど、という僕の心配は、ケイシーがナイフをしまったことでなくなった。
「ケイシーさん、どうしたんでありんすか? 何で中二病を殺さなかったんでありんすか?」
ケイシーの顔がほころんだ。
「そのつもりだったんだけど……」
やっぱり、僕殺されそうだったんだ。可愛いってのに対しては怒ってなかったから、たぶん胸を触ったことが原因だろう。あとで謝っておこう。
ケイシーは僕の腕を取り、上目遣いで言った。
「お兄ちゃんはどうやら僕に本気で妹になって欲しいようだから。殺すのはやーめた!」
二次元の可愛くて元気なボクっ娘は妹に欲しいけど、ネジが取れた殺人鬼という裏の顔を持った妹が欲しいわけではない。あくまで二次元のキャラとして魅力的で好きなだけ。もちろん、こんな状況で言えるわけもないけど。
「ねえ、お兄ちゃん!」
やっぱり欲しいかも。だってこの笑顔をしているときは悩殺人鬼だもん。人を不幸にしない殺人鬼ならいいでしょ。
「うん、ケイシー!」
「僕はちゃん付けで呼ばれたい! そっちのほうが女の子っぽいし」
「そう? じゃあ、改めて。可愛い、ケイシーちゃん!」
「大好き、お兄ちゃん!」
バカップルのようなやり取りをした。
上側の扉が開き、男二人が入ってきた。
男たちはホールに居るのがか弱そうな幼女二人と僕だけなのを見て安心しているようだった。襲ってくる様子がないことから上から逃げてきたのだろう。
「それじゃあ殺してくるね」
まるで子供が遊びに行ってくると言う感覚でケイシーは言った。それにつられて僕も「いってらっしゃい」と返してしまった。
ケイシーは男たちの元へまっすぐ歩いた。男たちは彼女が近づいてくるのに気づき、身構えた。彼女が子供だから負けないと思っているのか逃げようとはしない。
ケイシーのシャツは血が染みこみすぎて、もう赤いシャツにしか見えなくなっていた。
「これ以上近づいたら闘うってことと見なすぞ。子供だからって手加減しないからな」
ケイシーは血がべっとりついたナイフを服から出し、捨てた。
男たちはケイシーが何をしているのか理解できないような顔をしていた。せっかくの武器を捨てるなんて僕にも訳が分からない。
だが、その理解不能の行動のおかげか、ナイフに血がついていることに男たちは目が向いていないようだ。もし、気づいたら逃げるだろう。
ケイシーはこちらに振り返った。相手を惚れさせようとする肉食的な乙女の顔をしていた。
「お兄ちゃんはネジが抜けてれば抜けてるほど好きらしいので、僕は自分を解放できる。そしてさらに好きになってもらう!」
そこまで言っていないけど、実際、好きになるキャラは相当ヤバいやつなことが多い。
一人の男は180センチくらいあり、ケイシーと並ぶと50センチくらい差がある。男の迫力とケイシーの可愛さを加味すると二倍くらい差があるのではと思える。
「私をこんなふうに育ててくれた家族に感謝だね。それとごめんね、勝手に家出して。でも気味悪がってたし、厄介者扱いしたんだから当然の報いだよね。でもそれも許すよ。だってお兄ちゃんと出会えたんだから」
ケイシーの過去がほんの少しだけ分かった。僕は殺人鬼は自分と別種だと思っていたが、実際はそこまで違くないのかもしれない。ただ育った環境が違うだけなのだろう。僕と同じく悩みを持って生きているのだろう。
「お兄ちゃん、僕を見てて!」
ケイシーは男たちとの距離が一メートルを切っているというのに、後ろにいる僕の方をまだ見ていた。
「危ない!」
男たちはケイシーが隙を見せたところを狙って二人で襲ってきた。
男たちはケイシーの脇を通り過ぎた。正しくは、彼女が男たちの間を抜けたと言ったほうがいいかもしれない。
ケイシーは赤い鞭のようなものを両手に持っていた。持ち手から2メートル弱くらいは太く、その先は細くなっている。昆虫の体を構成する節のような楕円形が何十個も繋がっている。全長8メートルくらいある。
巨大ムカデの先に巨大ミミズがくっついたようにうねうねと動く。
