第16話 デスゲーム開幕
ケイシーがガンマさんに呼ばれた少し後、凡たちもガンマさんに呼ばれた。牢屋から出ると、何も無い真っ白な小さな部屋に案内された。
「ゲーム内容はそちらの紙に書かれています。10分後にこちらの扉が開きます。それがゲーム開始の合図になります」
ガンマさんは今入ってきた扉を指して言った。扉を通るたびに他の部屋に繋がるのは、ここでは当たり前のことらしい。
「それでは健闘を祈っております」
ガンマさんは扉から出て行った。
凜は壁に貼り付けられている紙を顎で指した。読めということだろう。
「ゲーム内容。このゲームで生き残った者には少なくとも10万チップが与えられる。ゲームは3つ。第一ステージはバトルロワイヤル。参加チーム約100チームが50チームになった時点で終了。第二ステージと第三ステージの内容は、一つ前のステージが終わったタイミングで伝える。だってさ」
デスゲームと聞かされていたため、殺し合いが行われることも予想はしていた。だから、驚いたりはしないが、実際にルールとして具体的な数字などを出されると恐怖を感じてしまう。本当に殺し合いが今から始まるのかと。
凜はつまらなそうに、何も無い部屋を見回していた。
「本当にケイシーちゃんと同盟を組むのか?」
ガンマさんに呼ばれる前にも僕は同じ質問を凜にした。
「まだ言っているのでありんすか? 妾はケイシーさんと同盟を組むと言ったでありんす。妾の言うことは」
「絶対でしょ」
「そうでありんす」
凜の答えが変わることはやっぱりない。
「そんなにケイシーとの同盟をこだわる理由があるの? 殺人鬼だよ。危険すぎるよ。実際、お嬢も殺されかけたんだよ」
「協力できるならプラスしかないでありんしょう。ケイシーさんは二度目の参加と言っていたということは、一度このデスゲームを生き残っている。妾達よりも情報を持っているし、妾達より圧倒的に強い」
「そうじゃなくて、いつ僕たちが殺されるかわからないじゃん」
「そんなのは同盟を結んでいても結んでいかなくても変わらないでありんしょう」
「そうだけど、裏切られる可能性があるなら、初めから関わらないのが一番じゃないの」
「妾だけじゃ……いや、何でもないでありんす。妾が中二病のことをロリコンじゃないと言えば、ロリコンではないとなるように、妾の言ったことは絶対でありんす」
「いや、もとからロリコンじゃないから!」
扉がひとりでに開いた。ゲーム開始の合図だ。
とにかく生き残ることを考えようと、気合いを入れた。
「行くでありんすか」
扉を抜けると赤い壁に赤い絨毯、シャンデリア、四方の壁に大きな門のような扉が一つずつ。ゲルマとギャンブルしたときと同じ構造のホールだった。シャンデリアが落ちていないことと、ポーカー台が複数置かれていることから同じ部屋ではないことが分かる。
異世界みたいなこの場所ならシャンデリアを一瞬で修理したりできそうだから、絶対に違うとは言えないが、ゲーム参加者以外が居るわけもないのだから、違う空間だろう。
ホールの中には僕たちを含め、4組のチームがホールの隅にばらけていた。
「どうする、お嬢」
「とりあえずこのままでいいでありんしょう」
凜は身構えることなく、自然体で部屋の中を見回していた。
「そんなにのんびりしていて良いのか?」
「普通に考えれば、動くメリットがないでありんすからね」
「どうして?」
「第一ステージは生き残ればいいんでありんすよ。殺したからといってポイントが入ったりすることはないでありんすし」
「たしかに」
デスゲームと聞いて、殺し合いというイメージが定着していた。
「中二病は運動神経がいいでありんすか?」
「普通くらいだと思う」
「参加者のほとんどは中二病と同じくらい、もしくは以下の運動能力でありんしょう。誰も殺しを得意とする者はいないでありんすよ」
「つまり、積極的に殺そうとする人はほとんどいないということか」
「まあ、そんなところでありんす。少なくとも初めのうちは様子見といったところでありんしょう」
落ち着いて周りを見てみると、他のチームも部屋の構造を確認したり、何かを話し合ったりしている。
「まあこれは、ここにギャンブルが強いという理由で連れてこられた人たちにしか当てはまらないでありんすけど」
凜は僕たちの近くの扉を見ながら言った。扉はギーギーと鈍い音を出しながらゆっくりと開いていく。
「お! 隣の部屋だったんだ。ラッキー!」
「ケイシーちゃ……」
声でケイシーが来たのだと分かり、振り向いた途端に声が止まった。
僕は凜の方に顔を向け、すぐに凜の手を取り、逃げることを促した。
「やっぱり逃げよう! 今なら間に合うって」
腕を引っ張ったが凜はまったく動かなかった。
「逃げないでありんす。それにもう遅いでありんす」
白だったはずのTシャツを真っ赤に染めたケイシーは僕たちの前にすでに移動してきていた。
僕もケイシーと関わらないことは諦めた。
「少し血を吸いすぎたよ」
