第12話 新人狩り
門を潜った先は昨日行ったカジノのような場所だった。壁は赤で統一され、床には赤を基調とした控えめなデザインの絨毯、そして照明はシャンデリアが並んでいる。だが、スロットマシーンやポーカーテーブルなどはないため、カジノというよりは貴族達のダンスパーティー会場のようだ。
四方の壁には扉がついているため、他にも多くの部屋があるのだと予測できる。
「まるで異世界でありんすね」
僕たちの通った門がなくなっていた。まるで瞬間移動でもしたようだ。
移動できる門、精巧なロボット。確かに現実世界には存在しないものが大量だ。
「そんなことよりも、僕たちなんか注目されてない?」
僕と凜は体育館くらい広い部屋の真ん中に立っている。それを囲むように人が集まっている。
「今回は儂の番ですわなあ」
中世ヨーロッパの貴族のような服装のふくよかなおじさんが人だかりから出てきた。お腹周りのボタンがはじけ飛びそうだ。
「デブでありんすね」
言うと思った。
おじさんは笑顔を崩すことなく、凜の前で止まった。
「躾がなっていないガキだなあ。まあ、そんなことはいいか。儂はゲルマ・フランソ。儂とギャンブルしてくれないかね、ガキンチョ」
「ふふ。まるで妾に決定権があるようでありんすね」
「何を言っておるのじゃ。当たり前ではないか。儂はあくまで提案しているだけなのだからなあ。だがなあ、ギャンブラーなら逃げないじゃろお」
ゲルマは凜に顔を寄せ言った。
凜がベータと話していた時のことを思い出した。僕たちはこいつとギャンブルせざる得ない状況に立たされているのだろう。これはまるで恐喝だ。
「腐卵臭さん、でありんしたか? とてもあなたに合った名前でありんすね」
凜は鼻を摘まむジェスチャーをしながら言い放った。
「腐卵臭だってよ。ゲルマ、ガキ相手にペース乱されてんなよ」
「今回の新人はお笑いを分かってんじゃねえか」
周りの観客から笑いとヤジが飛んだ。
「ガキが調子に乗るなよ」
ゲルマは右腕を振り上げた。凜は一切動くことなく、ゲルマの顔を眺めている。
危ないと思い、凜の前に出ようとすると、僕より前に二人の間に割って入る人、ロボットがいた。
「ゲルマ様、暴力はいけませんよ」
白いワイシャツに黒いベストというベータさんと同じ人、ロボットが僕たちの間に立っていた。
「分かっておるわ」
ゲルマはロボットから手を離し、手を軽く振った。
「ベータさん?」
「ガンマです。一階層のギャンブルの取り締まりは全て私と私の分身が行っております」
ガンマさんは顔の表情を一切変えることなく自己紹介をした。同じ見た目だけど、性格は違うようだ。
ゲルマは観客の方に怒鳴りつけた。
「おい、クズ! さっさと出てこんかあ」
「は、はい~」
観客の中からか細い声が上がった。
凜と同じくらい小さな少女が走って出てきた。
え、めっちゃ可愛い!
銀髪のショートヘア。自信なさげな垂れ目。白い肌に、白いワンピース。守ってあげたくなる弱さと可愛さをこれでもかと詰め合わせたような天使が舞い降りた。
「お嬢、ここはやっぱり異世界だよ!」
「さっき妾もそう言ったでありんすよね。……聞こえていないようでありんすね。さすがロリコンでありんす」
ロリコンと聞こえた気がするが今はそんなことどうでもいい。だって僕は異世界に来たのだから。僕は二次元の中に入り込んでいるのだから。
「おせえんだよ、クズが!」
ゲルマは少女の華奢な足を蹴った。少女は飛ばされるように下半身が宙に浮き、重力に従って肘から床に落ちた。
僕の脳は機能停止した。何が起こっている? 天使。みんなの天使。僕の天使に何してんだ。このクズデブが!
