平凡ギャンブラー気づけば、命がけの奴隷ギャンブラー

ゼータ

隷属関係成立

第1話 出会い

「さあ、世界を変えに行きますか」


 僕、平々へいへいぼんは意気揚々と世界を変える宣言をした。


「お兄ちゃん、何言ってるの?」


「見ちゃダメよ」


 横にいた小さな女の子が母親に手を引かれて小走りで去って行く。周りにいる人達に見られていることに気づいて、僕も小走りで競馬場に入っていく。


 そう競馬場である。テロリストが占拠しているわけでも、有名人がいるわけでもない。


 人生を賭けている人はいるかもしれない。今日一日で百万、一千万、もしくはそれ以上のお金を得る人もいるかもしれない。


 それでも、ただどの馬が勝つかを予想してお金を賭ける場所であることに変わりはない。


 決して世界の命運を分ける出来事が起きることはない。ただの競馬場に世界を変えると大口を叩いた僕は入っていく。


 僕自身も、ここで未曾有の危機が起きることなんて無いことは分かっている。昨日読んだラノベの主人公のように世界を揺るがす事件に遭遇するのではないかという希望を心の中でほんの少し抱いていることは否定できないが。


 僕は慣れた足取りで馬券を買うためのマークシートを取りに行く。


 僕が競馬を含むギャンブルを始めたのは去年からだ。


 室内の椅子のほとんどはすでに埋まっていた。新聞とマークシートとにらめっこしている人、友人と相談している人、馬券を強く握りしめ目をつむっている人。いろいろな人がいる。


 マークシートを取り、どこでマークを塗ろうかとあたりを見ていると突然背後から子供の声がした。


「そこの中二病」


 自分の事だと直感した。競馬場に入る前の件を未だに引きずっていた。だが、いまの自分は変なことを言ったりはしていないはず、それに服装も行動も変ではないはず。


 もしかしたらさっきの女の子なのか、と思い振り返ると中二病と言われたことなど吹っ飛ぶような幼女がいた。


 夏にもかかわらず足首まである黒いロングドレス。腕全体を覆うオペラグローブ。所謂ゴスロリ衣装だ。


「恥ずかしいことは平気で言えても、挨拶はできないんでありんすか。それとも妾の可愛さに言葉がでないんでありんすか?」


 実際その通りだった。


 服装にも驚いたが、それ以上に容姿のせいで頭の中が真っ白になっていた。3次元の女子を好きになることは一生ないと思っていたが、幼女の顔は二次元のレベルに達していた。真っ黒のドレスとは対照的な真っ白の肌。あどけなさを含みつつ一本の芯が通っているような堂々とした表情。


 可愛い。


 頭の中はその単純な単語で埋め尽くされた。


「世界が変わった」


 気づけばそんな言葉を発していた。


 幼女は何を言ったのか理解できていない様子だった。いや、理解できなくて当然である。僕自身も世界を変えようと言ってはいたが、三次元にも可能性がまだ残っていたことに気づくという意味で言っていたわけではもちろんないのだから。


「何を言っているのでありんすか? これも中二病発言でありんすか」


 中二病という言葉で僕は意識を取り戻した。


「君にだけは中二病って言われたくない……とも言えないか……」


 幼女と認識していたにもかかわらず、目の前の女の子に中二病と言いそうになってしまった。幼女の身長は120センチくらいで小学生低学年もしくは幼稚園児くらいだろう。そのためゴスロリ衣装を着ていても目立ちはするが、異常だとはほとんどの人が思わない。小さな子がドレスに憧れるのは一般的だろうから。


 それでも中二病と返したくなるほど態度が子供っぽくなかったのも事実である。小さな子供に対する言葉ではないかもしれないが、威厳のようなものを感じた。


 腰を落として幼女と目線を合わせた。


「お父さん、お母さんはどこかな? もしかして迷子になっちゃった?」


 中二病呼ばわりされて腹が立っていたが、こんなに小さな子に言われたのだと理解したら怒りはすぐにどこかへいってしまった。それよりも、心配が強い。


「もしかして妾が迷子になった哀れな子供だと思っているんでありんすか?」


 哀れって、こんなに小さな子供が使う言葉だっけ? 話し方もやっぱり変というか、なんというか。テレビの影響でも受けたのだろうか。


「そんなことないよ。でも迷子なら係のところまで連れて行ってあげるよ」


「そういうことでありんすか。妾を助けて徳を積もうとしているんでありんすね」


 鋭い。そして徳を積むなんて言葉も知ってるのか。


「ソンナコトナイヨ」


「なんで片言なんでありんすか。まあ凡人のあなたらしいでありんすが」


「はあっ!」


 苛立ち、威圧するような声が出てしまった。


 落ち着け僕。小さな子供が言っただけだ、と自分に言い聞かせる。


 凡にとって中二病やほかの悪口を言われることはそこまで嫌というわけではない。人並みに腹を立てたりはするが、小さな子供が言ったとしても気にしない。


 しかし、「凡人」「平凡」などと言われることだけは違った。平々凡とかいうふざけた自分の名前も嫌だった。


 その理由は、凡が普通であることにコンプレックスを感じていたためだ。凡は顔も能力もほとんど全てが平均だった。天才、非凡のような特別な存在になることを目標にしていた。


