第6話 主人公属性付与?
一つだけこの状況を打開できるかもしれない方法を思いついた。
「情けないなあ」
凡は呟いた。
その方法は、凜の力を借りることだ。
結局は自分ではなく、他人の力を借りるという特別とはほど遠い方法。
普通である僕は過去の成功体験(競馬で全勝)に縋るという方法しか思いつかなかった。それでも今は、凜を助けられるのなら構わない。
凜の力を見たのは競馬とパチ屋での二回。どちらも凜が僕を勝たせようと思えば、僕は勝つことができた。つまり、凜が今、僕に見つけて欲しいと思っているのならば僕は凜を見つけることができるのではないかと思った。
僕は隣に凜がいることを想像した。今までの二回とも凜が近くにいた。そのため凜が近くにいることを思い浮かべた。
もしかしたら凜が実際に近くにいなければ意味が無いかもしれない。凜が僕に見つけて欲しいと思っていないかもしれない。いろいろな不安が湧いたが、なんとか振り払った。今だけは自分が特別な存在であると信じ込んだ。
凜の幻覚が生まれた。隣ではなく、自分よりも前に現れた。
「ふふ」
自然と笑みが漏れた。凜のような笑いではなく、今回も犯罪組織の下っ端のような笑いだった。こんな幻想ですら凜は僕よりも前にいることが面白かった。僕はどれほど奴隷に向いているのだろうか。
「さあ、世界を変えにいこうか」
競馬場が頭の中に浮かんだ。凜と初めて会った場所。
僕は急いで電車に乗り、競馬場に向かった。競馬場前の駅で降りるとポツポツと雨が降り始めたところだった。
競馬場に入ろうとしたときに、何かに引っ張られるような感覚がした。競馬場の隣には廃工場がある。なぜか自分はそこに呼ばれている気がした。
方向転換して廃工場に入っていった。
もともとは白い壁であっただろうが、今では錆び付いて白い部分はほとんどなくなっている。敷地内には何もなく、人が長い間入っていないことがわかる。
雨はだんだんと強くなる。
建物に入った。建物の中は雨が屋根に当たる音が響いていた。
建物の中には鉄を加工するための機械や、鉄くずなどが散らばっている。壁には落書きがされていた。
奥に扉が見えた。
内心恐れながらも、凜のように堂々と進んだ。
ギイィと地面のコンクリートと擦れる音を響かせながら扉を開いた。
「凜!」
気づけば走り出していた。
学校で使われるような椅子に両手、両足縛られ、さらに目隠しされた状態で凜が座らされていた。
「おい! 大丈夫か!」
凜につけられていた目隠しを外した。
「随分と待たせてくれたでありんすね」
怯えた様子もなく、そこにはいつもの凜がいた。
「良かった。本当に良かった」
僕は凜に抱きついた。
「離れるでありんす。奴隷という汚い身でありながら妾に触れるなでありんす」
凜は凡の肩を頭で押すようにしたが、拘束された状態では凡を離すことができなかった。
「せめて涙だけは妾につけないでくれるでありんすか」
凜は諦めたのかそれだけ言うと、黙って僕が泣き止むのを待ってくれた。
「美少女である妾を抱きしめられた感想はどうでありんすか? ロリコン」
「えっと……めっちゃ恥ずかしいです」
僕は凜の手足を拘束している縄を解いた。
なぜここに来たのか思い出した。僕は凜を誘拐犯から救うために来たのだった。
「ところで誘拐犯は?」
焦って周りを見回した。
「今頃でありんすか。誘拐犯ならそこで寝ているではないでありんせんか」
凜が座っている椅子の後ろには一人の男が寝転がっていた。その男の脇には鉄バットと、3メートルほどある鉄パイプが転がっていた。
「倒れてきた鉄パイプで気を失ってしまったんでありんすよ」
凜が見たほうの壁には幾本かの鉄パイプが立てかけられていた。その一本が偶然誘拐犯に当たったのだろう。いや、偶然ではなく、必然だったのかもしれない。特別な凜にとっては。
本当に主人公みたいだ。どんなにピンチでも主人公だけは死なないという物語の設定を神様が誤って現実の凜につけてしまったようだ。
「妾が誘拐犯になんて殺されると本気で思ったんでありんすか。この妾が。妾にとってこんなのは些細なお遊びみたいなものでありんすよ。ところで、妾も聞きたいことがありんすが」
「どうした?」
