第11話 チルト

 名刺の裏にはQRコードが張り付いてあり、それを読み込むと地図が出てきた。それを頼りに僕たちは目的地に向かった。


 何度か電車を乗り継いでついた場所は、ビルなどがない田舎だった。カジノとは無縁でのんびりとした風景が広がっていた。


 古びた酒場にたどり着いた。


「本当にここなんでありんすか?」


「うん。一応このマップではこの酒場を指しているけど。騙されたのかな? でもアニメとかではこういう普通の店の地下に何かが隠されていたりするからね」


「とりあえず入ってみるでありんすか」


 凛は恐れる様子もなく、風雨で黒く汚れたウェスタンドアを小さな手で押して酒場へ入っていった。僕も後ろに続いた。


 中は閑散としていて、お客さんが一人も居なかった。


「いらっしゃいませ」


 ミニスカにヘソ出しシャツの綺麗な女性店員が元気よく言った。右目の下にあるホクロからセクシーさも感じる。


「すみません、チルトってここであってますか?」


「チッ。客じゃねえのかよ。つうか子供連れの時点で気づくべきだったぜ。無駄な体力使わせんじゃねえよ。さっさと奥へいきな、クズが!」


 なんで? 凜もそうだけど、初対面の人にそんな暴言吐ける? もしかして僕って虐められ体質なの?


「ふふ。どうやらここが当たりのようでありんすね」


「え? どういうこと?」


「ここが妾たちが目指していたチルトということでありんすよ」


 凜は店の奥へと進んでいく。凜がなぜここがチルトだと分かったのか理解できないまま、僕も進んだ。


 女性店員は僕たちに興味を失ったのか、こちらを見ることなく、入り口の方を見ていた。


 凜は一番壁側のテーブルをも通り越した。そして、壁の前で止まった。


「お嬢、どこへ行くんだよ。壁の前に立って」


「ふふ」凜の笑い声と共に、ガガガという大きな音が鳴り出した。


 そして、壁だったものは自動ドアのように開いた。壁の奥に小さな部屋が現れた。


「どうして?」


「外から見たときと内部の大きさが違かったんでありんすよ。本当はもっと奥行きがないとおかしいんでありんすよ。もしくは、こんなふうに別の部屋がないと」


「だから、ここがチルトだと分かったのか」


「まあ、そんなところでありんすよ」


 他にも何かあるような言い方だった。


「他に何か変なところあったか? 僕には店員の口が悪かったことくらいしか思わなかったけど」


「すぐに分かるでありんすよ。それと店員の口は普通でありんしたよ。中二病がクズなのは自明でありんすからね」


 僕と凜はその小さな部屋に入った。


 部屋の中にはさっきの店員がいた。白のワイシャツに黒のベストというカジノのディーラーのような服装になっているが、顔が同じ女性がいた。ホクロの位置までまったく同じだ。双子とかいう次元を超えている。


「あれ?」


 壁が開くまで数秒あったため、瞬間着替えでもしたのかと思った。


 後ろを振り向くと壁が元に戻ろうとしていた。その壁の隙間からはキッチンに店員が立っているのが見えた。


「え?」


 何が起きているのか分からず、思考停止してしまう。その間に壁は閉まりきった。


「なに、壁を見ているんでありんすか?」


 ディーラーの格好をした女性が僕たちの前に移動してきていた。


「え、だって、え、この人」


 凜が女性の方にむかって僕の肩を押した。


 僕は女性の方に倒れていった。倒れると思い、目をつむると、僕の体は止まった。


 目を開けると女性が僕を支えてくれたのだと分かった。そして、僕が女性の胸に手を置いてることも分かり、咄嗟に手を離した。


「あ。すみません。本当にすみません。何してくれんだよ、お嬢」


「まだ気づかないんでありんすか?」


「何が? とりあえず一緒に謝ってくれ」


「汚い手で妾の頭を触ろうとしないでもらえんしょうか」


 脛を蹴られた。


「凡様、気にしなくて大丈夫ですよ」


「いや、でも本当にすみません」


「いや、そういうことではないんです。凡様は謝る必要がないんです。私はロボットですから」


「はい?」


 女性ロボットが右手で左手をノックするとカンカンと金属音が鳴った。



 

 女性ロボットの名前はベータというらしい。店員役はアルファだそうだ。


 僕たちはベータさんの案内で、地下へと向かっていた。


「本当にロボットなのか?」


「顔はともかく他の部位はどう見てもロボットでありんしょう」


「顔以外ってほとんど隠れてる……ああ。初めの店員を見て気づいたのか」


 凜がベータさん達をロボットだと見抜いた理由は分かったが、思い返してみても、アルファさんの体が機械だったとは思えない。少なくともしっかりと観察しないと気づけないだろう。


「それに、あんなに硬い人間がいるとでも思っているんでありんすか? ああ。胸なんか触ったことないんでありんしたね」


「あの一瞬で感触なんて確かめられるわけないだろ」


「それを可能にするのが変態でありんしょう」


「僕は変態じゃなくて、ロリコン……でもなくて、普通の人だから。実際、ベータさんがロボットじゃなくても綺麗だとは思っても、触りたいとかそういう気持ちにはならないよ。三次元には興味ないんだから」