僕は口を抑えた。
僕の胃の中からいろいろなものが浮いてくる。見ててと言われたため、目を逸らすわけにもいかず、僕は吐き気を我慢するしかない。
男たちは膝をつきお腹に手を当てていた。
ケイシーが持っているのは男たちの腸だった。
「ははは」
元気な笑いではない。目も笑っていない。口の端だけが般若のように卑しく上がっていた。だが、本心から楽しんでいるのだと感じた。
ケイシーは腸を鞭のように男たちの真横に打ちつけた。ベチャベチャという音を立て、赤い絨毯の柄を赤色で塗りつぶした。
「さあさあ、苦しむ顔を僕に見せてよ!」
男たちが動くことはない。動けない。
もう一度、地面に叩き付けると、持ち手付近で腸が切れた。ところどころ腸は破れ、便のような茶色い物体と赤黒いものが床に散らばった。
僕が我慢していたものは一気に口から吐き出された。
ケイシーの方を見ると僕が吐いたことには気づいていなかった。僕は吐き出した物を靴で踏み、絨毯に染みこませた。
その間もケイシーの攻撃は続いており、どこの部位かわからないが、生々しいものがそこら中に落ちていた。さらに手の骨と思わしきものなども転がっていた。
「お兄ちゃん、今回はこれくらいでいい?」
男たちに向けていた邪悪な笑みではなく、幼さの残った満面の笑みを僕に向けた。
僕はうなずいた。ケイシーが僕と似ていると言ったのは撤回する。明らかに違う。もう祖先が人間と恐竜くらいに違う。
男たちはすでに意識を保っていなかった。ケイシーが男たちの頭に手を近づけると、次の瞬間にはケイシーの手に人間の頭蓋骨が持たれていた。
そして、彼女は両足で高く跳び、骨を抜き取った皮だけの男たちの頭に踵落としを決めた。骨を失った顔はぐにゃりと変形し、頭と顎がくっつき、最後には破裂した。
ケイシーは僕の方にちょこちょこと軽い足取りで近づいてきた。顔全部が血で汚れていた。
一度吐いたからなのか、人が死ぬシーンになれたからなのか、脳が麻痺しているからなのかはわからないが、なんとか彼女を向かい入れることができた。
たぶん、ここで拒否したら殺されると生存本能が働いたのだろう。
今まで一緒に行動しているときのケイシーはナイフを心臓に一刺し、首をかっきるなど無駄のない殺しをしていた。
だから疑問に思っていた。このゲームでケイシーと出会ったとき、彼女の服があんなに血まみれだったのか。
たった今、その疑問は解消された。できれば知りたくなかった。
「どうだった、お兄ちゃん。僕のこともっと好きになった」
「うん。ケイシーちゃんはカッコ可愛い!」
こんなときでも彼女の笑顔は可愛いと思ってしまう。僕は彼女の顔についた汚れを拭き取った。
彼女はとても満足そうな顔をして、抱きついてきた。変な意味なしで、柔らかくて良い匂いする。匂いは錯覚の気がするけど。
天国!
目を開くと、ケイシーの後ろに倒れる無残な死体。地獄!
目を閉じると、天国!
閻魔大王は毎日こんな生活なのだろうか? 上を見れば天国、下を見れば地獄。いや、違うか。
「とりあえず違う部屋に移動しようか。また誰かくると危ないし」
とにかくこの部屋から出たかった。
三人で上のホールへと移動した。僕と凜は飛び散った臓器を避けながら進み、ケイシーは子供が水たまりにわざわざ飛び込むように、臓器を踏み荒らしながら進んだ。
「ネジが飛んでいて、可愛い小さな子が好きなんでありんすね」
凜は小声でぶつぶつ何かを言った。
「何か言った?」
「毎回毎回、胸ばかり触って胸派なんでありんすね、って言ったんでありんすよ」
「狙って胸触ってるわけじゃないから。それにどちらかというと、脚派。そういえばお嬢、僕の名前呼んでなかった? イッタァァ!」
「ただ無性にイライラして中二病を蹴りたくなっただけでありんす」
やっぱり蹴ろうとしていたのか。
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