第4話 くまちゃん

 凜と暮らし始めて一週間が経った。


 僕はギャンブラーと名乗るくらいだから、もちろんギャンブルで生計を立てている。基本的にはパチンコ、スロットで稼いでいる。そのため競馬がない日は毎日のようにパチ屋に通っている。


 凜が来てからもその生活は変わっていない。僕がパチ屋に行っている間、凜はたぶん家の中にいる。あくまでたぶんだ。凜が自分の一日の行動を教えてくれるはずもなく、詳しくは分からないが、僕が出発する時と、帰る時には家にいる。


 今日もいつもと同じくパチ屋の抽選をするために朝早くから並んでいる。


 しかし、今日はいつもとはひと味違った。凜も一緒に来ているのだ。


「一つ聞きたいんでありんすが、中二病は妾の何でありんすか? たったの一週間ぽっちで自分の立場を忘れてしまうほどおつむが弱いんすか。それとも昇進したとでも思っているんでありんすか」


 いつも以上にトゲがある声がから聞こえてくる。


 僕は考えていた。競馬で分かったことだが、凜が近くにいればギャンブルに勝つことができる。そのためどうすれば未成年の凜をパチ屋に連れて行けるのかをずっと考えていた。実際は凡も17歳で未成年なのだが、1,2歳は誤差といってしまっても良いだろう。


 凡はデータなどから勝ちやすい台を選んで打っているため、一ヶ月単位で見れば生活費くらいは稼げている。それでも毎日勝てるわけではない。


 そして気づいた。ぬいぐるみとしてなら入れるのではないかと。


 そのため今の凜はクマのぬいぐるみを着ていて、凡に抱きかかえられている状態。


「奴隷だよね。お嬢ちゃん」


「奴隷の分際で調子乗りすぎでありんすよ。それに、お嬢様、もしくは凜様と呼べと命令したでありんすよね。妾の心の広さに免じてお嬢でも可にしたでありんすけど、さらに一段階下げたお嬢ちゃんはさすがに許さないでありんすよ。ロリコンが!」


 凜は踵で脛を蹴ってくるが痛みはない。着ぐるみは膝蹴りすらも防いでくれるのかと感心した。


 ぬいぐるみ万歳!


 僕は今回だけはロリコンと呼ばれるのを無視した。今は凜よりも自分の方が上の立場にいるのだから、守る以上に攻撃した方がお得だ。


 自分よりも年齢の低い相手に対して大人げないという気持ちはまったくない。なぜなら、今の僕にとっては凜がただの年齢が低い相手ではないのだから。


 この一週間、本当に地獄だった。


 まず、凜の望まないことを口にすれば脛蹴り。朝早くに家を出るときに、凜を起こしてしまったら脛蹴り。冷蔵庫に食料がなかったら脛蹴り。(寝る時間が遅くなるという理由で)夜帰るのが遅かったら脛蹴り。いびきをかいたら脛蹴り。脛蹴り。脛蹴り脛蹴り…………。やたらと睡眠に関して多い気がする。特に朝の機嫌は悪い。凜自身が目覚まし時計となったように、僕の眠気を覚ます。音ではなく、痛みで。


 そして、ロリコンらしきことをしたら顔面蹴り。つまり、凜が不快なときは部屋に飾ってあるグッズが凜の目に入った瞬間に顔面蹴りというわけだ。


 グッズは少しずつだが、片づけてはいる。


「確かに、お嬢ちゃんと言うのは違うね。ぬいぐるみを持っている女の子ならお嬢ちゃんと言っても良いかもしれないけど、これはぬいぐるみを持っているんじゃなくて、着ぐるみだからクマちゃんの方がいいかな? 可愛らしいクマちゃん」