ケイシーはシャツの裾を絞った。床に血がドバドバと落ちた。
「良いお知らせと、良いお知らせ、どっちから聞きたい?」
現実でこんなことを聞かれるとは。少しだけテンション上がる。
「良い知らせがいいです」
凜が答えないので僕が答えた。答えたと言っても一択なのだが。殺し屋と知り、機嫌を損ねでもしたら殺されかねないので敬語で言った。
「今回のデスゲームは複数のチームが生き残れるかも」
「まるで、一人しか生き残れない可能性もあったみたいな言い方でありんすね」
「そうだよ。このゲームで生き残ったチームにチップを出すのは一階層を管理している人だから、そんなにたくさんのチームにはチップを払えないんだよ。でも掛け金が多かった場合は、そこの一部からも生存者へのお金を捻出できるから、生存者の数が変わったりするんだよ」
「だから、ゲーム内容の紙に少なくともなんて言葉が入っていたんでありんすね。でも管理者にとって10万チップは安いと思うんでありんすがね。ケチ臭いでありんす」
「確かに僕もそう思うけど、救済のためにゲームを開いてくれてるだけでもまだマシだと思うよ。そもそも、所持金がなくなったチームを救済する義務も管理者にはないらしいから。一階層の管理者は優しいのか、デスゲームを見たいのか、理由は分からないけどこのゲームを開催してくれる。まあ、全部聞いた話だから正しいことはまったく分からないけど」
「それでなんで生存者が一人ではないと分かったんでありんすか?」
「絶対ではないんだけど。僕が参加した前回と、僕が観客とした見た2回は、どちらも最後がこのバトルロワイヤルだったんだ。どちらも生存者が一チームになるまで。このバトルロワイヤルは生存者の数を主催者側が決められる。他の第一、第二ゲームは生存者の数は決まっていなかった。もちろん、第三ゲームのバトルロワイヤルで生存者を一チームまで絞れるから、生存者の数を決めていなかった可能性もあるけどね」
「それなら少しだけラッキーだね」
「それとこれも聞いた話なんだけど、今回のゲームに四賭才の一人が大量にお金を賭けたらしいよ。だから、生存者の数がいつもより多いのかも」
「四賭才?」
四天王みたいでなんかかっこいい。
「もしかしてオリビエという名前の人でありんすか?」
「いや、名前までは聞いてないな。その前に殺しちゃったから。それに僕、四賭才とか興味ないから名前も知らない」
「そうでありんすか」
ケイシーが人を殺したということはさらりと流された。僕もケイシーの声のトーンが変わらなくて、すぐには気づけなかった。
「え? ああ、何でもない。それより、お嬢はいつ知ったの?」
「ゲルマとギャンブルしているときでありんす」
凜はそのときのことを話し出した。
「おい! 子供連れのババアがいるぞ。あんなヤツいなかったよなあ」
「馬鹿野郎! さっさと道を空けろ!」
観客の中の一人の男が叫び、他の男が叫んだ男を止めようとした。
腰が曲がり杖無しでは歩けなそうなよぼよぼのおばあちゃんと、その両隣には黒の着物で黒髪の少女と、白の着物で白髪の少女が付き添っている。
「醜き子よのお」
おばあちゃんから声が放たれた。声量は小さいながらも、はっきりと聞こえる声だった。
「はあ! 誰が醜いって、ババアが粋がるなよ」
威嚇するように男が前に出た。
次の瞬間には男はおかっぱ頭の少女に組伏されていた。おばあちゃんが杖を軽く地面を叩くと、少女は男を放し、オリビエの横に戻った。
「なんでこんなところにいるんだ。
少し離れたところから声が上がった。
オリビエの周りから一瞬で観客が離れた。刃向かった男も正体を知ると一目散に逃げていった。
「醜き子達よのお」
オリビエは再び同じ言葉を言った。
それに合わせるように黒髪の少女と白髪の少女が言う。
「暴力に頼ろうとする人」
「相手の立場で態度を変える人」
「「本当に醜い人たちです」」
二人の少女の声が合わさった。
「わざわざ言わなくても良かろう」
オリビエは孫の頭をなでる祖母のように温かい笑顔を浮かべた。
その後、オリビエは少しの間、ゲルマと凡達のギャンブルを見ていった。
「醜き子達よのお」
「他者を痛めつけることを楽しむ人」
「相方を見捨てる人」
「それだけではないのお」
二人の少女はオリビエの方を見た。オリビエに見えていて、自分たちに見えてないものがなんなのか訊ねるように。
「「思考を止めるのは醜き子です」」
オリビエが何かを言う前に少女達は自分自身に言い聞かせるように言った。その後少し経ってから、三人は去って行った。
「――もし妾に対して醜き子と言っていたのなら復讐してやろうと思っていたんでありんす」
「確かに、それならオリビエという人が賭けたのかもね。凜ちゃんの話的に、四賭才が一階層に来るのは珍しいようだからね。それにもう一つの良い知らせとも話が繋がるし」
そうだった。もうひとつ良い知らせがあるんだった。
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