デスゲーム
第14話 「妾も死ぬ」
――――ペリッ。ペリッ。ペリッ。ペリッ。ペリッ。ペリッ。ペリッ。
「は!」
凡は爪が剥がされ続ける悪夢から目覚めた。
目が覚めて、すぐに自分の指を見た。自分の手は綺麗なままで、出血していることも、爪が剥がれていることもなかった。
ゲルマとのギャンブルが終わってから、凡と凜の二人はコンクリートと鉄格子で囲まれた牢屋のような場所に連れてこられた。電気もなく、明かりは壁に掛けられた一つの蝋燭だけ。廊下を挟んだ向かい側にも同じ部屋があるはずだが、暗くてどんな人がいるか見えない。
この部屋の隣にも同じ部屋が続いている。どこまで続いているか分からないが、時々、遠くから話し声や物音が聞こえてくる。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
僕が寝る前から、凜は服が汚れるのが嫌なのか立っている。今も凜が立っていることから、あまり時間は経っていないのだろうと思った。
ここに来てから僕と凜は話していない。
僕は体育座りをして体を丸めている。気づいたら、眠りに落ちていたが、プリュと凜の爪が剥がれたときの場面が夢に現れ、目覚めた。
これから僕たちはどうなるのか分からない。たぶん凜がガンマさんから何か説明のようなものを受けていた気がするが、僕はまったく内容を知らない。だから、僕は凜と今後について話す必要がある。
そうではなくても、凜には言わなければいけないことがある。
ここに来てからずっと言おうと思っていたが、なかなか切り出せないでいる。その間に寝てしまっていた。
凜の指には包帯が巻かれていた。包帯には血がたっぷり染みこんでいる。
ちょうどその凡が凜の爪を見たタイミングで、血の滴が地面にぽたりと落ちた。
「ごめん」
言えなかった言葉はすっと口から出た。一度出てしまえば、凜に言いたかったことはどんどんと外に溢れていく。涙も一緒に流れていく。
「ごめん、本当にごめん。僕が、僕のせいで負けた。それなのに、お嬢にだけ……」
こんな言葉だけでは謝罪にすらならないと分かっている。謝ったところで凜が感じた苦痛は消えない。爪もチップも何も戻ってこない。
それでも謝ることしか出来ない。
「何のことでありんすか?」
凜はいつものように平然とした顔で言った。本当に何で謝れているのか分かっていないように。
「だって、僕のせいでこんなことに」
「負けたのは中二病だけの責任ではないでありんすよ。むしろほとんどの責任は妾にありんす。もちろん、妾は謝るつもりなど毛頭無いでありんすけどね」
「何言ってるんだよ。全部僕のせいだ。僕がわざと手札を捨てたせいで」
「違うでありんすよ。妾が中二病を負けさせたんでありんす。言ったでありんしょう、妾が勝ちを望まなければ、近くにいても何の意味がないと。つまり、妾が負けようとしたせいで負けたんでありんす。それに奴隷である中二病が妾に影響を与えられるとでも思ったんでありんすか。調子に乗りすぎでありんすよ」
「違う違う。違う!」
僕は地面に思いっきり拳を叩き付けた。どーんと鈍い音がコンクリートの壁で跳ね返り共鳴した。
「僕は特別どころか、普通でもない。ただのクズだ。どうしようもないクズなんだ。僕は二試合目でフォーカードができたとき思ったんだ、このままカードを出したら僕がプリュちゃんの爪を剥いだことになると。それはどうしても嫌だった。耐えられなかった」
地面に叩き付けた手が痛んだ。骨が折れたわけでもない、ただ少し出血しているだけぷりゅプリュが感じた痛みとは比べるのも烏滸がましいレベル。
「……僕はそのとき、自分以外に責任を押しつけたかった。だからカードを捨てた。もし、交換で良いカードが来たら、それはお嬢の力で引き寄せたものだから。お嬢に責任をなすりつけられる。降参しようとしたときもそう。お嬢が降参するなとアピールしたのを良いことに、お嬢が爪を剥がされているのは自分のせいじゃない、お嬢自身が継続を望んだんだと思えた。今、自分の拳を地面に叩き付けたのも、自分の罪を少しでも軽くしようとしているだけ。僕はただの卑怯者だ」
「それを言ったら妾も……いや、何でもないでありんす」
凜は僕を責めるでも慰めるでもなく、黙った。