「まあ中二病がどう思っているかなんてどうでもいいでありんす。それより、そろそろ馬券を買わないと第一レースに参加できないでありんしょう」


 僕は腕時計を見て、時間が迫っていることに気づき、その場でマークシートを塗った。幼女とマークシートを交互に見た。


 ここに幼女を一人で置いていっていいのだろうかと悩んでいると、幼女が顎で発券機の方を指した。そのため急いで馬券を購入した。


 このまま幼女を見捨てて、レースを見に外へ行ってもいいのだが、さすがにそんなことできない。それに徳を積むという観点においてもギャンブラーとしてできない。


 徳を積む。良いことをすれば自分の運が上がるというオカルト。


 そんなオカルトに縋ろうとするとさっきの幼女の言葉が思い起こされる。

 


 凡人

 


 足が止まった。


 小さな子供が何も考えずに言った言葉だろうが、凡にとっては心に刺さるものだった。


 確かにオカルトを信じているような人が非凡になれる訳がない。むしろ凡人そのものといってもいい。それならば、あの生意気な幼女を見捨てるか……


「いやいやいや、こういう思考こそが凡人だ。オカルトもどこまでも貫き通せれば凡人ではなくなる。さあ、世界を変えよう!」


「何を言っているのでありんすか」


「あ」


 絶対に聞かれたくない相手に聞かれてしまった。


 初めから中二病呼びされていたから関係ないか、と凡は開き直った。


「早くレースを見に行くでありんすよ」


 幼女はそれだけ言うと、反転してゆっくりとした足取りでレースが行われている外へ向かう。幼女の後ろ姿は普通の子供とは違うような、なんともいえない雰囲気を醸し出している気がした。


 幼女にペースを握られているなあと感じたが、オカルトを突き通すと誓ったからにはあの幼女を親の元に届けるまでは一緒にいなければならないと思い、僕は幼女を追った。



 観客席の後ろの方で幼女と隣で座っていた。


 幼女が何を考えているのか気になったが、それよりもいまは目の前のレースの方が重要のため幼女のことは忘れることにした。


「行け! 刺せ! 行け行け! よっしゃあー!」


 三連単が当たった。


 三連単。一着から三着をドンピシャで当てること。


「よし! 今日は流れが来てる。これでプラス二十万だ。本当に世界が変わるぞ!」


 次のレースの馬券を買うために室内に戻ろうとしたときに思い出した。隣に迷子の幼女がいることを。


 小さな子供の前で大きな声を出したので、少しの恥ずかしさを感じた。


 観客席を見回すと、意外にも子供を連れた人達もいるため、あまり目立ってはいなかった。幼女の衣装が少しだけ周りの目を引いてるくらいだ。


「ごめん。レースに夢中になって。少し遅くなったけど、係の人のところいこうか」


「本当にそれでいいんでありんすか?」


「うん?」


 幼女が何を言いたいのか理解できなかった。


「今回当たったのは妾のおかげということでありんすよ。妾が中二病を勝たせてあげたんでありんす」


「いや、それはさすがに……。それに三連単は当たりにくいとは言え、僕も何度か当たってるから……」


 歯切れの悪い言い方になった。


 もしかしたら幼女が言っている通りの可能性もなくはないのではという思いだった。会った時から思っていたが、容姿を含め、この幼女は普通とは何かかけ離れているように感じていた。僕が憧れている非凡、天才、特別などのカテゴリーにいる存在かもしれないという考えが頭をよぎった。


 だが、徳を詰むことを貫くと誓った手前、幼女を引き留めることなんてできない。早く家族のところに連れて行かなければ。


 徳を積むという点でなくても、小さな子供を連れ回すのは親御さんに申し訳なさ過ぎる。最悪誘拐犯だし。


「まあ、そうかもしれないけど、親御さんが心配するから係のところへいこうか」


「中二病に心配されるほど妾は子供ではないでありんす。妾は今日一人でここに来ているでありんすから。それに勘違いされるのも鬱陶しいでありんすから、言っておくと妾は13歳でありんす」


「え?」


 ってことは中学一年、もしくは中学二年ってこと?


「じゃあお前が中二病じゃねえか! ずっと触れないようにしてきたけど話し方も見た目もアニメキャラっぽいし」


「中学生が中二病になって何が悪いんでありんすか?」


 幼女、いや彼女はまったく動じることなく言った。


「いや、何がって……」


 そこまで断言されると何も言い返せなかった。


「中学生に言い負ける中二病は置いておいて、それで妾と一緒に今日いてくれるんでありんすか?」


 彼女が特別な存在なら、一緒にいることで何か起きるかもしれないと凡は少し興奮していた。たとえ違っていたとしても、損はないし。


「まあそれなら」


 凡はにやけた。


 もしかしたら自分の人生が変わる出会いかも。少しではなく、とても興奮していた。これこそオタク脳である。


 彼女は僕の答えを聞く前からすでに発券機のほうに歩き出していた。僕も走って彼女の隣に並ぶ。


「聞いていたのか? 今日一日一緒にいるって」


「デートのお誘いでありんすか?」


「ち、違うわ」


「中二病童貞」


 完全に主導権を握られていた。


「中二病でいいからその呼び名は止めて」


「やめて?」


「やめてください」


 凡は、今日一緒にいることを了承したことを少し後悔した。


「ふふ。やっと立場というものが分かったようでありんすね。今日一緒にいることは決定事項でありんすよ。中二病がなんと言っても妾の言うことは絶対でありんす」


「もうそれで良いよ。お嬢様」


 皮肉めいた言い方をしたが、彼女は少しだけ満足そうな顔をしていた気がした。




あとがき

毎日もしくは二日に一回投稿予定

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