「す、すみません。もう、遅れたりしないので許してください。お、お願いします」
少女の声は震え、命乞いするようにゲルマの靴に頭をこすりつけた。
可愛さのあまり気づかなかったが、少女には顔から足まで絆創膏や包帯がつけられていた。
胸くそ悪かった。この男を早く殺さなければいけない。僕がここに来た理由はこの男から少女を解放することだったんだ、と凡の目的は特別になるでも、ヘリオットさんの復讐でもなくなった。
「汚い頭を擦りつけるな!」
誰もが守りたくなるような少女の顔を無造作に蹴り上げた。小さな体は床を転がった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
僕は右足を前に出し、男に殴りかかりに行こうとした。
「何をしているんでありんすか?」
凜はこちらを見ることなく、僕の前に手を伸ばした。
「お嬢、止めないでくれ。僕には天使を守るという使命があるんだ」
「落ち着くでありんす」
凜が視線でガンマさんを見るように言った。
ガンマさんは僕のことを見ていた。というより、僕が動けばすぐにでも抑えつけられるような準備をしていた。
「それより彼女の名前は何でありんすか?」
少女は立ち上がり、びくびくしながらゲルマの隣に移動して答えた。
「プリュ・フランソですぅ」
プリュは常にゲルマの顔色を窺うようにしていた。
「腐卵臭とフランソ。親戚か何かなんでありんすか?」
「儂はゲルマ・フランソだ。こいつがフランソを名乗るのは儂の所有物だからだ。儂は自分のものには名前をつける派でなあ」
ゲルマはプリュの肩に手を回して、大きな声で笑った。プリュはさらに体を震えさせた。
クズが。
歯ぎしりするほど強く口を閉じ、なんとかゲルマへの殺意を内に閉じ込めた。
「少しだけ見ていて不快でありんすね。もともと妾はロリコンが嫌いなんでありんすよ。ロリコン性犯罪者なんて救いようがないでありんす」
「突然どうした? 儂にとってこいつはただの道具に……」
凜は指を鳴らした。
ゲルマの真上にあったシャンデリアがゲルマの頭に直撃した。
「あらあら、ネジでも緩んでいたんでありんすかね?」
どうやら凜もゲルマに怒りを覚えていたらしい。
「貴様、ディーラーこれはルール違反だろ。暴力は禁止なんだろ」
「これは凜様がやったことではありません。ただの事故です。それよりも早急に手当をすることを勧めます」
ゲルマに天罰が下り、少しだけ気持ちが落ち着いた。
ゲルマは隣に居るプリュを一瞬見た。
「どうされたんでありんすか? 少し顔色が悪いでありんすけど」
「何でもないわ。クズ、さっさと治療しろ。それより儂の提案は受けるのか?」
ゲルマはプリュに手当されながら話し続けた。
「まあ、いいでありんしょう」
「お、いいのか? 受けないと言えば、儂はチップを払ってお前らを無理矢理ギャンブルに参加させるんだぞ。儂が無駄にチップを使うことになるのにいいのか? 儂のことがむかつくのだろおう」
ゲルムは僕の方を見ながら言った。
挑発だと分かっている。それでもむかついた。だが、ここで暴れることはデメリットしかない。
凡は冷静さを取り戻していた。
「僕たちは勝つから問題ないよ。そして彼女を解放する」
「ふふ。中二病らしいでありんすね。でもどんなギャンブルかも決まっていないのに勝てるんでありんすか?」
「え? そこはお嬢も乗ってくれるところでしょ」
「妾はロリコンが嫌いと言ったでありんしょう」
「それ僕に言ってたの」
ゲルマは僕が挑発に乗ってこなかったことが不服なのか、僕を睨み付けていた。
「実際、妾達はどんなギャンブルをするんでありんすか?」
「それは私から説明させていただきます。ゲルマ様、今回もいつもと同じギャンブルで問題ありませんね」
「ああ。今回はこっちは5だ」
ゲルマは意味不明な数字を言った。
「問題ありません。それでは説明させていただきます。主なゲーム内容はポーカーです。先に10勝した方が勝ちになります。しかし、今回のゲームは勝利数の数え方が独特です」
「数え方? 普通にガンマさんがカウントしてくれるんじゃないんですか?」
「それではつまらないじゃろお」
「それでどんな数え方なんですか?」
僕はゲルマの声を無視してガンマさんに聞いた。
「それはお答えできません」
「なんで?」
「そういうルールですので。ですが、そのかわりに凜様、凡様チームは10勝ではなく5勝できれば勝ちとなります。私たち中立の立場から、このギャンブルはお互いがフェアに戦える内容と判断しました。むしろ凡様たちのほうが優勢だと思われます。それともうひとつ、降参された場合は相手に全てが移譲されます。チップも人権も」
「お嬢、どうする?」
僕は結局このギャンブルを受けることになるのだと分かっていながら凜に聞いた。もちろん、凜の答えも分かりきっていた。
だが、数え方が不明なのがどうしても気になった。
「やるに決まっているでありんしょう」
「掛け金はどうなさいますか?」
「もちろん、全額ベッドでありんす」
「え? 全額? 負けたら僕たちの人権なくなるよ!」
「どうせこいつらは妾達の資金がなくなるまで勝負を挑んでくるでありんすよ。つまり、妾達は資金を増やして無理矢理ギャンブルに参加させられる状況を脱却しなければならないんでありんすよ」
そうだ、ここでは人間の価値はどれだけチップを持っているかで決まるんだ。つまり、たくさんチップを持っていれば、それだけ僕たちの価値が上がる。そうなればギャンブルに無理矢理参加させるための値段は大きくなる。
「少しは分かっているようじゃな」
「それでは少しだけ離れてください」
ガンマさんの指示通り、後ろに下がると、僕たちとゲルマの間にポーカー台が現れた。ガンマさんが登場したときのように、何も無いところから出てきた。
「ポーカーをやる方は前に出てください」
僕は観戦のため邪魔にならないようにポーカー台から離れようとした。
「何しているんでありんすか。さっさと行くでありんす。今になって怖じ気づいたんでありんすか?」
「え? 僕がやるの?」
「中二病以外に誰がいるんでありんすか?」
「いや、お嬢がやるものだと」
「なんで妾が加齢臭とやらないといけないんでありんすか? それにあの少女を助けるって宣言していたではないでありんすか」
もう名前の原型保ってないし。
「でも……」
負ければあの子のように奴隷にされるかもしれない。ゲルマを挑発した凜は殺されてしまうかもしれない。
こんな大事なギャンブルを僕がやって良いのだろうか。
「さあ、世界を変えにいこうか、でありんしたか」
顔を上げると、凜は台から反転し、離れようとしていた。もう、凜自身がギャンブルに参加する気はないというように。
僕は何度同じことで悩んでいるんだ。特別になるためにここに来たんだ。
負けたときのことを考えているようじゃ日本から出られなかった頃の僕と変わらない。
「さあ、世界を変えにいこうか」
凡は自分の目的を再認識して、ポーカー台の前に出た。
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