「覚えとくでありんすよ、ロリコン奴隷。ふふ」


 凜は絶対服従の奴隷に屈辱的なことをされたというのに、不適に笑った。


 また僕は鍵を閉めなかった時のような失態を犯したのだろうか、と不安になったが、今の状況で凜が僕を痛めつけたり、辱めたりできるとは思えない。できるとしたら暴れて、ぬいぐるみではなく着ぐるみであることをパチ屋の店員にバラすことくらいだろう。そしたら、凜をパチ屋の中に連れて行くことができない。僕がパチンコで勝つことができない。


 しかし、その可能性は低いと思う。凜は普段からゴスロリ衣装で外を歩くくらいだから恥ずかしさというものはないのだろう。だが、自分が上に立つ存在であることにやたらとこだわりがあるため、可愛らしい着ぐるみ姿で町中を歩けるわけがない。


 実際家から着ぐるみの凜を出すことは困難だった。着ぐるみを着せることは簡単だった。なぜか朝起きたら、凜が自主的に着ていた。たぶん寝ぼけて着ただけだと思う。凜は「不幸でありんすね」と外に運ばれるときつぶやいていた。


「クマちゃんには、もう何もできないよ」


 勝ち誇ったように僕は言った。


「ふふ。そうでもないでありんすよ。周りを見るでありんす」


 周りには凡と同じく抽選のために並んでいる人や、パチ屋の前を通る一般人がいる。いつも見ている光景で、特に変わったことはない。


「いつも通りだけど」


「そうでありんすか? もう一度周りを見てみるでありんす」


 僕は周りをもう一度見るが特に変わったことは……なくなかった。とても見られていた。ゴスロリ衣装の少女を連れている比ではないほど注目を集めていた。


 当たり前である。パチ屋に大きなぬいぐるみ持参の人なんて普通にあり得ないのだから。


「ふふ」僕は凜と同じように不適な笑みをこぼして見せた。心の中では注目されて恥ずかしい気持ちが生まれていたが、ここで引くわけにはいかない。


「注目されてることに気づき、恥ずかしくて可笑しくなったでありんすか?」


 凜には僕の笑いは警察に追いつめられた犯人の諦めの笑いに聞こえたらしい。凜の「ふふ」は上品で、且つ蔑みを含んでいる、まさに強キャラの悪役令嬢って感じなんだけどなあ。僕も強キャラ感を出したいんだけど。


「ふふ」リベンジしてみた。今回は顎に手を置き、顎を上げ、弱者を見下すようにして言った。


「恥ずかしくて、ふ、しか言えなくなったんでありんすか。すでに中二病という不治の病をかかえているのに、ふ字の病までかかるとは本当に可哀想でありんすね」


 そういえば凜は着ぐるみだから僕の姿が見えてなかったんだ。


 ”ふふ”のくだりは無かったことにしようと、咳払いをした。


「ウッフン。中二病である僕がこの程度で恥ずかしがるとでも。世界を変えるような主人公が、注目を集めてしまうのは当然のことだよ、クマちゃん」


「チッ。中二病が」


 呼び方も中二病に戻って完全勝利を収めた。


 パチ屋の定員に不審がられたが、クマちゃんとパチ屋に入ることができた。


「今日はこの台に設定が入ってそうなんだよな。まあ、今日は勝利の女神クマちゃんがいるからそんなの関係ないか」


 凡は膝の上に凜を乗せて座った。そして、いつも通りスロットを打ち始めた。


 2,3時間打ったが、収支はどんどんマイナスになっていく。


 ずっと黙っていた凜が口を開いた。


「妾が隣にいれば勝てると思ったでありんすか?」


「隣というか上だけど。うん、近くにいれば勝てるんじゃないの?」


「そんなわけないでありんしょう。もしそうなら競馬で妾の周りの人全員勝っていないとおかしいでありんしょう。もちろん違う馬券を買っている時点で全員が勝つなどあり得ないでありんすが」