「最初から分かっていたんだ。自分が特別になれるわけないと。でも諦めるわけにはいかなかった。だから、僕は中二病みたいな台詞を口に出して、自分を鼓舞してきた。オカルトを突き通そうと誓った。そんな時にお嬢と出会った。それからいろいろなことが起きた。自分がラノベの主人公になれたと勘違いしてしまった。特別になれたと。結局、この通り他人を不幸にしただけ。僕自身は何も変わっていないのだから当然だ。自分の身の丈に合わないことをした結果」
僕は何を話しているのだろうか。こんな懺悔をしたところで、何も変わらない。また、僕は自分の罪を軽くしようとしているだけではないか。
本当にクズな自分に反吐が出る。
「なんだか、中二病が真面目な話をするせいで、妾のペースが乱されてしまったでありんす」
凜は屈んでいる僕の前に移動した。
「それで中二病は何が言いたいんでありんすか? 謝罪して楽になりたいんでありんすか?」
まさにその通りだ。僕は少しでも罪を軽くしたいんだ。
「妾には凡人の考えは理解できないでありんす。たとえ分かったとしてもどうでもいいでありんす。中二病がここでリタイアするというのなら、中二病は特別になれず、育ての親とも会えない。ただ、ここで死んでいくだけという事実は妾でもわかるでありんす。そして」
凜は僕の顎を持ち上げた。上から僕をのぞき込む凜の瞳は揺れることなく僕だけを映していた。
「妾も死ぬ」
「は?」
凜の言葉が冗談ではないと分かった。そして、凜なら本気で自殺でもなんでもやるということはこれまでのことで理解させられている。
だからこそ理解できなかった。
「なんで、そんなことに意味は無い。なんで? もう僕のことはどうでもいいんだろ。僕はもういいんだ。もう僕の人生に価値なんてない。それなのに、なんでだよ。もう放っておいてよ……」
僕の声はどんどんと力を失っていく。
これでは罪から逃げようとしているだけだ。それでも、これ以上凜に迷惑をかけるわけにはいかない。
「妾に責任を押しつけたんでありんすから、妾がやり返しても問題ないでありんすよね。中二病が死を選ぶのなら、妾も死ね。妾の命は中二病、いや」
凜は僕の脳に刻み込むように間を開けてゆっくりと言い出した。
「妾の生死は凡の選択で決まるでありんす。凡自身の選択で」
凡、僕の名前を強調した。
凜が誘拐されたときは僕が凜を救えるかということだった。だが、今回は違う。僕が凜を殺すかという決断を迫られている。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
凜の手を振り払い、足の間に顔を埋めた。全てから目を背けたかった。
そんなことを凜が許してくれるわけもない。凜は僕の髪を引っ張り視線を合わせてくる。
「決断しないと言うのなら妾は中二病よりも先に死ぬでありんす」
なんでだよ。今まで他者のことなんてどうでも良かった。どう思われたって良かった。
なんで今、僕は他者と関わっている。なぜヘリオットさんの復讐をしたいと思った。なぜプリュちゃんを助けたいと思った。なぜ凜と一緒にいようと思った。
ヘリオットさんは復讐を望んでいるのか。プリュちゃんは僕に助けて欲しいのか。凜は僕と一緒にいたいのか。
「さあ、生きるか死ぬか選ぶでありんす」
何もわからない。
でも、僕はヘリオットさんの復讐を果たしたい。
でも、僕はプリュちゃんを助けたい。
でも、僕は凜と一緒にいたい。
「僕は凜に死んで欲しくない」
これだけは絶対に正しい。
「もう、僕には分からない。自分の醜さとどう向き合っていけばいいのか。死んでしまいたいと思うほど、自分が嫌でしょうがない。でもお嬢には死んで欲しくない。だから、お嬢が無事に帰れるまでは、僕は死なない。そして死なせない」
「そうでありんすか。それともうひとつ、意識的に中二病を演じているような話し方だったでありんすが、実際中二病でありんしょう」
「いや、そこは掘り返さなくて良くない!」
僕は笑顔で言い返した。暗い顔をしていてもなにもできない。
「そろそろ話終わった?」
突然後ろから声をかけられた。
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