 ロボットを三次元というのも変な感じがするが。


「つきました、どうぞこちらへ」


 階段を降りきると一つの扉があった。ベータさんが扉を開けてくれた。


 部屋の中には椅子が二つと壁にめり込むように設置されている赤い巨大な扉があった。


 ベータさんに席に座るよう促されたので座った。凜は部屋に入った途端に座っていた。


「それでは不肖ながら私、ベータからチルトについて説明させていただきます。まずチルトとは正式名称ではありません。正式名称は『チップゲバルト』でございます」


「ゲバルトとはドイツ語で暴力という意味でありんしたよね」


「チップはお金だよね。お金の暴力?」


「そう捉える方もおりますが、多くの方はチップのためなら何をしてもいいと解釈しています。ここチップゲバルト、通称チルトでは全てがチップで買え、全てがチップで決まります」


 ベータはカジノで使われるチップを手で弄びながら言った。


「全て?」


「はい。チップで物を購入できるのはもちろん、相手の人権を購入することも可能です。もちろんルールは存在しますが」


「チップで決まるというのはどういうことでありんすか」


「人間の価値はどれだけチップを持っているかで決まります。正しいか間違っているかも法ではなくチップで決まります」


「それだと新参者は明らかに不利ではないでありんすか? というか一番チップを持っているものが全てを支配できるでありんすよ」


「はい。そのためにルールが存在します。チルトにいる人間、つまりギャンブラーの皆さんには、まず初めにお金をこのチップに交換していただきます。ここでは基本的にギャンブラー同士でギャンブルしてもらいます。もちろん審判として私たちディーラーも参加はいたします。そして、チルトでの唯一のルールですが、ギャンブラーは一枚でもチップを持っていれば人権は保障されるというものです」


「良かった。それなら普通のカジノと変わらないよね。お金のやり取りがお店とじゃなくて、お客さん同士になるくらいで」


 人権を買うとか物騒なワードに尻込みしていたが、どうやらそこまでヤバい所ではなかったと僕は安心した。


「そうでありんすかね?」


「どういうこと? だって所持金の中で遊べってことだろ。それ以上使ったら借金するが、それがここでは人権という重い物に変わっただけ。つまり借金するまで遊ばなければいいだけだろ」


「チップで全てが決まるということは、チップを使えば相手に無理矢理ギャンブルさせることも可能ということでないでありんせんか?」


「はい、おっしゃる通りです。相手の参加を決定することも可能です」


 死ぬかもしれないということを、ベータさんは変わらない口調で言った。ここから先はそれが普通だと言われているようだった。


「どうしんすか、中二病?」


「帰るに決まってるだろ」


「そうでありんすか。それならここでお別れでありんすね」


 凜はいつもと変わらない調子で言った。


「は? お嬢、分かってるのか? 最悪死ぬんだぞ」


「分かっているでありんすよ。でもこんなに面白いものが目の前に転がっているんでありんすよ」


 面白い? 何を言っているんだ。


「それと一つだけ聞きたいんでありんすが、中二病はここへ何しに来たんでありんすか?」


「僕は……」


 ヘリオットさんを殺した相手に復讐しようと思ってここに来た。


 いや、違う。そもそもアメリカへ来たのは何のためだ。


 特別になるためじゃないのか。


 僕はチルト、チップゲバルトを知ってしまった。


 これからパチ屋で、日本で、表のカジノでギャンブラーとして特別になれる未来は想像できなくなってしまった。もっとすごいギャンブラーが集まるであろう場所を知ってしまったのだから。


 ここで引いたら僕は再び全てを失う。子供のころの生きながらに死んでいる生活に戻る。


 それでも死ぬよりはマシなんじゃないのか。あの人が帰って来ればまた楽しい生活を送れるんじゃないのか。


 でもあの人はいつ帰って来るんだ。普通の僕のもとに本当に帰って来るのか。


 いつまでも特別になれない僕は見捨てられたのか。


 思考が闇の中に引っ張られていく途中で、ベータが言った。僕は何か助けとなるものがないかとベータさんの言葉に縋った。


「もちろん、引き返してもらっても構いませんが、あまりおすすめはできません」


「どうしてですか?」


「その場合はアルファ姉様に殺されてしまうでしょうから。もちろんアルファ姉様より強いのなら問題はないでしょうが」


「それほど強い者が逃げようとはしないでありんしょうね」


「はい、その通りでございます」


 ある意味、ベータさんの言葉は僕を救った。僕は前に進むしかなくなった。


「思い出したよ、お嬢。僕は特別になるよ」


「なんかダサいでありんすね」


「それではお二人とも参加でよろしいですね。ではこちらのドアからお入りください」


 ベータは身長の2倍以上ある巨大な赤い門を勢いよく開いた。


 門の奥は真っ暗で何があるのか見えない。


 凜は一度だけ僕の方を見た。


「さあ、世界を変えにいこうか」


 僕と凜は闇の中へと一歩踏み出した。

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