第2話 豪邸どこ?

 最後の12レース目が終了した。


 全てのレースで買った馬券のどれかしらは当たっていた。つまり全勝である。


 2,3レース目くらいまでは今日の自分がついているだけだと思えなくもなかったが、6レース目くらいからは自分の運が良いのではなく、彼女の剛運によって当たっているのだろうと信じざるおえなくなっていた。


 12レース目の払い戻しに向かった。


 当たった馬券を入れると1万円の束が出てくる。約100万円だ。


 もう財布にはパンパンにお札が入っている。4レース目くらいからはお金を直接ショルダーバッグの中に入れていた。そのバッグの中もパンパンだ。今日だけで300万円以上勝った。


 レースも終わり、競馬場から出るために出口へと向かう。隣には会った時から変わらない無表情の彼女が歩いている。


 彼女のおかげで勝てたのだから数万円を渡した方がいいのだろうか、と考えていると彼女が話しかけてきた。


「中二病。ニヤニヤして気持ち悪いでありんすよ」


 表情筋は仕事をしていないのかというほど、凡の顔は緩んでいた。


「今言われてもあんまり嫌な気がしない。むしろお前こそなんでずっと真顔なんだよ。全勝だぞ全勝!」


「笑った顔でも見たいんでありんすか? ロリコン中二病」


 見たくはある。こんなに可愛い子が笑ったらどれだけ可愛いのか気にならないってほうが無理な話だが、ロリコンと言われるのも癪なので断っておく。


「いや、別に。それとロリコンではない。それよりも分け前ってあげたほうがいいの?」


「妾がそんな端金に興味があると思っているんでありんすか?」


「端金って。300万だぞ。お前の家ってそんなにお金持ちなの?」


 今までずっと表情が変わらなかった彼女の顔は少し陰がさしたように暗くなったが、それも一瞬のことですぐに無表情に戻った。


「中二病は妾に何かお返しがしたいんでありんすよね」


「まあそうだな。さすがにここまで儲けて、ありがとうの一言だけっていうのもどうなのかと思うし」


 徳を積む点に関しても、ここで何もしなければマイナスでしかない。


 ちょうど競馬場から外に出たタイミングで彼女は止まった。


「それなら妾の付き人になってくれないでありんすか?」


「はあ? 付き人?」


 タキシード姿の執事が頭の中に浮かんだ。


「間違ったでありんす。奴隷になってくれるでありんすか?」


 タキシードが汚い布きれ一枚になってしまった。落差がエグい!


「何言ってんの?」


 彼女は僕の手に何かを押しつけてきた。そして歩き出した。


「早く差すでありんす。妾の綺麗な肌が焼けてしまうでありんしょう」


 僕の手には日傘が握られていた。こんなもの持っていたっけ、という疑問が湧いたが今はそんなことどうでも良い。彼女が本気で自分のことを奴隷にしようとしていることを理解した。


 普通だったら冗談だと思うが、一日一緒に過ごした僕は思ってしまった。普通からかけ離れた彼女なら言ってもおかしくないと。


「おい、さすがにそれは無理だろ」


 僕はそう言いつつ、彼女の隣に並んで日傘を差した。次に言われる言葉を理解していたから。


「妾の言うことは絶対でありんす」




 僕と彼女は電車に乗り、隣町の駅で下りて駅構内を歩いている最中だった。電車賃はもちろん奴隷である僕が払った。まあ、このくらい今日の勝ち分からすると屁でもないので問題ないのだが。


「今、どこに向かっているんだ?」


「妾の家でありんすよ」


「やっぱり、付き人にするって本気なのか」


「奴隷でありんす。妾の命令に絶対服従のでありんすよ」


「そんなに強調しなくていいから。というか親がそんなこと許してくれるのか? どこの馬の骨かも分からない僕を。それと僕、実は未成なんだけど」


 競馬は二十歳からだが、今まで年齢確認されたことはない。


「知っているでありんすよ。奴隷は、うーん、……やっぱり中二病のほうがしっくりくるでありんすね。名前は平々凡、年齢17歳、高校を退学してギャンブラーとして世界を変えようとする中二病、でありんすよね」


「うん、合ってる」


 競馬の全レースを当てたり、奴隷になれというくらいだから、これくらいのことだと驚かなくなっていた。それにこれくらいの個人情報なら一般人でも簡単に集められるだろうし。お金持ちにとっては造作も無いのだろう。


「それと妾の家についたでありんす」


「え? まだ駅の中だけど。もしかしてこの駅って個人の所有物だったの? お金持ちって駅ごと持ってるのか」


 凡は周りを見回した。普通の駅だというくらいしか感想は出てこない。


 彼女は冷めた目で凡を見ていた。


「違うでありんすよ。この駅は国の所有物でありんすよ。中学生でもそんなこと知っているでありんすよ」


「分かってたわ」


 恥っ。だってお金持ちってなんでもできそうなイメージあるじゃん!


「それじゃあ、どこだよ」


 彼女は壁側に歩いた。そして、コインロッカーを開けてボストンバッグを取り出した。


 嫌な予感がした。


「家は? 豪邸は? え? お金持ちなんだよね」


「家はたった今解約してしまったでありんす。いや、違うでありんすよ。早く妾の家まで案内するでありんす。妾の命令は絶対でありんす」


「さすがに今回は無理でしょ。奴隷ってさ、僕が雇われるって意味じゃないの? ただ君に絶対服従っていう意味での奴隷ってこと?」


「そうでありんすよ。さっさと案内するでありんす」


「親は、家族は?」


「いないでありんすよ」


 彼女の顔は暗くなり、声のトーンも落ちた。これまでの会話でも、彼女の家の話をしたときに表情が一瞬暗くなっていた気がしていたが、どうやら見間違いではなかったらしい。彼女は何かを抱えているのかもしれない。


 僕は会った時のように優しく言った。


「家出してるの? それともほかに何かあったの?」


「遠くへ行ってしまったんでありんす」


 彼女はそれだけ言うと黙ったまま歩き出した。家族というものが僕には何なのか分からず、何も言えなかった。


 彼女を家族の元に届けて徳を積むと誓ったからには放っておくこともできない。それに、大切な人が遠くへ行ってしまう喪失感だけは理解できた。


 彼女の元へ一歩踏み出そうとすると、彼女は振り返ることもなくいった。


「早く日傘を指すでありんす」


「家、逆なんだけど、お嬢様」


「分かっていたでありんす」


 彼女は僕から日傘を奪い取った。日傘で顔が見えなかったが、耳が真っ赤であった。今まで普通とは縁遠い存在だと思っていたが、自分が思っているよりも彼女は普通の女の子なのかと感じた。


「行きましょうか、お嬢」


「お嬢じゃなくて、お嬢様と呼ぶでありんす。それか女王様。お嬢ではまるで妾が中二病に守ってもらう存在みたいでありんしょう、妾は中二病を支配する存在なんでありんすから」


「まあまあ。日傘持ちますよ、


「中二病には言語が理解できないようでありんすね」

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