「妾の服が見当たらないでありんすが、どこにありんしょうか? もちろん、こんなに時間かけて忘れたなんてことないでありんすよね? ね?」
凜の服装は長袖長ズボンの黒ジャージだった。今日も暑いというのに。
「えっと……イッタッ」
言い訳すら言わせてもらえず、僕は脛蹴りをくらった。
「まあ、いいでありんす。中二病に期待した妾が間違っていたでありんすね。さっさと帰るでありんすよ」
凜は僕の脛に興味を失うと、出口に向かって歩き出した。
「お嬢、こいつはどうすんの?」
「そのままでいいでありんしょう。特に怪我もしていない様だし、妾も何もされてないでありんすから」
僕は一応、誘拐犯に出血などがないか確認した。コブはできていたが、命に別状はなさそうだった。というか、凜はいつの間に誘拐犯に怪我がないことを確認したんだろうか。
今後また襲われたりしたら困るので名前だけでも確認しようと、持ち物を調べた。身分証には渡辺灯矢と書かれていた。それをスマホの写真で撮り、僕は凜の後ろを追った。
工場から出ようとすると、大雨だった。
「はあぁ、不幸でありんすね。もしかして雨で汚さないために妾の服を持ってこなかったんでありんすかねえ?」
「まあね。イタッ! ほんの少しだけ待ってて」
「また妾を待たせるんでありんすか? これ以上妾を不快にすると中二病の顔面は擦り切れるでありんすよ」
「こんだけ待たせたんだから、あと5分くらい待たせても変わらないでしょ」
凡は凜の答えを聞く前に走り出し、近くのコンビニで買い物を済ませた。
雨に濡れながら走っている時、本当に凜に蹴りで顔がなくなるのではと不安になったことは心の内に隠しておこう。
工場に戻ると、凜は右目あたりを触っていた。
「目どうかしたの?」
誘拐犯に何かされたのかと不安になった。
「何でもないでありんす。ただゴミが入っただけでありんすよ。
「もしかして視界に僕が入ったこと言ってる?」
「どうでありんしょうね。それよりも報連相もできなくなったとは、やっぱり褒めるものではないでありんすね。それで何をしてきたんでありんすか?」
「ああ。これを買ってきたんだ」
凡の手にはビニール傘が握られていた。
「さすがに今日は日傘も持ってきてないでしょ」
競馬場のときはどこからか日傘を取り出していたが、誘拐されるときまで日傘を持ってるわけないでしょう。
僕は傘を開いて、凜に差した。
傘を二つ買ってくればよかったと後悔した。急ぎすぎてそこまで頭が回らなかった。
「ふふ。まだ中二病は妾のことが分かっていないようでありんすね」
凜の手にはいつもの真っ黒な日傘が握られていた。
「でも、せっかくだから中二病の傘に入ってあげるでありんす」
持っているなら自分の傘に入ってほしいものだ。そして、この傘は自分で使いたい。こんなこと言ったら蹴られる回数が増えるだけだから言えないのだが。
凡はコンビニに行く際に、濡れたため、これ以上濡れても変わらないかと諦めた。
「及第点でありんす」
「え? 何が?」
凜が何のことを言っているのか考えようとすると、凜はグイッと肩がぶつかるほど距離を詰めてきた。部屋着のような黒ジャージ姿であるはずなのに、凜の距離を縮めるたった一歩の洗練された所作はドレスがひらひらと靡いたような錯覚を覚えるものだった。
服装に気を取られていると、目の前には雪のように白い顔があった。
ドキッとした。
改めて、凜の容姿は現実離れしていることを思い知らされる。ラノベの中から出てきたのではないかと思うほどに、可愛い。それでいて、醸し出す雰囲気には可愛らしさはなく、自分が世界の絶対であるかのような強さ、異質さを感じる。
「言ったでありんしょう。妾は今日、日本でやるべき最後のことをすると。それは中二病が妾の奴隷として合格か不合格か確かめることでありんすよ」
凜はすぐに顔を前に向け歩き出した。
「何しているんでありんすか? 主人である妾が濡れているのでありんすが。折角の合格を不合格にされたいんでありんすか?」
「待てって」
凡は凜の右後ろをついていった。相合い傘というにはぎこちない形で帰路についた。
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