 確かに、そんなこと考えてもなかった。


「じゃあ、なんで競馬では全勝できたの?」


「それは妾の力でありんす。妾が勝たせてあげたんでありんす。つまり、妾が勝たせようと思わなければ中二病が勝つことはできないんでありんすよ」


「ということはですよ、クマちゃん、じゃなくてお嬢が僕を勝たせてあげようと思えば良いってことですよね」


 流れるように、恭しい態度へ移行した。


「そうでありんすね。ふふ」


 顔は見えないが口の端が上がってニヤッとしていることが分かった。


「お嬢様、凜様。なんとかお願いできないでしょうか」


「ふふ。中二病、いやクマ君」


 凡は全力ダッシュで隣の店に行き、凜に着せたクマの着ぐるみを買い、着替えた。焦っていたため、凜に買ったサイズと同じ物を買ってしまい、着ぐるみの下半身と上半身の間にお腹が出ている間抜けな格好になってしまった。


「はい! クマ君であります」


 凜を椅子に座らせ、僕は敬礼をした。


「もちろん、これだけで妾の機嫌が戻るわけないでありんすよね」


「もちろんであります。何なりとご命令ください!」


「うーん、クマ君。君は何なのでありんすか?」


「奴隷であります」


「それなら兵隊見習いではなく、奴隷っぽくするでありんす」


 奴隷といえば、主人という王様の理不尽が飛び交う過酷な環境で生きている、いや生かされている人達のことだよな? そうなると王様への反逆心に満ちた人達ということか。


 ペチャクチャとガムを噛んでいるかのように口を動かす。そして、ぶっきらぼうに言った。


「次の命令は、くちゃくちゃ」


「なんか思っていたのと違うでありんすが、今は機嫌が良いからいいでありんしょう。クマ君の弱みを教えるでありんす」


 僕も凜と同じで何か違う気はしていた。だってこれじゃあチンピラだもん。


 まあそれは良いとして、僕の弱みかあ。中二病とロリコン以外に知られたくないことなんてないけどなあ。ロリコンではないけど。


「俺の弱みっすか。うーん、弱みかは分かりやせんが、少しだけ恥ずかしい話はあるっすよ。俺の育ての親である男が家を空けているときは寂しい気持ちになるってことっすかね」


 1年前からリビングに美少女グッズを置くようになったのも男がずっと帰ってこなくて寂しかったからなのだ。途中からは完全に趣味になっていたが。


「そうでありんすか」


 凜は素っ気なく言った。やっぱりこれだけではお気に召さなかったのだろうか。


「この歳になっても大切な人と離れるのが寂しいって思うのは意気地無しじゃないっすか。男としてはとっても恥ずかしいことなんすよ」


 たぶん。他の男子のことなんて僕には分からない。でも、仕事に出かけた父が帰って来るのが遅くて寂しがることはきっと恥ずかしいことだろう。


「そうでありんすね。やっぱりロリコンなだけありんすね。精神年齢が小さな子供で止まっているんでありんしょうね」


 ほとんど同じことを言っただけだったが、凜を満足させる答えにはなったようだ。


「確かに同年代を好きになりやすいっすけど、ロリコンは関係ないっす。というかロリコンじゃないっす」


「それでクマ君はその男を捜そうとは思っているんでありんすか? それとその話し方ウザくなってきたから止めてくれるでありんすか」


「探そうとしてないと言ったら嘘になるかもしれない。でも基本的には探す気はないよ」


「なんででありんすか? 大切な人なんでありんしょう」


「まあそうだけど、それ以上にやりたいことがあるからね」


「やりたいことでありんすか? 家族を探すよりも大切なことなんでありんすか」


「家族より大切かは分からないけど、僕は普通じゃない特別になりたいんだ。それにあの人はきっと家に帰って来るよ。特別な人だからね」


「特別……でありんすか」


 それからはスロットに集中して、夕方まで打ち、結果はプラス5万円だった。

 



 パチ屋に『クマのぬいぐるみONクマの着ぐるみ』が現れたとSNSで話題になった。

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